弐
「太陽ォ? あれァ、元々3つあるモンだァけど……もォしかして、オニィーサン 向こうの人なのォかなァ?」
「向こう?」
太陽が3つあるのは変じゃないか、と壱之助が聞くと、疑問形でそれに答える、紅髪美人──……そういえばまだ名前を聞いてなかった。
「僕は東海林壱之助」
「……急に名前を言い出すってのァ、自己紹介ってェことで良いのォかなァ? ──アスネリ・プロクスよォ」
「プロクスって名前なの?」
「んーん、アスネリが名前よォ」
紅髪美人──アスネリは、ひょいと肩を竦めて、団子を頬張った。
……奢るとか言っといて、その相手の団子まで頬張るのはどうなんだろうとか悩みつつ、壱之助は、まいっか、と思考を切り替える。
「で、アスネリ、向こうってなんのこと?」
「向こうってェいうのは、境界線を越えたァ真実の世界のこォとよ」
アスネリが言うには、この世界は、となる世界の複製らしい。
その世界を、この世界では『真実の世界』、と呼び、その『真実の世界』以外を、『並行世界』と呼ぶ。
この世界は『並行世界』だと、この国の国民は信じ込んでいる。
この世界は、『真実の世界』の3番目の複製世界である、『並行世界』。
だから、太陽は3つあるのだ、と。
「つまァり『真実の世界』では、太陽は1つって訳ェよ。つってェも、実証は無ァくて、こォれはラティマ教徒であるこの国の国民しかァ信じてなァいんだけどねェ」
「ラティマ教徒?」
また聞き慣れない言葉がアスネリの口から出てきて、壱之助は首をかしげる。
「五鬼神……こォの複数の『並行世界』を作ったァ、尊ォい創造神サマたちのことを崇める宗教よォ。……アタシはラティマ教徒じゃなァいからよく知らないけェど」
「神?」
「鬼神、とはァ言え、元々ォは、ごくごく普通の子たァちだったらしいねェ。ラティマ教で主に信仰されてるのは、その中の1人の少年で、その昔、このメテレル国の小さな村に堕ちたってェ言われェてるけどねェ」
「……待って、ちょっと待って!」
壱之助は、話を進めようとするアスネリを手で制した。
「えっと……ここって、メテレル国っていうの? あと……魔法? 魔力? え、それどういう……え……え?」
壱之助は、金持ちのお坊ちゃんとはいえ、教養はそれなりにある。
……いや、金持ちだからこそ、普通なら習わないことも詳しく教えられている。
地理も、それぞれの正式な国名はもちろん、首都も地形も、火山名も公園の名前ですら、完璧に覚えさせられた壱之助だ。
そんな壱之助が聞いたこともない国の名前があるはずがない。
メテレル国? 英名であってもそんな国名は絶対に無い。
壱之助は、それだけは断言できた。
しかし、アスネリは嘘を語っているようには見えない。
現に、茶屋の娘がこっそり聞き耳を立てているのか、アスネリの話に時折うんうんと頷いている。……本人は無意識でしているのだろうが。
魔法、というファンタジックな言葉が出てきた時も、大して茶屋の娘は過剰反応を見せなかった。
となれば、アスネリは嘘をついてない。
空想童話について語っているわけでもない。
ただつらつらと、国の宗教について語っているにすぎないのだ。
「……ねぇ、アスネリって魔法使えるの?」
試しに、聞いてみた。
「ン? まァそうなるかァな」
「……ちなみに、どんな魔法か、聞いても……良い?」
恐る恐る聞く、壱之助。
「そりゃオニィーサン、個人情報ォだヨ?」
「やっぱダメ?」
「んーん……ここで会ったのもなァんかの縁だァし……ま、損はしなァいかなァ」
アスネリは少し悩んだようだったが、妖艶なその唇の端を吊り上げて、にやりと笑った。
「アタシは、アスネリ・プロクス。この世で1人の “主人の居ない騎士” サ」