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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
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6 新宿


 亮に礼を言って、紘太朗は店を出た。

「まな板」の店の住所は新宿歌舞伎町となっている。

 それを目にした瞬間、紘太朗の耳にスズメの声が甦った。


『――新宿って地下鉄で行ける?』


 新宿が都内屈指の風俗街であり、風俗スカウトの溜まり場であることは、紘太朗もよく知っている。紘太朗が風俗スカウトに持つ印象と言えば、女の子に手当たり次第声をかけ、口八丁手八丁で無垢な女の子を騙し、風俗の世界に沈め、店から紹介料をかすめ取るというものだった。スカウトとは言いようで、やっていることは女衒以外の何者でもない。

 懸念すべきは、今のスズメは彼らと利害が一致しているかもしれないことだ。

「きみ可愛いね、風俗で働いてみない?」「ストリップを探しているんです」「うんうんストリップね。良い店知ってるよ」「本当ですか!」「じゃこれから行ってみようか――」


 ――目に見えるようだ!


 紘太朗は頭を抱える。

 良く言えば疑うことを知らない、悪く言えば危機察知能力を著しく欠くスズメだ。ストリップの店などではなく、より紹介料が取れそうな店に、騙されて連れていかれる可能性もある。それは女性の人権を蹂躙して金を稼ぐような店だ。

 そして、何をするのかろくに説明もないまま採用されてしまうスズメ。

 あの手の店は有望な子が面接にくれば、他の店に流れるのを防ぐため、その日のうちに採用して講習まで一気にしてしまうと漫画で読んだことがある。講習という名の実技指導。講習では最初に店長が女の子を試すのだという。

 スズメはそこで初めて騙されたと気付く。必死に抵抗をするけれど、ドアの鍵が外れない。中年の店長がやにわに服を脱ぎ始める。あくどい金で養った贅肉が揺れる。背中にはカタギ者とは思えないタトゥー。泣きじゃくるスズメの頬を打つ店長。そしてスズメは強引に――。


 ――間に合ってくれ!

 新宿へ向かう電車の中、紘太朗はひとり焦燥に囚われていた。

 スズメが家を出てから一時間は過ぎている。

――スズメはもうスカウトに捕まってしまったのではないか。

 手遅れ、という言葉が紘太朗にのしかかる。

あの強制終了されたパソコンは、もはやスズメからのメッセージにしか思えなかった。ああしておけば、次に紘太朗がパソコンを立ち上げたとき気付いてもらえると、スズメは考えたに違いなかった。しかもわざわざ新宿までの道を訊ねるというヒントまで残した。つまり、新宿にいるから追いかけて、ということだ。


 ――どうしてメッセージを向けた相手が俺だったのだろうか。

 ――そもそも、なぜスズメは東京まで出てくる必要があったのだろうか。


 疑問を並べた刹那、紘太朗の頭に稲妻が走った。

「天乃雀は山科紘太朗に好意を寄せている」という、興味深い選択肢を顕現させることにより、全ての点が線で繋がる気がした。間違っていたら恥ずかしいから結構よく考えたけれど、脱衣所で無防備な姿を晒したにもかかわらず、平然としていた事実もその考えを後押しした。なぜ平然としていられたか。それは山科紘太朗が特別な存在だからです。


 だがもしそうだとしたら、この五年スズメはどんな気持ちでいたのだろう。

 紘太朗の瞼に浮かんだのは、暗い部屋でひとり写真を眺めるスズメの姿だった。写真には五年前の紘太朗とスズメの笑顔がある。在りし日の両親の姿も。楽しかった返らぬ日々。それだけを慰めにして、スズメは義母の下での辛い生活を耐えていたのだ――。


 電車を降り駅を出た紘太朗は、ストリップ劇場を探してひたすら歩く。あては店の住所を印刷した紙のみ。焦燥に背を突かれ小走りもする。

 だが土曜新宿の雑踏で少女を一人を探し出すのは困難、というより不可能だった。紘太朗は「まな板」の店以外にも、新宿に住所があった劇場を全て回ってみた。だがどの劇場も揃って愛想のない初老の男性が受付に座っており、キツい口調で追い返されただけだった。みな血を分けた兄弟なのではないかとさえ思った。あれでは本当にスズメが来ていたとしても、教えてくれやしないだろう。いや、未成年である自分がそんなことを訊けば、訝しむあちらが正しいのか――。


 紘太朗は途方に暮れながら、家に戻る電車に揺られる。

 諦めるのは無念でしかないが、もうスズメが無事帰ってくることを祈るしかない。

 せめてスズメの携帯番号を訊いておけばと後悔もする。

 ――帰ってきたら思いっきり説教してやろう。

 お前の目論見は全てお見通しだ。ストリップなんてやめろ。公然わいせつ罪だ。まな板だ。

 あまりに厳しい叱咤に、鼻をぐずらせるスズメ。

 そんなスズメを、お前が心配なんだよ、と最後は優しく受け止める。

 完璧だと思った。


 家に戻った紘太朗が玄関のドアを開けたとき、リビングの電話はすでに鳴っていた。


 ――亮さんか?


 慌てて靴を脱ぎ、電話をとる。

「あー、山科紘太朗さんのお宅?」

 中年男性の、やけに慣れ慣れしい声だった。

 そういえば、亮には携帯の番号しか教えてない。

「自分が紘太朗ですけど……」

「こちらはね、横浜の駅前交番です。今、ここに天乃雀という子がいるんですけどねえ――」

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