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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
33/42

33 思惑

     ♀


 音響室で再生ボタンを押したスズメは、舞台に向かって駆ける。

 それは照明も音響もセルフサービスの、まさに一人舞台だった。

 唸る『魔王』の前奏に合わせて、あの日憧れた咲良の『魔王』をなぞるように、スズメはステップを畳みかけてゆく。


 ――想像以上に成長している。


 回転ピルエットを決めたスズメは、憧れの域に近づきつつある手応えを感じていた。

 毎日の稽古の中で咲良から教わったり、ときには盗んだりした技術が、自分のダンスに息吹き始めている。それは踊り手としてのレベルアップを意味する。それはスズメにとって喜びでしかなかった。

 男を誘う妖艶な手招きを踊って見せると、スズメは刺すような紘太朗の視線を感じた。


『恥ずかしがったら絶対駄目よ! 照れが伝わったら客は冷める』


 耳に甦る咲良の声。

 色香を湛えつつ毅然として悪魔の女を演じるスズメの前には、口を閉じるのも忘れて見入る紘太朗がいる。

 紘太朗は舞台を眺めながら、律儀にスマホの録画状態も気にしていた。


 ――こーちゃんはきっと、ダンスの録画のためにここに連れてこられたと思っている。


 スズメはほくそ笑まずにいられない。

 スズメが誰かに「踊ってみた」の録画を頼んだことは一度もなかった。

 そもそも、録画開始ボタンを押して、カメラの前で踊るだけの作業に、他人の手は必要ないのだ。

 モダンジャズで学んだ集大成のダンス。

 モダンジャズで踊る最後のダンス。

 それを誰かに見てほしいと思ったとき、スズメの頭にとあるシルエットが浮かんだ。

 けれど「ダンスを見てほしい」と頼むことはできなかった。


 ――見てほしいと頼まれたダンスがこれから踊るようなダンスだったら、こーちゃんはわたしをどう思うだろうか。


 それを考えると、スズメは恥ずかしさが勝ってなにも言えなかった。

 煩悶したのち、かろうじて言いだせたのが「お願いがある」の遠回しな一言だった。

 

 スズメが最後の回転ジャンプ(トゥールアンレール)を決めると、『魔王』がフェイドアウトして、別の曲に差し替わる。

 ストリップ・ティーズは二部構成。

 見せ場はこれからだ。

 

     ♂

 

 ――不思議な踊りだ。

 舞台の上で見えざる何かにくるくると翻弄されているスズメを見て、紘太朗は困惑していた。

 そのダンスは例えるなら、大人びた文章を背伸びして書く子どものようで、見ている方が得体の知れないむず痒さに襲われているにもかかわらず、当の本人は自信満々といったようなダンスだった。


 だが、転んだのかと思いきや、舞台にへたり込んで手招きを始めたスズメを見て、紘太朗は考えを改めた。

 これは子どもの中でも、とりわけ園児だ。

 園児のおゆうぎ会に似ている、と思った。

 技術に秀でたダンスを園児は踊らない。

 だが父兄が園児に期待するのは、規律ある正確なダンスだろうか。

 園児のおゆうぎ会で技術うんぬんを語るのは、むしろ無粋というもの。

 だからスズメのダンスは紘太朗にとって、ただひたすら微笑ましくて、愛らしい類のダンスに思えた。


 やがて『魔王』が消え入り、入れ替わるようにピアノがフェイドインする。

 うって変わって舞台をスローに支配した曲は、紘太朗も知っていた。


 ――魔王と同じ作曲者、シューベルトの『アヴェマリア』。


 数ある『アヴェマリア』の名を持つ曲の中で、最も有名なものだ。

 スズメはゆっくりと、舞台の最前、紘太朗の眼前ににじり寄る。

 曲に心酔した仕草でダンスシューズを脱ぎ、手袋をとり、髪飾りを外してゆく。

 ――身軽にするのかな?

 その程度にしか考えていない紘太朗は、スズメの肌色がどんどん増している意味に気づけない。

 スズメはドレスの上で手を這わせてみせる。

 手が向かう先にはドレスのファスナーがある。

 そのファスナーをじらすように下ろしてゆくスズメを見て、紘太朗はようやくこのダンスの真意を知った。


――これはストリップダンスだ。


 気付いたと同時に、ドレスがすとんと落ちた。

 ドレスを失ったスズメは、あっさりと白の下着姿になった。薄青い照明の中で、スズメの白い躰の一切が、雨で滲んだ雪のようにふんわりと光っている。

 まず最初に、紘太朗は固まった。

 未知の視覚情報が後頭葉にもたらされると大脳は躊躇する。これは脳内各所に指示すべき次の行動を、過去の経験から引き出せないことに起因している。よって運動機能をつかさどる小脳は、大脳から与えられるべき指示を受信できず、機能麻痺に陥り、人の体は一時的に動きを失う。だが紘太朗が半裸のスズメに目が釘付けのまま微動だにできないのは、脳科学上の問題ではなかった。むしろ煩悩的な問題だった。


 そして次に、紘太朗はやめさせなければと冷静になった。

 これがストリップダンスだとしたら、脱ぐものはもう限られている。

 さすがにそれは、興味半分で見てはいけない気がした。

 舞台上のスズメは、手先をかくかくくねらせながら、持ち上げた足をぷるぷる震わせている。舌を唇の上で這わせてみたり、頬を引きつらせたつたないウインクをばちばちと撒き散らしたりもしている。


 ――スズメは本気なのだ。


 一意専心の必死が表情から伝わり、紘太朗はやましい目でスズメのダンスを見ていた自分を恥じた。それは、世界の舞台で戦う水泳や新体操の選手をエロ視点で見てしまったときの自己嫌悪に似ていた。

 ――スズメのダンスを止める権利が自分にあるはずがない。

 紘太朗は反省さえした。

 いま自分がすべきことはむしろ、スズメが一生懸命稽古したであろうダンスを、真剣に受け止めてやることなのだ――

 真っ正面からスズメを見据え、細めた紘太朗の目は優しさに満ちていた。

 だが、目の奥でてかてかと煌めく期待も隠しきれずにいた。

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