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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
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5 劇場モダンジャズ


「竹井さん、亮さんいますか?」

「ん? ああ、支配人ならたぶん下だぁな」

「ありがとう」

受付の竹井さんは相変わらず初老で愛想がなかった。何年も前から風貌が変わってない気がするのが不思議だ。

 竹井さんが言う「下」とは、『劇場モダンジャズ』の下階『カフェバー・モダンジャズ』を指している。建物の構造上は別の店なため、紘太朗はいったん階段を下り、外に出てから店のドアを開く。

「いらっしゃいませー、お好きな席にどうぞー」

 レジにいた猫耳メイド服の女性が、どこか芝居じみた声をあげる。

 紘太朗が店を見渡すと、まばらな年輩男性客に混じって、ソフトリーゼントの頭が隅の席にあった。計算機を叩きながら難しそうにする顔は、無精ひげであるものの精悍で、歳は二〇代にも三〇代にも見える。

「亮さん」

 紘太朗の声に反応してリーゼントの無精ひげ――鴇田亮ときたりょうが顔をあげた。

「お、なんだ紘太朗か。どうした。コーヒーでいいか?」

 みいちゃんこっちにコーヒー一つねえ、と、亮はカウンターに声をかけた。猫なで声が外見に似合わず気持ち悪い。


「俺、この店にあのメイド服はやっぱり合わないと思います」

「うるせえ。雰囲気だけでもメイド喫茶だ。改装する金がねえからな」

 亮は計算機を憎らしげに叩いている。『劇場モダンジャズ』兼『カフェバー・モダンジャズ』支配人の仕事をここでこなしていたらしい。

 カフェバー・モダンジャズは、昭和風のアンティークな造りの喫茶店といえば聞こえはいいが、単に店が古いだけだった。そんな店に猫耳としっぽが生えた現代風メイド服は、どうにも相応しくない。さらに言えばBGMがロックなのも店名にそぐわないのだが、店の方向性が支離滅裂な原因は、全て亮の趣味であるという一点に収束した。畢竟、昭和から続く店を亮が継ぐとこうなるということだった。

「どうせならロングスカートのヴィクトリアンメイドにすればいいのに。それなら昭和モダンぽくて店に合います」

「あほ、誰が喜ぶんだよそんなの。客層考えろ。この店はミニスカートでもえもえきゅーんじゃねえと意味がねえんだよ」

 カフェの客層は、ほぼ二階の劇場を兼ねていると言ってよかった。亮の判断がなるほど正しい。そもそも立地が風俗街だ。


「ところで亮さん。昨日、スズメって子が劇場に来ませんでしたか?」 

「なんだ。あの子、お前の知り合いか?」

 案の定、スズメはストリップダンサーとして雇ってほしいと店に来たらしかった。だが一六歳だから断ったのだと言う。

「ウチはそういう店じゃないんだ。品行方正なストリップ劇場だからな」

 亮は胸を張る。一八歳未満の年少者を性風俗業に就業させてはならないと定めていたのは、労基法だったか、風営法だったか。

「でもな、それ以前にあの嬢ちゃんは駄目だよ。ストリッパーをアイドルかなんかと勘違いしてる。服を脱いで踊ればがっぽがっぽ儲かると思ってる。ストリップはそんなに甘いもんじゃねえよ。高級ソープ嬢じゃねえんだからよ」

 まあソープ嬢も大変だろうがな、と亮は某かの経験を思い出すように言葉を補う。その情報は紘太朗にとって酷くどうでも良い気がした。

「あいつ、ストリッパーになりたい理由とか言ってましたか?」

「家出したから金が要るとか言ってたな。寮を紹介しろとも言ってた」

「そうじゃなくて。なんで敢えてストリップなのかってことです」

「知らねえよ。ルックスは悪くねえから稼げるとでも思ったんだろ。……ああそうだ、踊るのが好きだっては言ってたな。動画が一〇〇〇アクセスだとかなんとか」

「踊るのが好きならダンサーにでもなればいいじゃないですか」

「俺に言うなよ。でもダンスで食うってのも簡単なもんじゃねえぞ。ウチにもダンサー崩れがいるけどな。ガキのころから一所懸命やってもプロになれんのは一握りってレベルだ。まあここも一応プロっちゃプロなんだが。ってか、その子がお前の知り合いなら、お前が言ってやればいいだろう」

「亮さんだってスズメとは初対面じゃないですよ。もう忘れてるでしょ」

「憶えてねえ」と亮は首をひねる。

「ガキなんぞ掃いて捨てるほどつまみ出したからな。ここはガキの遊び場じゃねえってんだ。おまえら、お化け屋敷でも覗くみたいな感覚で忍び込みやがって――」


 亮がスズメを憶えてないのも当然だった。七年前だっただろうか。劇場モダンジャズに興味半分忍び込んだ紘太朗とスズメにお菓子を与え、優しくつまみ出した若い従業員がいた。それが鴇田亮だった。

『あのお店に行くとお菓子が貰える』

 そんな噂が同世代の小学生の間で流れ出し、モダンジャズに面白半分で潜入する悪ガキが多かったのは、恐らく紘太朗の責任だった。だが、子どもなどげんこつ一発であしらえばいいのに、律義にお菓子を与え続け、優しくつまみ出していた亮にも責任の一端はある。

 そんな曲折があって、紘太朗周辺の同世代で亮を知る人間は少なくない。

「そういう馬鹿なガキも最近はいなくなっちまったがな」

 どこか寂しそうに亮は言う。亮と馴染みになるに連れて紘太朗がわかったのは、この人は子どもが好きなのだ、ということだった。


「まあ、スズメちゃんは家も親もちゃんとあるみてえだし、普通の仕事に就いた方がいいって言ってやったよ。甘えてないで家に帰んな、ってな」

 言うべきか紘太朗は逡巡したものの、能天気に言う亮に少し反論したかった。

「……あいつ実の両親亡くしてるんです。たぶん、今の義母ははおやに耐えられなくて家出してきたんじゃないかって」

「そうなのか」と亮は頭を垂れて「……それ知ってたら、他に考えようもあったんだけどな。家出したってしか言わねえから……。もしかして、スズメちゃんの行方がわからねえのか?」

「いや。いとこなんでとりあえずウチで預かることになったんですけど……」

 紘太朗は印刷した紙をボディバッグから取り出し、亮に広げて見せた。

「今朝、スズメが見てたサイトを印刷したんです。あいつ、今日もストリップの店を探しに行ったみたいなんです。亮さん、何か心当たりありませんか」

「悪いが、ねえな。さっきも言ったが、俺はやめろって言ったんだ」

 亮は紙を一枚一枚丁寧に眺めて言う。「あーここはやばいな。二年前に公然わいせつで検挙されてる」「ここなんか、裏で踊り子にまな板やらせてるトコだぞ。とうが立ったストリッパーが最後に流れ着くクラスの店だ」

 亮はさすがに同業者だった。

「まな板ってなんです?」

「本番。客とのセックスだよ」

 紘太朗は卒倒した。本番行為は売春防止法で禁止されているのにと思った。


「んで、こんなもん印刷して、お前はいったい何がしたいんだ」

「……スズメがストリップをするのをやめさせたいんです」

 口ごもりながら言うと、亮が「ふむ」とにやついた。

「ちょっと待ってろ」

 亮は携帯を取り出して、紙にあったストリップ店に電話をかけ始める。


 ――スズメって子が来てないか。

 ――もしその子が来たら、ウチに連絡をくれ。その女は問題ワケありだ。


 亮はおおむねその二点を電話の相手に伝えていく。

 だが結局、どの店にも来てないらしかった。

「嘘つく連中でもねえんだが」と亮は言う。

「いや、連絡をもらえるだけでもありがたいです」

「あとな。すまねえが、もしここいらの店に行ってたら俺もどうしようもねえ。この手の店はコネがねえんだ」

 亮が投げてよこしたのは「まな板」の店の紙だった。


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