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皮むきと欠損少女

 少女は店へと繋がる数段の石階段に腰かけ、ナイフを這わせていた。

「びし、そわーず。びし、そわーず」

 なんだかんだで語感が気に入ってしまったみたいで、薄土のついたじゃがいもの皮をこそぐたびにビシソワーズを歌った。

 店長は「そう時間はかからない」と宣ったものの、素人にじゃがいもの皮むきはなかなかに骨が折れる。

 芽を探してくりぬかないといけないし、皮と身が密着しているせいか簡単にはむけてはくれない。

 しかも表面がでこぼこしていたりするので、皮を残さないまま一個を仕上げるのに時間がかかるのだ。

「びし、そわーず。びし、うわあ」

 手が滑って、身をたっぷり孕んだ皮が石階段へ落ちた。糊でくっつけるわけにもいかないので廃棄用のくず入れに捨てた。

 もっと集中しなければと気合いを入れなおすが、一個一個に時間をかけるとじゃがいもの山は減っていかない。

 折り合いというか、出来栄えの妥協点を見つけるのに苦労する皮むきだった。

「びし、そわーず。びし、そわーず」

 それでも彼女はじゃがいもの皮をむき続ける。慣れた玉ねぎにありつけるまで、その集中を切らしてはならなかった。

 未知のビシソワーズにそっと想いを馳せながら。

「びし、そわーず。びし、そわーず」

 全ての仕事を終えるまで、やはり時間はかかった。これだけの量の材料をまた一気にスープに変えてしまうのだから、店長の店は繁盛しているに違いない。

 さすがに表の賑わいを見に行く勇気はなかったが、彼女はそう確信していた。

「店長、ありがとうございます。いただきます」

 じゃがいもの大山と玉ねぎの小山を片づけると、最後にかごに残るのは熟したりんごだった。

 あれだけの重さがのっていたのに潰れることなく凛と現れたそれは、とても強く勇ましく彼女の目に映った。

 りんごの皮むきをしたことはなかったが、一連の作業でナイフ使いにも慣れたため、すんなりと剥ぐことができた。

 店長からもらったりんごを四等分に切り分け、かぶりつく。しゃくしゃくと小気味のいい触感が響いた。

「うん、美味しい」

 長い仕事の後とあって、蜜に似た甘味が疲れた身に一段と染みた。相棒にもわけてあげようかと迷ったが、手が止まらず一人で食べきってしまった。

「皮むき、終わったみたいだな」

 知らず知らずのうちに背後に店長が立っていた。コック帽をとり、短く切りそろえられた黒髪を露わにしていることから、少女はランチタイムが終わったのを知った。

「はい、すみません。美味しくいただいています」

「美味しいのなら結構だ」

 店長はたっぷりのじゃがいも、それに玉ねぎの入ったかごを軽々と持ち上げた。

「へえ」

「どうかしましたか?」

「はじめてにしては、じゃがいもが丁寧にできたな」

 ところどころ皮がついている個体もあるが、彼女なりに精一杯取り組んだ皮むきは果たして店長に評価されたようだ。

「今から仕込みに入るが、ここで待つのもなんだから入ってこい」

「いいんですか、私が入って」

「今はお客様がいないからいい。入ってすぐの蛇口で手の汚れを落としてくれ」

 諸手にかごを持ち、背中で扉を押し出すと、店長は少女を店内へ迎え入れた。

「それではお言葉に甘えさせていただきます」

 手すりに身体を預けながら階段を一段ずつ上ってゆき、「お邪魔します」と少女は店内に足を踏み入れた。

 それを確認して、店長も後に続いた。きいきいとさびた鉄の音を鳴らしながら、扉はゆっくりと閉まった。

『本日の「欠損少女」、ネクロリーグの試合経過をお伝えします!』

 二人が店内に吸い込まれるのと時を同じくして、裏道にいつもの静けさが戻ってきたかと思われたが、ブラウン管型の実況伝書鳩が邪魔をした。

『ティカルコロシアムで開催されている第23節大会では、ファン待望のラ・パルカが復帰しました。対戦相手はここ5試合で連勝を飾っている若波です』

 伝書鳩はあたりかまわず、騒音に近い音量で都度試合結果を市民に伝えている。だがそれに対して、苦情を言う者はほとんどいない。

 欠損少女は一昔では考えられないくらいの一大ムーブメントとなり、彼女たちの一挙手一投足に市民が夢中になっているからだ。

『怪我明けでも実力は本物でした。右腕欠損部分に新パーツの長槍を装着したラ・パルカは、膠着状態から生まれたわずかな隙を見逃さず――』

 市内での熱狂はたちまち伝播した。今や他エリアでの交流戦も盛んに行われるようになり、欠損少女は全国的な人気を獲得せんとしている。

 そして、みな口々にこう表現するのだ。

 欠損少女は健全なスポーツなのだ、と。

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