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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
38/42

38 パニック×2


「あら、紘太朗くん」

 頭が無政府状態の紘太朗をモダンジャズで迎えたのはみいさんだった。

「どうしたの? スリッパなんかで」

 紘太朗は帰宅してからダイニングで体験したことの一部始終をみいさんにまくしたてた。

 その説明の支離滅裂ぶりに、紘太朗は想像以上に取り乱している自分を知った。だがそれはもはや自分で制御どうこうできるものではなかった。

「またストリップ劇場を探し歩いてるのかもしれねえ」

 客席のどこかにいたらしい亮が、異変を嗅ぎつけてきた。

「待ってろ、いま訊いてやるから!」

 亮はいつかのように知り合いの劇場と連絡をとり始める。

 亮はスズメの前科を知っている。スズメの家庭事情も知っている。スズメを心配していま自分と同じように狼狽してくれている亮に、紘太朗は感謝するしかなかった。

「ちょっとアンタ、ぼーっとしてないで、行き先の心当たりないの!」

 亮と一緒にいたらしい咲良の強い語気に圧されて、紘太朗は自分がモダンジャズに来た理由を思い出す。

「そうだ。みいさん! 劇場の鍵貸してください」

劇場の楽屋が怪しい、と考えていた。あそこなら寝床の心配はいらないし、営業停止中の今なら誰にも気付かれることはない。家出先にはもってこいだ。

「でも……」と、みいさんは言い淀んで、「今は劇場にセキュリティがかかってるよ。もう誰もいないから」

 唯一のあてがあっさり消える。

「俺、ちょっと探してきます!」

「探すってどこ探すのさ!」

 飛び出さんばかりの紘太朗を、咲良の声がとどめる。

「都内の劇場を片っ端から!」

「待って。なら車出すわ。都内の劇場ならアタシ全部知ってる」

「咲良! 行くなら神奈川方面行ってくれねえか。あっちは俺も顔がきかねえ」

 携帯の会話も半ばに亮が言う。

「オッケー、亮ちゃん」


 咲良の真っ赤なコンパクト車は、カフェ近くの駐車場に停車していた。

「助手席に乗りなさい!」

 咲良は助手席に散乱していた雑誌や化粧道具を、ひとまとめにして後部座席に放り投げる。紘太朗が乗り込むや否や車をバックで発進させると、その後部をゆっくりと外灯の支柱にぶつけた。

「ちょ、大丈夫ですか!」

「……」

「なんか喋って!」

 咲良は歩道を横切る男性にホーンを鳴らし、「じじい、邪魔!」とお年寄りに事故のないよう喚起を促しながら車を駐車場から出すと、最初の交差点で慎重に左右を確認して赤信号を無視しつつ、右手で携帯電話をかけ始めた。

「――天然で一六よりガキっぽい感じの子、もしどっかの劇場ハコで見かけたらすぐに教えて!」

 咲良は仲の良いダンサーに連絡を取っているらしかった。その後も二件三件と電話をかけ続ける。

 ハンドルを握りながら忙しく携帯をかけ続ける咲良を見るにつけ、助手席に座っているだけの紘太朗は、なにかいたたまれない気分になった。


 ――自分も色々かけたりしなければ。


 その焦燥に煽られ携帯を取り出してはみたものの、かけるあてはない。

 だから紘太朗は何度も何度もスズメにかける。もちろんスズメが出ないとわかっているけれど、わずかな望みをかけてコールし続ける。

 紘太朗の知っている携帯電話は、いつでもどこでも誰とでも連絡が取れる利器のはずだった。連絡先さえ交換しておけばすれ違いの心配がない道具のはずだった。だが相手が少し拒否しただけで、こんなに無力な精密機器に変わるなんて思いもしなかった。

「ねえ、アンタ。泣いてないでなんか心当たりとかないの?」

「泣いてません」

「そういうのはいいから。昨日喧嘩したとか、なんか嫌なことがあったとか、あの子が出ていくような原因がなかったかって聞いてんの」

 紘太朗は昨日の風景に思いを巡らせてみたけれど、次々と浮ぶのは楽しげに微笑むスズメの笑顔だけだった。

「本当に何もないんです」伝えると、咲良は「そう」と、悲しげに目を伏せる。

「……もしかしたら、アタシがストリップをやめろなんて言ったせいかもしれない」

 咲良が小さくひとりごつ。

 刹那、紘太朗の携帯が鳴った。

(スズメだ!)

 紘太朗の直感が光のように頭を駆けた。なぜかわからないけれど、感覚を超えた何かがスズメからの着信だと感じさせた。紘太朗は全米拳銃早撃ちチャンプの素早さで内ポケットから携帯を抜き液晶を見ると、着信は母からだった。

「馬鹿紘太朗!」

 消沈した紘太朗に追い打ちをかけるように母の罵声が飛ぶ。

「なんですぐ連絡よこさないの!」

 憤る母は、すでにスズメの家出に勘づいているらしかった。

 ――なぜもう知れてしまったのか。

 母親が子を見透かす得体の知れない勘としか紘太朗には思えなかった。

「こんな書き置き残して……可哀想に」

 電話の向こうで声を震わせる母。


 ――スズメの書置をダイニングに置きっぱなしだった。


 両親にスズメの家出を悟られないためには、書置の隠蔽は真っ先にすべきことにしか思えなかった。そう考えると、紘太朗はなんで自分が親に隠せていると思っていたのかが、むしろ不思議になった。紘太朗にはもはやなにもかもがわからなかった。たった数時間前の自分のなにもかもがだ。なんで俺はスリッパを履いているんだと思った。

 帰宅して書置を読んだばかりらしい母に、紘太朗は自分がいまスズメの行きそうな場所を探していることを告げた。もちろんストリップ劇場だとは言わない。

「妹のところには戻ってないらしいけど……」

 紘太朗は母に言われて初めて、スズメがおばの家に戻ったという極めて可能性の高い選択肢が存在したことに気付き、自分に呆れた。

 これから妹の家に行ってみる、と母は言う。元の家に戻りづらくて近くを彷徨っているのかもしれないから、と。父にもすぐ警察へ相談に行ってもらうらしい。

 母の手回しは至極正しく紘太朗の耳に聞こえた。

 すると紘太朗は、いままで自分が考え、取ってきた行動が本当に正しかったのかが疑問に思えた。親に知らせないという選択をした時点で、全てが根本から間違っていたような気さえした。完璧だとしか思っていなかった自分の思考が、自信が、がらがらと崩れてゆく。

「あとあんた。慌てる気持ちはわかるけど、玄関の鍵はちゃんと閉めていきなさい。冷蔵庫もトイレもお風呂も開けっ放しだし――」

 紘太朗は電話を切った。もはやなにもかもがわからなかった。


「あの子を最後に見たのは何時ごろなのかしら」

 電話を切るのを見計らっていたように、咲良が訊いてきた。

「多分……八時くらいまでは母が一緒にいたと思いますけど」

 スズメ以外で家を最後に出るのはいつも母だ。七時五〇分。だからそう答えた。

「いまが一八時だから……一〇時間前か。行こうとすれば日本の端まで行けちゃうわね……」

 咲良は経過時間でスズメの行動範囲を絞ろうとしたけれど、裏目に出たらしかった。

 そしてそれがまた紘太朗を煩悶させた。

 あのとき、スズメがバイトを無断欠勤していると知ったとき、自分が異変を察していれば、こんな致命的な事態にはなっていなかったのかもしれなかった。

 あのとき、「家で倒れているのかもしれない」とでもなんでも、スズメを心配してやって、ただちに家に戻っていれば、スズメを止めてやれていたのかもしれなかった。

 たとえ止められなかったとしても、もっと早く手を打つことができたのかもしれない。

 ――いや、違う。

 紘太朗は再び、昨日のスズメの姿を思い出した。

 頑なに祭りに行きたがったスズメ。

 劇場で踊りたがったスズメ。

 名物やオムライスを食べたがったスズメ。

 昨日という日を世界の終わりとばかりに楽しみ尽くしていたスズメは、今日起こる事件のサインを発していたとしか、もう考えられなかった。


 ――あんなに不自然にわがままだったのに、どうして何も気付いてやれなかったんだ。


 とりとめのない後悔が頭を渦巻いて、紘太朗は沈黙する。

「……こんなことになるなら、アタシの手元でダンスを教えてやってた方がマシだったわ」

 咲良も咲良でスズメの失踪の本意がわからず、無闇に自分を責めているらしかった。

 掴み所のない後悔を抱えた二人を乗せた車は、平均時速約一二〇キロで南関東を走り続けた。



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