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とあるノート


[p. 1]


 子供の頃から私は、「見られる」ことにとても敏感だった。もっと言うと、私が見られることに限らず人が人を「見る」こと全般について、鋭い感覚があった。

 遠い記憶を辿るのは難しいし、時間もかかるから、ここでは原因不明としておく。

 

 次に私が気づいたのは、「私が思う私」と「みんなが見る私」に差があることだ。差はときに小さく、ときに大きい。

 まあ、どちらが本当の私とも言えない。きっと普通の人なら、「自分が思う自分」と「みんなが見る自分」の間を行ったり来たりしながら育つのだろう。

 私の場合、少しばかりのサービス精神と少なくない恐怖から、ちょっとずつ「みんなが見る私」に自分を寄せていった。


 こんなレシピで、表裏の激しい女の子ができるわけだ。

 家族含めほとんどの人は、表と裏の私のどちらか一方しか知らない。


 今の私と比べて、「表裏で済むうち、同じ自分で済むうちは良かった」なんて言ったら嘘になる。このときも苦しいことは一杯あっただろう。逆に、楽しいことも一杯あったはずだ。

 まあ単に、生きていれば楽しいことも苦しいこともあるというだけ。苦しくても楽しくても、このやり方が一番私に向いていたから、こう生きてきただけ。


 友だちが多いのはなんだかんだ楽しかったと思う。一方、こちらは知り合いとしか思っていない人のために望まれる反応と言葉を出し続けるのは、かなり面倒くさかった。

 表と裏の私の両方を知って、私の愚痴に付き合ってくれる親友が何人かいたのは、本当に幸運だった。一方、私にとってオンリーワンの人たちから見て、私がどうやらオンリーワンではないらしいことは、悲しかった。そして、恐ろしかった。


 思い返すと不満ばかりになってしまうから、あと一つだけ。

 時々、自由な人が羨ましくなった。孤独とひきかえに、とても自由な子。自由で孤独なのに、周りからハブられない子。どうやったらああなれるのだろう。

 私も根は横暴なところがあるけれど、あの子ほどじゃなかった。いつも楽しく振り回された。


 これが、ちょっと前までの私の話。

 本当に大したことじゃない。誰だって、今の性格になるまでいくつかエピソードがあるだろう。

 ここまで私じゃなくてもいい話。



[p. 2]


 ここからが本題。

 あることが起こった。私にとって、すごく衝撃的なことだった。それは、私に深い傷をもたらした。

 例えば、例えばの話。


 いじめとか。

 家庭問題とか。

 禁断の恋とか。


 あくまで例えばの話だ。書き始めると複雑で長くなるし、具体的に何が起こったかは全く重要でないから、ここに書こうとは思わない。

 なんか、また自分を隠す癖が出てしまったみたいだ。


 正確に言うと、書けないのだ。自分で自分に語ることすらできない。

 また、例えばの話になるけれど、「自分の本心を喋れる親友がいて、私は自分の半身以上に大切に思っていた。一方でその自由さに嫉妬と憧れを抱いていた。あるとき~~という経緯で、その親友と決定的な仲違いをしてしまう」と書いたとする。もうこれで全て嘘になる。一番伝えるべき何かを、失ってしまう。


 何度も自分で自分のために書こうとした。書くことで、区切りがつくのではないかと願いながら。

 そのたびに失敗した。

 私が言葉の力を持っていないせいかだろうか。それとも、私と傷がもはや不可分になってしまったせいだろうか。


 ともかく、大事な結論だけ書こう。



 もう全て終わってしまった。

 全てが終わり、痛みだけが残った。



[p. 3]


 これも結局、私じゃなくていい話だ。いつまでもショックを引きずって自殺直前まで追い詰められるなんて、よくある話じゃないか。


 でも、誰にだって起こりうるのに、今ここでこの痛みを感じているのは、この私だけ。


 痛みについて大事なのは、止めばじきに忘れてしまうだろう、ということ。だから未来の自分でさえ、今の自分に共感してくれはしない。

 私は明日には止むと願いながら、痛みと戦い続けた。

 未来をなくす誘惑に抗い、痛みが終わる時は本当に来るのかという疑念から目をそらしながら、”あること”の後の自分が生きる意味を探し続けた。

 

 その結果どうなったか、最近の話をしよう。

 私は少しずつ元気になってきた、とほとんどの人が思っているらしい。


 笑える。みんな騙されてる。

 違う。表の私はどうやら、本当に元気になっているようなのだ。裏の私を置いてけぼりにして。痛みを全てこっちの私に押し付けたみたいに。


 更に笑えることがある。裏の私の趣味かつコンプレックスだと思っていたあるもの――私の尊厳のために何かは隠す――を、表の私がこそこそ始めたことだ。今、何も美味しいなんて思えないのに。

 表の私は裏の私から少しずつ、いろんなことを奪っていく。いずれ、痛み以外の全てを。


 私はまるで私のことがわからない。一体、私は何がしたいの?


 とにかくはっきりとしているのは、私が一人に追い込まれたということ。自分で自分を追い込んだということ。

 これはちゃんと書いておこう。”あること”の責任はともかく、私がここまで追い込まれたのは、私ただ一人のせいだ。騙されたみんなと、騙されなかった誰かは、もしもの時も気に病まないで欲しい。



[p. 4]


 さて、私は今、これを自分のために書いている。自分の中でまだ生きたいと願う部分が、これを書かせているように思う。ここまではなんとか書けた。


 この痛みはもう、誰にも治せないぐらい深く私に浸透している。もしこの傷を癒せる人間がいるとしたら、そんな人間がいるとしたら、私自身以外にありえない。


 私は、この痛みを越えたい。




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