表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

第一話  カラスが群れて、飛びたった

お堅い文章は冒頭だけ。スクロールしていただくと、しようもない喜劇が始まります。


 からすが群れて、飛びたった。そして私は、小石に蹴躓けつまずく。


 河原から見上げる薄紫色のそらは、空虚なことこのうえなく、音を立てながら過ぎゆく黄色い列車は、文学青年の私に中原中也を思い出させる。



  町々はさやぎてありぬ

  子等の声もつれてありぬ

    しかはあれ この魂はいかにとなるか?

    うすらぎて 空となるか?










 ーーみたいに言うと、我ながら文学的だなあと感じてしまうが、なんのことはない。

 これは喜劇だ。俺の身に起こった、滑稽で奇怪で、だけど可愛げのある、感動的な物語だ。我ながら。




 昨日、彼女に振られた。その理由は ーー 当人の俺はともかくとして ーー、見た人聞いた人みんなが笑ってしまうような、呆れたものだった。俺としてはそう思う。


 彼女は、誕生日に「命」が欲しいと言った。それを聞いた俺は、「もしいつか、わたしの命がお入り用になったら、いらして、お取りになってね」と答えた。彼女はしばらくぽかんとした後、その半開きの湿った唇を閉じ、眉間にしわを寄せた。無理もない。彼女はチェーホフの書いたセリフを知らないのだから。


 彼女が何を言いたかったのかはわからない。子供? まさか。俺たちはまだ、そんな関係じゃないだろう。いや、でも……。

 確かなことは、俺が彼女の要望を、その艶やかな唇から漏れ出でし深言葉みことばから読み取れなかったということだ。ーー いや、バカにしているわけではない。俺は本当に、彼女を愛していた。


 彼女の言う「命」の代わりに、俺は別の「命」をプレゼントした。駅前の園芸店で見つからなかったため、ホームセンターまで車を走らせて、ようやく買った。

 と、ここまで喋れば、勘のいい人ならある程度の「やな予感」を感ぜずにはいられないだろう。そんな御仁には、声を高らかに言ってやりたい。「大体当たりだ」と。










 ハエトリグサ。


 なぜそんなものを、唇麗しい溝口菫みぞぐちすみれーー というのが彼女の名前だ ーー へのプレゼントとして選んだのか。

 なんのことはない。眉間にしわを寄せた後の彼女が、初めて開いた唇かららしたフレーズが、「蝿がうるさい」だったからである。


 さて、その後のことは、すでにネタバレ済みだ。

 なんのことはない。俺は昨日……、彼女に……、振られた……。




  町々はさやぎてありぬ

  子等の声もつれてありぬ

    しかはあれ この魂はいかにとなるか?

    うすらぎて 空となるか?

(中原中也『山羊の歌』より、『臨終』の最終連)



もしいつか、わたしの命がお入り用になったら、いらして、お取りになってね

(アントン・チェーホフ『かもめ』第三幕より/神西清訳)



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ