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括線上のアイムナンバーワン  作者: 相葉俊貴
第一章 凶
4/56

=★「グレイトミスフォーチュナー」=★

 陽一は「神様の紙切れ」を手にしていた。会社、正確には元勤め先、からほど近い神社で引いたおみくじ。その神社は商売繁盛で有名で、元勤め先では年始に社長が参拝する習慣がある。神社に可も不可も求めるものでもないが、可も不可もない神社だった。

 陽一が今にして思えば意味不明なお達しが存在した。社長以外はその神社に参拝することが許されていなかったのだ。社長曰く、本当に価値のある時と場合と人にこそ「神様の有限の力」をお使いいただく、ということだった。

(――ばがばかしいにも程がある)

 一見合理的のようでいて、単なるオカルト思想でしかないと陽一は思う。

「明日から会社に来なくていい」

 そう言われて、正直ホッとした面もあった。陽一も一枚噛んだ、例の「総合ラジオ社長誘拐事件」の絡みから、同僚らの目線は厳しいものになっていたし、元々陽一は仕事のできる方ではなく――もう辞めどきと陽一は思ってはいた。

 ――それでも改めて言葉にされると、想像していたよりもずっと重みのある現実(ことば)だった。陽一は憂さ晴らし(?)を兼ねて、禁断の神社に訪れた。訪れたからには訪れた証拠が欲しい。だから陽一は手っ取り早くおみくじを引くことにした。

「分かってるよ、大凶だろ」と誰かに言い訳しながらおみくじの入っている箱をまさぐる。陽一の指先に「僕だよ! 大凶だよ!」という信号が走る。「ならばその隣を!」と喋りながら、しばらく詮無い「ハイボルテージおみくじ」を続けた。近くに誰かいれば変な目で見られていたであろう。

 ついに「これだ!」という天啓が陽一におりた。「そうだよ! 僕だよ! 選んでくれてありがとう!」と、おみくじが喋る。「大凶」以外のおみくじが引ける予感に震える陽一。

 何重かに折りたたまれたおみくじに、千里越しに再開した母親に対するような慈愛の感情が陽一に溢れる。

 だから「ようやく会えたね」と、一応陽一は言ってみた。少しでもこの状況を改めたのなら、虚しさで泣いてしまうことは自明だったため、陽一はいっそシチュエーションに入り込むことにした。

 ぺりぺりと糊付けを剥がして、おみくじを開いた。おみくじを見る陽一の眼には、逞しく成長した我が子の着替えを見守るような眼差しが宿る。


《大大凶》


 一瞬、陽一の肩がびくっと跳ねた。

 文字が上滑りして、なかなか飲み込めない。

(だ……大……大凶……?)

(大凶……を超えた……だと……?)

(いやまさか)

 もう一度、まじまじとおみくじを見返す。


《大大凶》


 初見と変化無し。

 ガクガクと膝が震えだし、足元が覚束なくなってきた。

(――終焉)

(――神様、オカルトなんて言ってごめんなさい)

(――終末)

(――神様、もう遅いですか)

(――終幕)

(――佳恵、僕はもうダメそうです)


《大大凶》


 いくらなんでもひどすぎる、と陽一は嘆いた。一体なんのイタズラだとも。これが本当に現実なのかをどうにかして知るべきだと思った。

(も、もしかしたら印刷ミスかも……)

 携帯電話を取り出し――これから携帯電話も払えなくなることがちらつきつつも――《大大凶》について調べる陽一。

 ――そして、当たり前のように実在することを知る。ただし、やはり希少な存在ではあるようで、神社側のほんのちょっとした遊びでは、と陽一は思った。

 人生の盆地に嵌った人間が、まさにどん底に落ちたその時に《大大凶》を引くとは考えなかったのだろうかと悪態をついてみても状況は変わらない。

 ……そうして陽一は《大大凶》のおみくじを手に握りしめながら公園のベンチで黄昏(たそがれ)ていた。すっかり夜は更けて、佳恵への適切な言葉(いいわけ)も見つけられていなかった。

 ふと陽一は、自分がクビになった原因の隕石が、なぜ世間では騒がれていないのかと疑問に感じた。陽一にとって隕石が自然現象すぎて違和感にも思っていなかった。

(海外で隕石が落下したニュースは見たことがあるのに……。五度も隕石に降られたら、普通それなりに話題になるよな……?)

「俺って本当に隕石降られていたのか……?」

 ぼんやりと陽一は疑問を口にした。

「それは間違いないですよ」

 突然背後から声がして、陽一は慌てて振り返る。

 そこには暗がりしかない……ように見えたが、陽一が目を凝らしてみると、影のようなものが見えた。

「誰ですか……?」

「中山さんの疑問にお答えできる者です」

 影がずいと陽一に近づく。陽一は警戒した。

「俺の疑問に……? だからあなたは誰なんですか」

 後じさりながら、《大大凶》は変質者までも引き寄せるのかと陽一は不安を覚えた。

「研究者ですよ。有り体に言えばですが」

 影の顔が明らかになるほど近づいた。変質者にしては精悍な顔つきの、ダークスーツに身をまとった男が影の正体だった。研究者と名乗ったが、陽一にはとてもそういう風体には見えない。陽一は男がまとう妙な迫力のせいで、逃げ出す機を見失っていた。そして、その時陽一は、なぜだか《大大凶》のおみくじに書いてあった《ラッキナンバー「5」》が実にくだらないアドバイスだなと考えていた。それが現実逃避に近い行いだということに陽一は気がついていない。

 陽一がはっと気がつくと、手の届く距離に男はいた。

「さらに有り体に言えば――世界を救ってくれませんか」

 男は意味不明なことを言った。

 ラッキーナンバーなんてどこ吹く風。

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