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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
36/42

36 新大阪

     ♀


 乗り換えを無事にこなしてたどり着いたホームでは、新幹線のアナウンスが混線しながら行き先や停車時刻を主張していた。

「三〇分も早く着いた……」

 一一時の時計を確認して、スズメは安堵のため息をつく。

 乗り換えをこなし、待ち合わせの駅になんと無事にたどり着いたのだ。


 ――死ぬ気でやればなんでもできる。


 スズメはホームの椅子に腰を落ち着け、そんな思いを改めて噛みしめる。

 すると突然、視界が塞がれた。

「だーれだ?」

 後ろからの声に、待ち人の到来を確信したのは、声というよりも目に当たる手の感触――肉球の感触のせいだった。

「お待たせ」

 待ち人はスズメの隣に腰を下ろし、「ん」と、うさぎの手袋に握った紅茶のボトル差し出す。ふわふわのファーで縁取られた白いパーカーは、やはりどこかうさぎじみていた。

「ほんまに来たんやね」

「……迷惑でしたか?」

「なんでやねん。迷惑なんかやない。けど――」

 結愛は少し口ごもると、まっすぐにスズメの目を見つめた。

「なあ、スズメちゃん。うちの事務所はモダンジャズとは大違いって、前に言うたことあったやん」

 スズメは頷く。

「……私さ。なんで地下アイドルやめて、ストリップ始めた思う?」

 突然何だろう。スズメは思う。だが結愛はアイドルに行き詰まってストリップに転向した理由を、以前話してくれたことがあった。

「前、ダンスが好きだったからって――」

「それもあるねんけどな」結愛は視線を落とす。

「一八んときな、当時ユニット組んでた子ら五人と社長室に集められて言われてん。このままではうだつが上がらん。アダルト路線含めた今後も考えとけ、ってな」

 地下アイドルの闇や。と、なぜか誇らしげに結愛は言う。

「そんな話、本当にあるんですか……」

「うちはひどい事務所や言うたやろ」

 少なからずショックを受けたスズメを、結愛は笑い飛ばす。

「でも底辺のアイドル事務所なんてそんなもんや。アイドルで一発当たれば儲けもん。外れたらアダルト方面でなんとか回収したい。知っとる? 元アイドルって肩書きがあると、AVも売れるねんて。事務所も商売やし、そういう事務所やと知ってて私もアイドルやっててんけど、でも自分は一発当てる方の人間やと、なんか知らんけど信じてた」

 結局五人中三人がやめて二人がアダルトに行った、と結愛は遠い視線で話した。


 ――結愛さんはどっちだったんだろう。


 踊り子の過去を聞いてはいけない――以前結愛にそうたしなめられたことが、スズメの頭を駆けてゆく。

「そない珍しいことちゃうねん。あんまり売れん時期が続くとな、みんなだんだんおかしなっていくねん。アイドルなりたいなんて言う子は、基本みんな目立ちたがりやし、自分は人より優れてるとどっかで思ってる子やろ。でも目立てんから、人とは違うことせなあかんと焦るようになる。最初は水着までだったのが、下着も水着と変わらんと思うようになって、やっぱり下着ではインパクト足りんってなって、もうどんどん引っ込みがつかんようになってまう。ほら、芸人さんも売れなくなってくると、キャラが過激になっていったりするやろ。名前売るためには目立つことせんと、って迷走してまうねん。

 ほんでな、『昔と違って今のAVには選ばれたルックスの子しか出れん』とか『セクシー女優呼ばれて旋風起こしてる誰々の例を見てみい』とか言われて、麻痺した頭に拍車がかかってしもて、それもそうかと素直に納得させられて、荷馬車の仔牛みたいに揺られて行ってしまうねん」


 チャイムが一つ、ホームに響いて、結愛の言葉を遮った。

 ――まもなく二三番乗り場に、一一時……分発……新大阪行きが到着いたします――

 アナウンスが切れると同時に、結愛がスズメの手を握る。

「なあ、スズメちゃんが足踏み込もうとしてるんは、そんな世界やで。考え直すんやったらまだ間に合う」

 スズメのポケットでは携帯がずっと震えていた。

「大阪で踊るって、決めたんです」

 着信を無視して、結愛に告げる。

 ここ数日悩み抜いた決意はもう揺るがない。 

「そっか……」

 ――と、目の前のホームに新幹線の先頭車両が滑り込む。

 スズメは立ち上がってバックパックを背負い直す。詰め込んだ荷物の分よりもずっと重く感じた。

「行きましょう」

「待ってスズメちゃん」

「もう、決めたんです」

 スズメはかぶりを振る。

「いや、その新幹線は別のんやで」

 スズメはかぶりを振りながら、椅子に座り直した。

 結愛はこらえていた笑いをため息で断ち切ると、「最後の手段、出すしかないんかな」と諦めたように言った。

 結愛が左手の手袋を外す。

 スズメの目の前でかざして見せる。

 初めて見る結愛の手首には、茶や紫の傷跡が刻まれていた。

「私も一六のときはこないやなかってん」

 手首に残る痕跡の新旧に、結愛の苦悩の歴史が見えた。

「これお客さんに見えると引いてまうからな。だから私、手袋が目立たん衣装がええねん。スズメちゃんもこんなんなりたないやろ」

 結愛はポーチから取り出したピルケースを振ってみせる。じゃらじゃらと鳴る音は様々な薬を想像させた。


 ――二三番ホームに電車が参ります。新大阪行きです。安全柵の内側にお下がりください。


 警告の色を帯びたアナウンスが構内に響く。

 ほどなくして、新幹線が到着したのは背後のホームだった。

「行きましょう」

 スズメは立ち上がり、結愛の左手を強く握る。

「あかんか……」

 結愛は寂しげに諦めて、「さっきの電車に間違ったまま乗っけとったら良かったなぁ」ぼやきながらスズメの手を握り返した。


「こっちやと、富士山見れるよ」

 結愛が譲ってくれた二人がけの窓側に座ると、新幹線はすぐに動き出した。

あっと言う間に流れてゆく都会のビル群。それはまるでスズメのあっけない東京生活を象徴するような速さで、たちまち過去の景色となっていた。


 ――さようなら東京。短い間だけど楽しかった。


 東京に向かって小さく手を振るスズメに、手を振り返す存在はない。

「スズメちゃんはあほや」

 景色を眺めるスズメの後頭部を結愛の声が叩いた。

「よりによって、なんでうちとこみたいな劇場で踊りたいねん」

「……酷ければ酷いほどいいんです」

 窓に映った結愛にスズメは答える。

「スズメちゃん、ホンマ何考えてるかわからん。どエムなん?」

 結愛はふて腐れたようにぷいと顔を背けてしまう。

 どエムじゃないもんと、スズメは思った。

 ――ちゃんと考えてるもん……。

だが反論をしなかったのは、説得に失敗してふて腐れるまでに、本気で自分のことを考えてくれた結愛に感謝していたからだった。


(わたしがいるとみんな不幸になる)


 ――わたしの不幸に、あの男の嫌がらせに、みんなを巻き込んでしまった。

 山科のおじさんおばさん、そして紘太朗に迷惑をかけた挙げ句、モダンジャズを営業停止処分にまで追い込んでしまった責任に、スズメは押し潰された。

 ――これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 大切な優しい人たちに、自分のせいでさらなる不幸が降りかかるのは、何よりも辛いことだった。

 そう考えたとき、スズメは自分に相応しい場所をあっさり思いついた。

 未成年にも平気でストリップをやらせるような、

 アイドルにアダルトへの転向を迫るような、

 そんな酷い所なら、もし自分のせいで不幸がふりかかっても、良心の呵責を感じずに済むだろう――


 スズメはふと、携帯を取り出す。

 残っていた着信はみいさんと紘太朗からだった。

 あんなにお世話になったのに、挨拶もなしに消えるのは辛い。

 けれど去り際に優しい言葉をかけられてしまえば、せっかく固めた意志がくじけるのは確実だった。だから着信やメールは無視するしかなかった。


『次の停車駅は小田原、小田原です。お降りのお客様は――』


 ――小田原って何県だろう。

 車内アナウンスが告げた未知の駅名が、ふいにスズメの不安を煽る。

「……まあなんとかなるよ」

 これまでどんなに辛くて不安なときも、その言葉を力に乗り切ってきた。

 それをおまじないのように呟いて、思考をポジティブに転じる努力をしてきた。


 ――大阪ではどんな美味しいものが食べられるのだろう。

 ――大阪のお祭りも楽しいだろうな。

 ――そうだ。大阪に着いたら『大阪で踊ってみた』をやってみよう。


 けれど、スズメの気分は不思議と晴れない。

 楽しい大阪を想像すればするほど、つい比べてしまうのは、楽しかった東京の生活だった。

 後悔しているわけじゃない。

 しているわけじゃないけれど、もし一つだけ欲を言えるのならば、


 ――一度、高校生をしてみたかった

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