参
「アタシは、アスネリ・プロクス。この世で1人の “主人の居ない騎士” サ」
口許に悪戯めいた笑みを浮かべて、きっぱりと言い切ったアスネリ。
それを見て、壱之助は、首をかしげた。
「マリニェンテって何?」
「ありゃマ。オニィーサン、知らァないかィ? 結構ォ有名な話のはァずなんだけどねェ」
肩をすくめてアスネリは困ったように苦笑する。
「要するに、アタシは騎士なのサ」
「騎士?」
「そォ。ただ、普通の騎士みィたいに、お国にも仕えてなァいし、お貴族様にも仕えてェない。騎士という称号はァあるけど、守るべェきの主人様がいない。だァから、“ 主人のいない騎士” ってェ呼ばれてるのヨ」
騎士というものは、言い換えれば、何かに仕え、馬に騎乗して戦う武人である。
壱之助の知っている騎士は、イギリスやらフランスやら、ヨーロッパの騎士たちだろう。
かの銀の騎士長だと呼ばれた人物などの名前が、真っ先に思い浮かぶ。
だが、そんな者たち全員が、国や身分の高い者に仕えていた、と言っても過言ではない。
アスネリの言いたいのはつまり、こういうことだ。
騎士というものは仕え守るべき主人がいる者たちのことであるが、自分は、主人のいない騎士だという、矛盾した存在だと。
「それで?」
「はァ?」
「それで、アスネリは、何の魔法が使えるの?」
「……まさかお前サン、本当ォに知らァないのかィ?」
くるん、と目を回してみせるが、やはり美人なアスネリ。
……どうやら、この世界ではアスネリは有名な人物らしい。
が、そんなこと、他所から来た壱之助にとっちゃ、知ったこっちゃないのである。
「アタシの得意魔法ォは、火属性ェだァよ」
「火属性?」
「例えばァ……そォだねェ、これェとかァかな?」
ぱちんっ、とアスネリが、軽く指を鳴らす。
すると、小さな炎が、アスネリの人差し指の上に、ふわふわ浮かびながら燃えていた。
「……これ、どうやって燃えてるの?」
「うン? そりゃァ、ミクトを凝縮して、自然発火さァせてるのヨ」
「みくと?」
なんだそれは、という顔をする壱之助に気づいて、アスネリが口を開いた。
「ミクトってェいうのォは、いわゆる魔力でェあり、生命力さ」
「魔力であり、生命力?」
そォ、とアスネリが頷く。
「生きていく力のことだァよ。元々、生き物には皆ミクトがあるのサ」
ミクトは、分かりやすく言えば生き物の生命力のことだ。
食べ物を食べて、その栄養を血に溶かす。
怪我をしたら、その傷を塞ごうとする。
生きるために生きようとする、その力が、生命力。
そんな生命力は、目には見えないが、生き物の体で日々作られているという。
魔力は生命力の塊であり、生命力を使った力であるから、生命力のあるものは全て、魔法が使えるのだ。
ただし、意思のないもの……火や、水、空気に植物、土、空……そんなものには、必ず聖霊がいて、それらは宿り物の生命力を使って魔法を使うのだという。
「まァ、アタシの火はァ普通の火じゃなァいけェどネ」
「え? なんで?」
「アタシの火は “星の炎” 。つまァり、治療系魔法ォ、なァのサ」
「治療系魔法?」
「ありゃま。治療系魔法ォも知らァないのかィ」
とォんだ世間知らずだァねェ、とアスネリは目を丸くする。
「その名ァの通ォり、治療する魔法ォさ」
「治療?」
アスネリは、そォだねェ、と小首をかしげた。
そして、人差し指を立てる。
「オニィーサン。ここに、アタシの人差し指がァあるよォねェ?」
「え? うん」
急にそんなことを聞かれて不思議に思い、首をかしげた壱之助の前で、アスネリは右手の白手袋を取り、その右手の人差し指の先を、ガリッ、と噛み砕いた。
当然、人差し指からは、紅い血が流れ出す。
「アスネリ?!」
「いィ? 見てなァよ、オニィーサン? ……【星が降る黄昏の加護】」
アスネリがその言葉を唱えた途端、人差し指の先に赤い炎が灯り、みるみるうちにその傷が塞がっていった。
パッと炎が消えた時、痕1つ残らず綺麗に治った、アスネリの、細く白い人差し指。
「アタシの魔法ォはこういうモンなのさ」
「……」
「驚いたかィ。まァそォだろォさ、これ程まで綺麗ィに治す、治療系の火属性魔法ォだしねェ」
なにやら、うんうん、と勝手に頷いているアスネリ。
この世界では、そういう理由で驚き黙ることもあるかもしれない。
しかし、壱之助は違う。
そもそも、実はそこまで驚いてはいなかった。
「……もうっ!」
「ハ?」
「駄目でしょ! 自分の指を傷つけたら! 自傷行為って、すればするほど自傷行為せずには、いられなくなるらしいよ!?」
ぽかん、としていたアスネリは、突然吹き出して、笑い出した。
「あはァは、お前サン、ほんとォに面白ォい奴だァねェ! そォだねェ、いけなァいよねェ! はァははは!」
「何がおかしいの?! ダメなんだよ?!」
「ハイハイ、ありがとォねェ」
けらけら笑いながら、アスネリは手袋をつけ直した。
「こォの “星の炎” は、火属性魔法ォとはァいえ治療系。病気も怪我も治療できちゃうけェど、ぜェんぜん戦闘向けェじゃなァいじゃなァーい? だァから、戦闘系騎士って思われなくってねェ……苦労したわァ」
はァ、と、溜息つくアスネリ。
「ところでアスネリ……その、僕にも、なんか使える魔法とか、あるかな……?」
「あるんじゃァないかィ? なんだィ、魔法使ったこと無いのかィ、お前サン」
「うん、無い! そうか……僕にも魔法使えるんだ……!」
魔法が使える、だなんて、まるで漫画や小説や、アニメの世界だ。
異世界に来たら、もしかしたら使えるかもしれない。
それなら、ぜひ使ってみたいと、壱之助は頬を紅潮させた。
「ねぇねぇ、僕、どんな魔法使えるのかな?」
「鑑定してもらやァいいじゃァないか」
「鑑定?」
きょとん、と壱之助は首をかしげた。