第四話 ウンメイの糸、ホソメンの味
前話同様、親しみを持たせるために「〜屋」という表現を使っています。他意はございません。
こんなことを言うと太宰治に怒られるかもしれないが、私はモディリアーニの絵画を見て「お化け」だという人間の神経が信じられない。
私も、モディリアーニという画家が、人間の暗い部分を隠さずに描き出しているということは認めざるを得ないが、決してそれだけではないのだ。本物を観ればわかる。人物の顔に深く刻まれた翳、そして、瞳と白目に境のない二つの眼に、普遍的な人間味、温かさが感ぜられる。彼の描いた飾らない「人間」像を見ると、私は涙が出るほど穏やかな気分になるのだーー
ラーメン屋へ入ると、俺はカウンター席へついて、塩ラーメンを注文した。
この店のラーメンは細麺で、俺の好みの味だった。塩ラーメンは特に。
店長は若いが、やつれた老人といった風貌で、口数も少ない。だが、俺は心密かに、「人間の権化」というあだ名を彼につけていた。
街で見かける多くの人間は、本当の姿を他人に隠している。で、このやつれた老人風の店長は、彼ら本来の姿を、惜しげもなくさらけ出しているのだ。ーー 我ながら勝手な空想だと思いはするが、一度そう考えてしまうと、もはや彼は俺にとって、「人間の権化」以外の何者でもなく、それは彼の発する「塩、お待ちい」という威勢のよい声を聴いたところで、変わることはないのだ。
俺のすぐ隣の席に、彼女は座っていた。
丁寧に三つ編みの施された茶色い髪。彼女は、街で見かける多くの人間と同じだった。
ところが、「タンタン、お待ちい」という声とともに真っ赤な担々麺が姿を現すと、彼女の姿は豹変した。
ずるずる、ずるりずるり。
この擬音が一般に適切なものかどうかはわからないが、とにかく彼女は、ものすごい音を立てながら坦々麺を啜りこんだ。そして、ーー
ぴちゃっ。
この擬音に間違いはないだろう。隣で呆気にとられていた俺の真っ白だったシャツに、脂ぎった真っ赤なスープがかかった音だ。
「あっ、ごめんなさいっ」
そのとき、俺は初めて、彼女の妖艶な真っ赤な唇を意識したのだった。ーー
「その後、あんた、なんて答えた?」
「なんだったかなあ……」
とぼけてはみたものの、不思議な食虫植物であるスミレにはすべてお見通しである、ということは、なんとなく理解できていた。
「あっ、でも俺……、もう充分食べたから……」
思い出すのも恥ずかしいようなセリフを吐きながら、俺はあの日の、細麺の味を思い出していた。