35 懐疑
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月曜日。街に残る祭りの興奮はまだ覚めやらない。
そして授業を受ける紘太朗の興奮もまた覚めやらずにいた。
消化不良とでも言えばいいのだろうか。昨日、舞台で踊るスズメに、紘太朗が期待した出来事は最後まで起こらなかった。
音楽が止まると、スズメは下着姿のままで固まっていた。そしておでこから足のつま先まで真っ赤になったスズメを見て、ハイテンションという名の魔法が解けたスズメはいま現実の恥ずかしさに襲われているのだと紘太朗は想像した。部屋で聴いていた音楽についテンションが上がってしまい、ひとりノリノリで歌ったり踊ったりしたあとにふいに襲われるあれだ。祭りの後のニヒリズムとも言えた。
目に余るほど赤くなったスズメを見て、紘太朗も何と声を掛けて良いかわからなくなった。照れは伝染する。恥ずかしい人を見ていると、どうしたことかこっちまで恥ずかしくなる。だから、ひとりノリノリで歌っていた人の部屋のドアを開けてしまった人のように、紘太朗も固まるほかなかった。
「か、帰ろうか?」
「……う、うん」
帰り道、無理矢理紡ぎ出そうとする会話はちぐはぐだった。
それは端から見れば、初めて情けを交わした直後のぎこちない高校生カップルのようにしか見えなかったのだが、当然、紘太朗がそんな感情を知っているはずもなかった。
――結局スズメは何がしたかったんだ。
一晩中部屋に籠もるほど照れるなら、最初から踊らなければよかったのに――
もう授業も三時間目であるにもかかわらず、困惑の紘太朗は身が入らない。
――こんなことじゃまた怒られる。
紘太朗は気合いを入れ直す。
明日から四日にわたる中間テストが始まる。バイトの件で怒られ、成績も落ち気味だったから、次の中間テストは失敗するわけにいかない。この進学校の特進クラスという場所では、たかがそれだけのことでも面倒なゴシップが発生しうる。
――山科、ずっと一〇位以内確保してたのにどうしたんだろう。バイトしてたらしいよ。見つかったんだって。停学じゃないの? あ、こないだ朝早く山科くんが職員室前のトイレをこそこそ掃除してた。それって罰ゲームじゃね。しかも風俗のバイトだったとかって噂。うわ、山科終わった――。
少し順位を落としただけで囁かれる、そんな会話が容易に想像できる。自分の順位と同じくらい、みな他人の順位を気にしている。だから自分より上の人間が順位を落とすことは、自分の順位が上がることと同等の重みをもって話題となる。この特進クラスはそういうクラスだ。
少し成績を落としただけで「もう終わった」と、どこか喜々として世間に語られるトップアスリートのように自分が語られるのは、プライドの高い紘太朗には耐え難かった。
だからバイトのせいで成績が落ちたなどとは、絶対に言わせない必要がある。
それはもちろん、紘太朗が成績を落としたことで、必要以上に自分を責めている人間が家にいることを知っていたからでもある。
休み時間、つと、内ポケットの携帯に震えを感じた。
確認すると、赤いランプが着信を知らせている。
みいさんからの着信。
――なんだろう?
珍しい人から珍しい時間に着信。非常事態を思わせる。
通話ボタンを押し、携帯を耳に当てつつ、紘太朗はひと気のないベランダに出た。
みいさんは第一声で急に電話を入れたことを詫びて「スズメちゃんって何かあった?」と訊いた。紘太朗は要領を得られず「何か、って?」と、訊き返す。
「時間になってもバイトに来ないから、急に具合でも悪くなったのかなと思って」
スズメは昨日こそ夕食後ずっと部屋に引き籠もりはしたものの、朝は普段通り朝食を口に運んでいた。元気がなかったと言えばなかった気もするが、「気のせい」で片付けても問題ない程度のものに見えた。
「普通にバイトに行く感じでしたけど」
着替えを済ませ、洗面所で歯を磨いていたスズメを思い出して、紘太朗は答えた。
「そう……。電話も繋がらないのよね」とみいさんは言う。
「俺もちょっと連絡取ってみます」
紘太朗は電話を切った。返す刀でスズメに電話をかける。呼び出し音が鳴りはするものの確かに繋がらない。次に自宅の電話にかけようとして、宅電の線は抜かれていることを思い出した。
「……あいつ、二度寝でもしたのか?」
――仕方のない奴だな。
紘太朗はその程度に考えて連絡を取るのを諦めた。
でも少しひっかかる。バイトが大好きだったスズメは、バイト前に二度寝をするテンションだったことなんかなかった気がする。
まあ気のせいだろう。最近色々あったしな。
それどころではない紘太朗は、休み時間にもかかわらず試験に向けて暗記カードを手繰り始めた。




