漆
「では、アスネリ様のお連れ様、イチノスケ・トウカイリン様、で、宜しいですか?」
にこやかに受付の女性が聞いてくる。
「あァ、そォさ。急に決まったことで、悪いねェ」
「いいえ、大丈夫です。お気になさらず、アスネリ様」
そして、女性は苦笑を浮かべて、アスネリの背後を見た。
「なんだか……、無邪気な方ですね」
「濁さァなくて良いサ。子どもっぽいってェ、はっきり言ってェやんなィ」
2人の視線の先には、きょろきょろと辺りを見渡す壱之助がいた。
「わぁ……目が浮いてる……あ、小人がいる……」
ポケーッと口を開けたまま、ブツブツ呟く壱之助は、側から見ても変な奴である。
まぁそうなるのは仕方がない。
この宿、なんと、監視カメラの代わりなのか、ギョロリとした目玉がフワフワと浮いているのだ。
そしてその下にいる、可愛らしい小人たちは、その目玉を濡れた布で拭いたり、机を整理整頓したり、何かの紙切れを食べたり(?)していた。
こんなのまるで、
「ポリーハッターだぁ……!」
きらきらと瞳を輝かせて、小さく呟く壱之助の襟首を、掴んで引きずりながら、アスネリは部屋に行く。
「あっ、あぁぁっ! ちょっアスネリ待っ」
「なァんか文句ァあるかィ?」
アスネリが浮かべた、凄味のある美しい笑顔は、壱之助に有無を語る事を許さなかった。
2人は泊まる部屋に向かった。
「こォこが宿泊部屋ァ、さネ」
壱之助の襟首を、やっと離したアスネリは、そう呟く。
「わ……わーっ!」
襟首を離され自由になった壱之助は、ダッと駆け出した。
「うわぁ、すっごく大きい! ふっとい! ……黒い?」
壱之助は、なんだか語弊を招くであろう言い方をしながら、布団に飛び乗り、脚を触り、布団の生地に首をかしげたのであった。
「すごーいすごーい! え、ここで寝るの? あ、でもベッド1つしか無い……」
見るからにしょんぼりした壱之助に、アスネリは口を開く。
「あァ、アタシはソファで寝ェるから、ベッドは譲ってェあげるヨ」
「え、ソファで寝れるの?」
ソファは座るものだよ? と首をかしげる壱之助。
忘れてはならない。この男、生粋のお坊ちゃんである。
「寝ェれるサ。それともォなんだィ? 一緒ォに寝ェるかィ?」
アスネリの、からかうような冗談めいた口調に、ぴたり、と壱之助の動きが止まる。
嫌な予感、とアスネリが顔をしかめたその瞬間。
パァァ、と壱之助が顔を輝かせた。
「さすがアスネリ! 頭良いね!」
「……ハ」
「そうだよ、2人で寝ればいいんだ、そうだそうだ〜ぁ」
うんうん、と満足げに頷く壱之助に、しまった、と思ってもすでに遅しのアスネリだった。