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括線上のアイムナンバーワン  作者: 相葉俊貴
第一章 凶
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=★「メテオストライカー」=★

第一章 凶


【凶】……「悪い」「不吉」「むなしい」「人に不幸をもたらすもの、災い」

 その昔、死因のほとんど全てが原因不明だった頃、悪霊を封じ込めるために死者の胸にばつ印を描いたことが『凶』の字となったという。

 なあ、きいてくれよ。俺ってさ、《メテオストライカー》なんだぜ。……え? かっこつけんなって? ああ、それは違うよ。ぜーんぜんかっこいい話じゃないって。単に、俺がどんだけついてないかっていう、それだけの話。

 航空事故ってあるじゃん。うん、そうそう。最悪のケースだと墜落もそう。航空事故って十把一からげに言っても、事故のレベルには大小があるの。そんで、航空事故の一つにバードストライクって事故があってさ、動いてる飛行機に鳥がぶつかっちゃう事故なんだよ。飛行機が高速すぎて、その衝撃はすさまじいみたい。それこそ、墜落するような壊れ方もしちゃうみたいよ。

 ……え? いやいや! 俺が横文字にしたんじゃないから! だからかっこつけてないって! 俺もさ、「鳥類激突事例」とか、「飛行生命体系破損」とかの名称とかついてんならそう呼ぶよ! ……なんでか知らんけど《バードストライク》しか呼びようがないの。だからさ、隕石に何度も降られた俺はさ、メテオストライクされたってとしか言いようないかと思って。それ名詞にしたらメテオストライカーじゃん。

 …………。はい、すみませんでした。確かにこれじゃ俺がぶつける側でした。はいそうです。かっこつけました。……隕石のことは嘘じゃないよ! その目はなんだよ!


 妻の佳恵と出会った頃を陽一は思い出していた。何て馬鹿げた会話だろうと陽一は思う。それでも、その思い出はとても暖かくて、これまで何度も陽一の気持ちを救ってきた。他愛ない会話のようではあったが、陽一が隕石被害にあってきたのはまぎれもない事実であった。

 ――初めて隕石が降ってきたのは、陽一が四歳の時である。

「ぼかぁねぇ、大きくなったらヒーローになるんだ」という舌ったらずの喋りで「僕」を「ぼかぁ」としか言えなかった幼少期、陽一はヒーローを夢見ていた。

 赤や青や、緑に黄とやたらと彩られた戦隊ものや、多少ならば街の破壊を厭わない巨大宇宙人(ヒーロー)、仮面を装着し道路交通法などどこ吹く風の乗り(ライダー)――そういった子供向けのヒーロー番組(もの)に憧れていたわけではない。陽一の憧れるヒーロー像は、まさしく彼の父親だった。

 陽一の父は、小さな町工場(まちこうば)を腕一本で切り盛りする職人だった。よく父の働く現場に、幼かった陽一は遊びに行っていた。その度に、父は「あぶねぇだろ」と軽く注意はするものの、なんだかんだ自慢げに様々な加工機を見せてくれた。

 陽一の父が口癖のように言っていたことがある。

「俺はなぁ、母ちゃんと(よう)を守るヒーローなんだよ。だからカッコよくなくちゃいけねぇ。なんてったって、ヒーローだからよ。そんでよ、男が一番かっこつけなくちゃいけない時ってのはなぁ……」

〝守る〟という意味合いが、当時の陽一にはよくわからなかったが、父はカッコよかった。今思えば、随分とオフェンシブな姿勢の〝守る(ディフェンス)〟だったが、陽一は父に心から憧れ、それが同時に〝ヒーロー〟への憧れでもあった。

 とある日、陽一はいつものように父の工場に向かった。

 タオルを頭に巻いて、タバコをくわえながら作業に勤しむ父が陽一から見える。土手に隣接した工場だったので、土手の上から陽一は父を眺めていた。父を見ているといつの間にか気持ちが大きくなる陽一。それで、近くを通る犬や猫に「ヒーローになる」宣言をしてまわっていた。

 ふいに父が陽一に気がついた。片頬だけを吊り上げて「ニカッ」と笑う油まみれの笑顔。陽一は嬉しくなって父に駆け寄ろうとした。

 父のところまであと少し、というところで、突如、爆発が起こった。陽一はあとで分かったのだが、それが陽一と隕石の一度目の接触だった。

 凄まじい衝撃。陽一が何度思い返して見ても、まさに神の一撃としか説明のつかないものだった。直撃ではなかったが、隕石落下の衝撃で、体の軽い陽一は吹き飛ばされた。

 陽一が意識を取り戻した時、陽一は川に浮かんでいた。周りの景色は、馴染みのある景色とは程遠いものだった。陽一の体の周りにはたくさんのゴミが浮かんでいる。川の流れの淀む湾処(わんど)が、陽一がそれ以上に流れて行ってしまうことを阻んでくれていた。

 周囲に人気はなく、街には夜光が漂っていた。陽一はその小さな体で川から抜け出し、辺りを見回しても、おのれを救ってくれる存在はどこにも見当たらなかった。

 陽一は、仕方なく川の流れを遡るようにして土手を歩き出した。

 それは、幼い陽一には途方も無い距離だった。陽一は泣きながら、痛む足を引きずって歩いた。それは大人が歩いたとしても、きっとかなりの距離だったろうと陽一はその時を思い出す。

 見覚えのある駄菓子屋に気がつくと、安心感で体を巡る痛みは倍化し、足は特に痛かった。陽一はもはや途中から何で泣いているかわからなくなっていたが、子供ながらに九死に一生を得たことの安堵はあった。

 ついに工場まで帰り着く。

 ――工場の前には人だかりが出来ていた。

 強くて攻撃的な明かりで工場が照らされていたことが陽一の記憶にある。陽一の父が愛して、陽一と母を守る戦場としていた工場の入り口が、大きく湾曲しており、受けた破壊(隕石の力)の凄まじさを物語っていた。

 隕石がめり込んだ反動で盛り上がったアスファルトに、陽一の父がぐったりと腰掛けていた。その背中は幼き陽一の心にも憐憫を感じさせるに十分だった。陽一は、ここで起きたことが、やはりただならぬことであったのだと肌で理解した。

 ――子供の自分が立ち入るべきではない、そう考えて、陽一は集まった人たちの後ろに立ち尽くした。時折、父の肩が揺れるのを見て、陽一は父が泣いていることを知った。

 少年時代の父の涙は、おとぎ話やテレビ番組では到底もたらせない強い力を持っている。陽一は、父の大事な工場がもう元には戻らないのか、それとも父の大切な母が怪我をしてしまったのかなど、出来うる限りを想像した。そこには子供不介入の緊迫感があった。

 まさか父が自分の行方不明に涙しているとはつゆにも思わず、陽一は父と共に涙した。湯気のたつ湯呑みを父に渡す母を発見して、それはそれで安堵して泣いた。

 周囲の大人たちは続報らしい続報がないことに憔悴しきっていた。

 陽一の前に立つ、隣の工場のおじさんが陽一に気がついた。

 そして、「陽ちゃんか。子供はもう寝る時間だよ」と諭してくれた。その後、おじさんは再びうな垂れた。陽一も泣き続けた。

 だから少しの時間をおいて、そのおじさんが突然「え⁉︎ 陽ちゃん⁉︎」と大声をあげたときは誰よりも陽一が驚いた。

 周囲はわっと一気に沸き立ち、父と母が陽一に駆け寄って来た。二人共目が真っ赤だった。事態を完全に理解はできないままに、陽一はようやく父と母のもとに帰り着いたのだった。


 その隕石の衝突事故は、なぜだか大きなニュースにもならずに、時の大流に飲み込まれるようにして風化していった。隕石衝突後に変わったことといえば、陽一の父の工場が真新しくなったことぐらいである。

 ただ一つだけ言えるのは、それから陽一の大凶伝説は始まったということだ。

 おみくじを引けば当然全て「大凶」。人生でトータル五度の隕石被害にあい、その一撃ごとに人生が狂っていった。

 陽一はインターネットで「隕石落下被害の確率」を検索してみたことがある。その確率、なんと1/100億。それが五回。陽一には確率算出の根拠をよく理解できなかったが、どうやらとんでもない確率の上に立つのが自分であることが分かった。

 分数の分母と分子の間の「/(線)」は「括線(かっせん)」というらしいことを陽一は知る。括線の下は分母となる「そうじゃなかった人たち」の世界。括線の上は「そうなっちゃった人」が屹立していると陽一は理解する。『/(括線)』上のナンバーワン。どうせなら、もっと華やかなナンバーワンが良かったのに、何度も陽一はそう思った。

 そんな大凶暮らしの陽一でも、果報がもたらされたこともある。

 妻の佳恵と結婚できたことだ。佳恵と陽一は、友人の紹介で出会った。そこで意気投合した、というよりも、なるべくして結婚した感じだ。

 動物園にいる動物は野性を失くし、活動が鈍くなってしまうことがある。そこで、とある動物園では、野生感を研ぎ澄ますために、あえて「狩る側」と「狩られる側」の檻を近くすることで対応している。陽一と佳恵の関係もそれに近い。

 今現在、佳恵の鬼嫁ぶりは苛烈の一途を辿っている。狩られる側の陽一。それでも、秋斗という一人息子が生まれたので、陽一は自分にはあまりある幸せだと感じていた。

 ――しかしどうしたものか。

 陽一は仕事をクビになってしまっていた。

「明日から会社に来なくていい」などという台詞が現実に存在していたことを噛み締めながら、陽一は小さな公園のベンチでうなだれていた。

(さて……どうしたものか)

「ニートだ、ひゃっほう!」などと帰宅したものなら、次の三つの要点で亡き者にされるだろうと陽一は推測を始める。

 一つ目、明日からの暮らしをどうするのかということ。二つ目、「ひゃっほう」と戯けたこと。三つ目、不用意に横文字を使ったこと。佳恵の前で横文字を使うことは警戒しなければならないことを陽一は知っている。佳恵曰く「カッコつけている」だけの横文字は、言葉としての伝達能力を失わせるだけの邪魔な存在である。

(男は、そういうカッコつけた表現が好きな生き物だからなあ……)

 そういう言葉を使える、もしくは()っているということが、男のステータスを上げてくれると陽一は考えていた。

(「ごめん。話があるんだ」と切り出してから入るのはどうだろう。……結果は同じか。「前置きはいい、さっさと結論を言え」と言われるのが関の山だな……)

 いかにシミュレーションを繰り返しても、佳恵の導火線着火(ブチギレ)を回避できる妙案が陽一には浮かばない。

 ならば、正々堂々と正面からぶつかるかと考え始める。

(それで三下り半を突きつけられても、仕方ないよな……でも……秋斗と暮らせなくなるのは嫌だな……)

 今となっては、鬼嫁として辣腕を振るう佳恵ではあるが、やはり陽一にとっての幸運であることに変わりはない。出会った頃の居酒屋での佳恵との他愛ない会話が、今も陽一を支えているのだから(叩き落としているのも佳恵ではあるが)。

「男がカッコつけたくなるのはなぁ……」

 陽一はそうして独り言を言ってみたり、ダラダラと堂々巡りな詮無い推測を続けていたりしていた。時間だけが当たり前な顔をしながら流れていった。

 陽一はクビになってことを冷静に思い返し、岩井のことを思い出していた。

 陽一は小さな商社で、携帯用GPSの拡販に従事していた。岩井、というのは携帯用GPSの開発担当者で、陽一とは立場も勤め先も違ったが、二人は意気投合した。陽一の父親ぐらいの年齢の岩井は、陽一を可愛がった。

 岩井は口癖のように「定年前に大きな花火を打ち上げてやる」と陽一に言っていた。岩井曰く、男は背中で魅せるものらしい。

 岩井が定年を迎えた後に、岩井の背中を追う人たちがいて、それがいつか岩井の勤めた会社への置き土産になる――岩井はそう強く信じていた。

 陽一も岩井が好きだった。ひたむきに技術を愛する武骨さが父を思い出させてくれた。

 岩井と陽一の最後の思い出、それが陽一がクビになったきっかけだ。

 技術屋がどれだけ思い入れようとも、商品がバカ売れするなどというものではない。一方で、思い入れのない技術が芽をむくなどということもない。経済社会とは無慈悲。「良い物」が売れるのでもなく、「売れる物」が売れる。海千山千の岩井ですら、商機の捕らえどころのなさに嘆く。

 岩井が心血をそそいだ携帯用GPS〈メガアイ〉は、抜群の正確さを誇っていたと陽一は信じている。ゴルフ場で行ったデモプレイに同行した陽一は、その性能を確かに肌で確認していた。ゴルフボールとメガアイを組み合わせれば、見失いがちなゴルフボールを正確無比に探し当てられる。おまけに弾道計算や、プレイヤーの癖も分析してくれる優れものだと岩井は語った。

 陽一がひっそりと思う難点らしい難点といえば、デザインがあまり洗練されておらず、操作方法が分かりにくいことだった。佳恵からすると、メガアイという名前が既に最悪とのことだったが。「そもそもスマートフォンで事足りる」と佳恵が指摘した時、陽一はぐうの音も出なかった。

 そんな理由から、どこに行商してもなかなか取り扱ってもらえず、岩井は一世一代の賭けに打って出た。

 大手黒物家電の小売店チェーンの〈総合ラジオ〉がメガアイの取り扱いを開始すれば、活路が開けてくると岩井は考えた。しかしそんな大企業が簡単にGOサインを出すわけもない。そこで岩井は社長を実際に遭難させて、メガアイの素晴らしさを体感させるというぶっ飛んだアイディアを思いついた。

 岩井の計画はこうだ。

 ゴルフに目がないという総合ラジオの社長を山梨県の山奥にあるゴルフ場に連れ出す。さらに「裏コースがある」という釣り文句で奥山まで誘導し、遭難めいたことをさせ、メガアイの抜群の性能で救出、感動した社長はメガアイの小売取扱を開始する――はずだった。

 蓋を開けてみれば岩井と社長が本気で遭難し、二週間ほど行方不明になったあと、何とか救出された。最悪なことに、遭難が計画的であったことが先方にばれ、捜索費用が全て岩井の勤め先に請求された。当然、岩井は懲戒免職(クビ)となり、岩井と共にこの計画に一枚噛んでいた陽一もクビを切られた。正確には岩井を追うように、三ヶ月経ってから陽一はクビになった。

 ただそれでも命に別状が無くて良かった、そう陽一は思った。岩井と社長が救出されたと連絡を受けてすぐに、陽一は岩井を見舞いに病院に訪れた。二週間ぶりに見た岩井のまるで生気のない無精髭にまみれた顔。あまりにも顔が皺くちゃなので、顔を雑巾のように絞ったのではと陽一は変な想像をしてしまった。

 岩井が陽一に気がつくと、絞るように眼を光らせた。

「お前だ。お前のせいだ」

「えっ……?」突然青筋を立てられ、陽一は言葉を失った。しかし岩井の言うとおり、心当たりはあった。

 陽一も「遭難させるゴルフ作戦」の日に現場にいたのだ。そもそも、作戦失敗の大きな理由は、メガアイが動作不良を起こしたからだ。そして見事に岩井と社長は遭難した。

 岩井が言っている〝陽一のせい〟というのは、その「メガアイの動作不良」のことだ。

 あの日、メガアイが狂ってしまったのは――陽一が人生五度目の隕石被害にあったからだった。

〝人間〟という小さい存在から見れば、〝隕石〟というのは途轍もない存在であるのは間違いない。しかし地球の地磁気を乱すほどの存在かと言えば、案外そうではない。

 岩井と社長が遭難したことを、周囲に吹聴する係となっていた陽一。その陽一のいたゴルフコースに衝突した隕石は、なぜだか地磁気を乱した。陽一は「あぁ、またか」と言って吹き飛ばされていたので、その辺りのことを知ったのは意識を取り戻してしばらくしてからだった。何より陽一が不思議だったのは、メガアイがその後もずっと正常に動作しなかったことだ。

「この隕石くそやろうが。俺の人生返さんかい」

 隕石くそやろうという罵倒は陽一にしか使用できないだろう。メテオストライカーの話を岩井さんにするんじゃなかったと後悔しても遅い。

「岩井さん。僕にだっていつ来るかわからないんです。それに僕だってクビになるかもしれないんだ! 元はと言えば岩井さんが無茶な計画を立てたからじゃないか!」

 その時、陽一は思わず買い言葉になってしまった。隕石くそやろうという言葉が言い得て妙だったこともあった。陽一には「隕石が自分のせいじゃない」とは言えない。

「なんだとクソ餓鬼が。おんどれの凶事に巻き込まれた俺の身にもなってみぃ!」

 揉めても得るものはないし、むしろただ失っていくだけだとは分かっていても、岩井も陽一も、言葉を止めることはできなかった。理不尽を見ないようにするためには、涙を流さないためには、生きていくためには、呪詛を吐くしかない時だってある。

 ――隕石に運命を狂わされ続ける、世界一の凶運男、それが陽一だった。

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