陸
3つの月が、世界を淡く照らし始めた、薄暮れの空下で、壱之助は丘に大の字で転がっていた。
「はぁぁ……疲れたぁぁ〜」
「まァ、最初はこんなもんだァねェ。お疲れェ様ァ」
「ありがとう……でもアスネリは厳し過ぎだよ〜……」
「ふふン。最初はこんな感じが良いのヨ」
「別に厳しくなくても、良いと思うよ〜?」
壱之助の言葉に、アスネリは、ふと何かを考え込んだ。
「……ラ……」
「ん? なにか言った?」
「……なァんでも無いサ。それェより、お前サン、今日ォどこに泊まァるんだィ?」
「……へ?」
壱之助は首をかしげて、ぽん、と手を叩く。
「そっか、僕、今日寝るところ無いんだ」
「……だァろうなァ、とはァ思ってェたけども、お前サン、どうするつもォりだィ?」
「ん〜……」
壱之助は考える。
日本だったら、カード1つで最高級ホテルに泊まることが出来たが、この世界でそれが通用するとは思えない。
それに、宿に泊まるには金が必要だろう。
だが、今の壱之助は、一文無しである。宿に泊まれるどころか、飯にありつけることさえ出来ない。
今背負っているリュックの中に入っているものを思い出す。
教科書代わりの、バッテリー100%の最新型スマホとパソコン。
高性能な薄いカメラに、筆箱、数冊のノート。
寒い時に使う薄いカーディガンと、茶道部で活動する為の着物である、色紋付と羽織。
……そういえば、食べるのを忘れた昼飯が残っている。
となると今夜は、
「……野宿?」
情けない顔で、そう呟いた壱之助を見兼ねて、アスネリが口を開く。
「だったァら、アタシが泊まァってる宿に来るかィ? 金ェ無いんだァろ」
その言葉に、壱之助は、パッと一瞬だけその顔を輝かしかけた。が、すぐに曇った。
「凄く嬉しいけど……迷惑でしょ? 今日初対面なのに色々付き合ってもらったし、さすがにそれは悪いよ……」
アスネリは、今日、知り合ったばかりだ。
まるで古い友人のような親しみやすさがあるが、まだ知り合ったばかりなのだ。
それなのに、団子を奢ってくれて(大半はアスネリが食べていたが)、鑑定屋を教えてくれて、その上、魔法の練習まで付き合ってくれた。
それなのに、宿にまで泊めてもらう、なんて、厚かましいにも程がある。
「じゃァ、如何するつもォりなァの? 言ってェおくけどォ、こォこらは獣ォがよく通るかァらネ。壁のある宿ォに泊まァらないと、喰われェるよォ」
その紅い目を妖しげに光らせ、アスネリは言葉を紡ぐ。
「それからねェ、朝その後始末をするのォは、アタシなァんだヨ」
要するに、色々面倒だから、野宿せずに宿に泊まれや、ということであった。