・・「オーバーウェルミング3」・・
「金田さん、思ったよりド派手な頭になってますよ」
木村は曇った表情で金田の頭をまじまじと観察していた。
元々金田は目力が強いので、金髪にピアスだと歌舞伎町界隈のチンピラにしか見えないと木村は思ったが、口には出さなかった。
木村が買ってきたピアスとピアッサーを、金田は美容室の店主に渡した。木村はその光景に文化の違いを色濃く感じたが、髪の染色よりも遥かに優れた腕前で美容室の店主が金田の耳にピアッサーをかけたので感心もした。
金田と木村は、エドワーズ空軍基地に向けて車を走らせる。運転しながら木村は金田の頭が気になって仕方がなかった。
「速水の運転と違って、木村の運転は大人しいねぇ。眠くなるよ」
シートを深く倒した金田は本当に微睡むように言った。
「速水さんのは、運転というより操縦じゃないすか。同じレベルを求めないでくださいよ」
超人軍団のR班は、木村たちのような年季の浅い者達からすると天上人だ。今回、人手が足りないからR班のサポートに入れ、と命令を受けた時、木村は嬉しかった。
蓋を開けてみれば、R班の中でも偏屈者として有名な金田とアメリカでタンデムドライブである。カルフォルニア州に着いてから、やれお腹が減っただの、髪を染めるだの、ピアスを開けるだのの、我儘に付き合わされてばかりいる。
溜息は胸の中に隠し、木村はアクセルを踏み続ける。やがて砂礫に埋め尽くされる光景となり、すぐにそれに見飽きる。隣の金田は、目を閉じてイヤホンをキシキシやっている。
おもむろに金田は日本との連絡用端末を取り出した。それは、特別任務に着任できる特殊隊だけに与えられる携帯端末で、木村は恨めしそうに金田を流し見た。噂によると、見た目は単なるスマートフォンそのもののその端末一台で、高級車が買えるほどのコストがかかっているらしい。
……一体どのような機能が付いているのか、木村は喉から手が出るほど知りたかった。というより欲しかった。
金田は本当にR班に所属するほど凄い人物なのだろうか、木村は値踏みする気持ちになる。
「おっ。日本からGOが出たみたいよ。竜さん〝鍵〟を見極めたみたい。……ぷっ。なんだこの作戦名。竜さんらしくないから、姫ちゃんあたりの仕業だな」
二人しかいない車内で、蚊帳の外の気分を味わせられるとは、ますます小憎たらしいと木村は思った。金田がイヤホンを外したままにしているので、声をかけてみることにした。
「〝鍵〟が誰か分かったんですね。もしかしてプランAで決まりっすか?」
プランAの〝鍵〟候補は《中山陽一》という名前の、五度もセンティリオンストーンと接触した人物。
(地球外からもたらされる物質に五回も出合うとは一体どういう確率だ。確かに頷かされなくもないが、プランBの〝鍵〟候補も相当な確率上の人物だよな。プランAでなくてはならない理屈なんてどこにもないように思えるけど)
「そうみたい。竜さんが言うなら間違いないってことさ」
(確率なんてものは、如何に偏見を重ねるかによってどのようにも形を変えるものではないのか。地球人であれば誰でも「1/世界人口」の確率の上の人間だろう)
「それにしても、嘘みたいな理屈ですね。〝鍵〟の人選」
つい、言葉に不信感を込めてしまう。
「なんで?」
「だって、『とんでもない確率上の何者か』なんて、あやふやに過ぎますよ。よくそれであの堅物集団のお役人達が決断できましたね」
ガタンとジープが跳ね上がる。大きい石をあえて踏んだからだ。
それでも金田は意に介してないようだった。
「はは。上は決断も決定もできてないよ。ただタイムリミットが来ただけ。
それでも僕たちはついてるよ。無事、〝鍵〟を手に入れることができたんだから。人類滅亡を回避できるかもしれない」
金田は相変わらずしれっとしている。
「竜崎さんの直感は必ず当たるって本当なんすか?」
前々から疑問に思っていたことだった。竜崎の必中の直感の話はよく耳にする。しかしそれを木村が実感したことはない。噂だと同盟のスパイを出会い頭に見抜いただとか、何十とあるビル群の中から一発でスナイパーの潜むビルを突き止めたとか、にわかには信じられないものばかりだ。
突然、ぬっと金田が木村に詰め寄った。
「木村てめぇ、くだらねぇこと言うなよ。竜さんの直感は絶対だ」
金田とは思えない口調と低い音域に、木村は一気に血の気が引いた。
何より眼が恐ろしい。吸い込まれそうに感じる。
「す、すみません。失言でした」
木村はそれですっかり戦意を削がれ、金田へ反駁するのをやめた。簡潔に言うなれば、完全にびびった。自衛官時代に上官にガツンとやられ続けたせいで、自分は胆力のある方だと思っていただけに恥ずかしさすらこみ上げる木村。
「黙って運転しろや」
調子に乗ってしまったと後悔しても遅い。木村は到着までまた口をきいてもらえないだろうと考えた。
しかし、金田はイヤホンを耳に戻さなかった。
「これが、〝裏切り〟だよ。プレゼンテーションの極意の話ね」
元の金田の声音に戻っていた。
「えっ。美容室の話の続きすか」
「後で話すって言ったじゃん。ちなみにこれが同調」
にんまりと金田が不気味に笑うので、木村は前方に視線を戻した。
「はあ……」とは口にしてみたものの、金田の言わんとしていることがさっぱり分からなかった。
「木村さ、プレゼンの最大の目的って何だと思う?」
「『言いたいことを相手に伝える』とかですかね?」
「はは、0点だね。まあ肉体労働主体な自衛官あがりの木村じゃ分かんないよね」
蔑視されるような発言に正直ムッとする。直前の反省が一瞬頭から離れる。
「頭脳労働主体な金田さんにはプレゼンの本質が見えている、と」
皮肉めいてしまう。金田と話すほど、自分が矮小な人間に思えてくる。
「見えている、というか本能で知ってたんだ。僕、街中から嫌われていたから。だから僕のプレゼンは、生き延びるために自然と身についた力なんだよ」
金田はさらっと「街中から嫌われていた」と言ったが、どういった意味か木村には分からなかった。そこを掘り下げて訊こうか逡巡しているうちに、金田の講義は進行していく。
「プレゼンの最大の目的は、〝得〟さ。これを履き違えるとプレゼンは失敗する」
「〝得〟? 損得の〝得〟ですか?」
「そうだよ。シンプルに言うなら、相手の懐にどれだけの〝得〟を入れられるか、ということなんだ」
「分かるような、分からないような」
すっかり金田のペースになりつつあった。
「じゃあさ、例えばの話、千円の肉まんが売ってたら木村はその肉まん買うかな?」
「そんな高い肉まん買わないですよ! コンビニの肉まんで十分満足できます」
「それじゃあ〝世界一の肉まん〟だったら、千円で買う?」
「それは……それが本当なら買いますね。千円だったら安いくらいだ」
「ほらね。だったらプレゼンは『どれぐらい美味しいか』をいくら説いたって意味はなくて、『本当に世界一である』ことを証明するプレゼンになるよね」
次第に心地良く金田の言葉を聞き始めている自分に気がつく。
「…………なるほど」
「その証明の前段階には、プレゼン相手を、情報を受け入れ易くさせる、その体制作りが大切になる。その時に裏切りと同調が効く。人はね、想定していた範囲から超えた情報を驚きとしてインプットする性質がある。だから、こういう人物だ、というのを裏切る必要がある。そして、大別するなら不安の感情にある相手を、同調で安心させる。これで一気にこっちの情報をインプットさせやすくなる。一種のパニック状態に陥れるのさ」
「だから金髪ピアスで、相手の想像を裏切るわけですか」
横目でキラキラと光る金田の頭を見やる。理屈は分かるが、やっぱり派手だと木村は思った。日本からの大使として放たれた人物がこの頭では驚くに決まっている。
「そゆこと。更に相手を不安にさせるなら、〝死〟とか、重い恐怖を持ってくるとなお良い」
遠方にエドワーズ空軍基地が見えてくる。この殺風景な光景の割に、退屈もしなかったのはなんだかんだ金田のおかげであると木村は思った。




