=★「エクソダス1」=★
第二章 竜
【竜】……「巨大な蛇の形、硬いうろこ、角と鋭い爪を持ち、雲を呼び、雨を降らせる存在」「才能・知恵・武術に優れ、勇気のある人」「王」
竜は神獣であり、あまたの伝記に登場する。「竜」は「龍」の字の略字で、元来はその雄大な姿を表した天なる存在の象形文字である。
陽一はドアの前に立ち尽くした。
陽一の家を塞ぐように何台もの軍用車両がずらりと並ぶ。その光景は穏やかな住宅街に似つかわしくない、というような生易しいレベルではなく、あってはならないというレベルであった。軍用車両は全て、艶もない濃緑色に設えてある。まるでテレビで観る戦争風景そのものだった。見た目の仰々しさに反して、異様なほどに静かだ。普段のほうがよっぽど喧騒がある。
振り返ると、佳恵が呆然と立ち尽くしていた。まるで魂をどこかに置き忘れてきたようだった。きっと佳恵も、陽一と同じことを考えている。本気だったのだ。彼らは。佳恵からすれば、陽一は。
ならば、終末が近いことが真実であると考えざるを得ない。
――終末。あまりに色々なことがいっぺんに起きるので、その言葉の重みを考えていなかった。陽一はいっぺんに肩が重くなるのを感じた。
陽一は人に誇れるほど天体を語れるわけではないが、天体のロマンのある話は好きだ。しかしそんな知識など必要ともせずに《地球の1/4が欠ける》ことがどういうことかは分かる。終わるのだ。『/4』の上に乗る『1』は、地球も、地球上でしか生きていけない生物達全ての終わりを意味する数字だ。
静寂の軍用車両は、バリケードのように外界と陽一の家を遮断している。遠方から振動音のような音が聞こえてくる。やがて振動音は空気を切り裂く爆音に変化した。陽一は音の発生源は空にあることを認識し、空を見やる。
一、二、三……恐らくは十台ほどのヘリコプターが飛行してきたが、上手く数えきれない。縦と横に一定間隔を保ってこちらに飛んでくる。まるで空にカーテンがひかれたようだった。これにより陽一の家は空中空間も遮蔽された。
空にばかり注目していたので、いつの間にか竜崎が目前にいたことに全く気がつかなかった。爆音響くなか、竜崎は陽一の耳元で「こちらへ」と大声を出した。
既にここには平常などはどこにもない。後ろには家族がいる。非常に向かうのは自分だけでいい。
竜崎が佳恵と秋斗に深々と頭を下げる。謝意と感謝をないまぜにした感情が、全身から現れていた。それを見て、陽一はこの人だから信用できたのかもしれないと少しだけ納得できた。
竜崎と陽一は、軍用車両に向かって駆け出した。




