40 間違った選択
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「男はやっつけたから、もう帰ってこい」
家に戻った紘太朗はスズメにメールを送ったが、案の定返信はなかった。
スズメの部屋は整頓されていて、何も言わずに家を出るスズメの後ろめたさを感じた。
余計な荷物は残していったらしく、少しの衣類が丁寧に畳まれて、隅の方で申し訳なさそうにしている。使っていた寝具やテーブルもそのまま。貸してやったパソコンや文具類もテーブルの上で折り目正しくしていて、部屋に足りないのはスズメの姿だけだった。スズメさえいれば何も問題がない風景だった。
テーブル下に積まれていた教科書を手に取ると、一枚のメモが滑り落ちる。
拾い上げると「こーちゃん勉強教えてくれてありがとう」と書かれていた。
その筆跡に思わずスズメの面影を思い出す。ため息が洩れた瞬間、紘太朗の視界は堰を切ったように潤んだ。
スズメを苦しめていた男は野辻によって懲され、自分の手の外で勝手に問題は解決した。
そう考えたとき、紘太朗に重くのしかかるのは、他力本願という言葉だった。
――俺はスズメに何をしてやったのだろうか。
自分は『スズメ鳥かご飼い馴らし作戦』を企てた。
スズメがストリップから足を洗うように仕向けてほしいと亮に頼み、スズメを山科家の養子に迎えるように両親を促した。それがスズメが歩むべき唯一の幸福な道だと信じ、自分は暗躍してきた。
だが、その作戦は本当に正しかったのだろうか――。
『スズメ鳥かご飼い馴らし作戦』。
よくよく考えれば酷いネーミングだ、と紘太朗は思う。
野生の雀をかごに閉じ込めて眺めたところで悲しいだけだ。雀は自由に空を飛ぶからこそ人の目を惹きつける。人は皆なにかしら束縛されて生きている。仕事、金、家庭や人間関係。そして学校や成績。だから空を自由に舞い駆け踊る雀を羨望して、憧れる。
――かごなんかに閉じこめて、スズメが幸せなはずがなかったのだ。
その反証に紘太朗は希望を見出すしかなかった。
――自分にできることはした。
人事を尽くしたのだから、スズメにはもう天命が降りてくるしかない。
だから、好きなダンスを思う存分に踊れるスズメはきっと幸せな顔をしているはずだし、これからもどこかでずっと幸せであるはずに違いなかった。
『まあなんとかなるよ』
目を閉じると、まぶたの奥のスズメはそう言っていつまでも微笑んでいた。




