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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
31/42

31 祭典


「お兄ちゃん、明日お祭りに連れてって」

 土曜日の夜。部屋のドアを叩き開けるなり、紘太朗にねだったスズメには、有無を言わせぬ迫力があった。

 五月中旬は、この街において祭りの季節を意味する。

 幼いころ、毎年スズメと見に行った祭りだ。

 五年ぶりか、と紘太朗は懐かしむ。

 中間テストが迫ってはいるが、妹に五年ぶりの祭りを見せてやる孝行と天秤に掛ければ、どちらをとるのが人道的だろうか。答えは明白だった。だからそれは、単にスズメと一緒に遊びに行きたいだけだろ、などと安直に片付けられていい思考ではなかった。

 紘太朗が了承すると、スズメは飛び跳ねて喜ぶ。まさに雀躍こおどりと言えた。

「ありがとう、お兄ちゃん」

「お兄ちゃんはよせ」

 兄と呼ばれるのは、やはり違和感がある。

 慣れない、という問題ではない。

 もっと根本的な何かが気に入らない。

 ――俺がなりたかったのは兄だったか?

「明日お願いしたいことがあるんだ」とスズメが言う。

「何?」

「秘密!」

 訊けよがしとばかりに言っておいて――と紘太朗はつむじを曲げる。

 心なしかスズメの頬が染まった気がした。


 日曜、午前一〇時。

 先に準備を済ませた紘太朗は、玄関を出て待ちに待つ。

「置いていかれたと思った」

 頭をかきかき現れたスズメは、ベージュのワンピースに苺柄の黒いシャツを合わせていて、休日の太陽の下に輝いていた。だが女の子のファッションの機微などわからない紘太朗には、ただひたすら可愛らしいとしか表現ができない。

 神社に近づくにつれ、祭りの気勢が道に漂い始める。

 遠くで他人事のように響いていた「そいや!」の掛け声が、実感を伴って迫ってくる。通りに群がる人間は、地元の人間とも観光客とも区別がつかない。ただわかるのは、ぎっしり詰まったどの顔も、みな祭り好きの笑顔を浮かべていることだけだった。

 巨大なスクランブル交差点もこの日は祭りの舞台に変わる。歩行者天国となった交差点には、神輿と見物客が入り乱れ、怒号と歓声が溶け合って、天下もひっくり返しそうなエネルギーが渦巻いている。

 渦にのまれたスズメは、きゃあきゃあと嬉しそうに混雑の中で回転していた。それはまるで嵐海らんかいの小舟のようで、だから繋ぎ留めるためにはスズメの手を取るしかなかった。刹那、スズメは不思議そうに紘太朗の顔を見る。だがすぐに、納得半分といった感じのあやふやな力で握り返して、ごまかすように「あれってあの門だよね?」と、もう一方の手で指さした。

 あの門とは、観光客が必ず写真を撮る、風神雷神を携えたあの門のことだ。

 今日の門は何だか嘘っぽい、とスズメは怪訝がる。

 提灯が畳んであるせいだ、と紘太朗は答える。

「一年に一回、この祭りのときだけ提灯を畳むんだ。神輿が通れないから」

「それはレアってことだね!」

 スズメはスマホのカメラを向けて喜ぶ。

 ――と、神輿の一つに争いが生まれた。都内で最も荒いと言われるこの祭りにおいて、担ぎ棒の奪い合いは珍しくもない。むしろそれがこの祭りの見所でさえある。

「なんで喧嘩してまで担ぎたいのかな?」

 ――身も蓋もないことを訊く。

「じゃあスズメはなんでそんなに踊りたいんだ?」

 それは、光を感じた羽虫のように、熱湯風呂を目にした芸人のように、この街の人間はそこに担ぎ棒があるから向かうのだ、としか説明ができない。

 紘太朗の質問にうーんと唸ったスズメは、「なるほど?」と首を傾げる。どうやら理解してもらえなかったらしかった。

 するとスズメは突然、「わたしも担ぎたい!」と実地で学びたがった。

「あれは町会の法被を着てないと担げない」

「やだ」

「来年にしなさい」

「今日じゃなきゃやだ」

「結構マジで殴られるぞ」

「なんとかなるよ」

 スズメが仕方なくなったので、紘太朗は弱った。

 次に来る神輿が隙を見せたら担ぐのだ、とスズメは意気込む。

「来た!」と、スズメは次の神輿に向かって力強く人混みをかき分けていった。止める紘太朗の手は振りほどかれた。ああなったスズメは手に負えない。それは言うならば不退転の一六歳児だった。神輿を眼前にしてスズメの足が止まる。しばし口を開けたまま呆然としていたかと思うと、人混みを力強くかき分けて戻って来た。

「こーちゃん大変! ヤクザがいっぱ……」

 素直すぎる感想が飛び出した口を、紘太朗はすかさず押えた。

 見ると、その神輿の担ぎ手は確かに刺青成分が多めだった。過多と言えなくもなかった。毒々しい刺青にドスの利いた掛け声。近づくのもはばかれる非日常の怒迫力。着ている法被には「誓道会」と文字がある。肯定するのははばかられるところではあるが、彼らも祭りの華の一端を担っていることも事実だった。彼らがいなければいないで物足りない気さえする。テキ屋の寅さんを愛する下町を、暴力団排除ボウハイ条例で語るのは無粋なのかもしれなかった。

「こわい」

 スズメは呟くと、紘太朗の手を引いて仲見世通りに入る。ここも人がごったがえしていたけれど、自分の意思で進路がとれるだけまだましだった。

 人形焼き作りの実演販売をしていて、スズメは足を止める。

 餡とバターの匂いがたまらない。人形焼きは焼きたてにこそ意味がある。だからスズメが「買って」と紘太朗にせがむのも無理はなかった。

――カフェでバイトを続けているスズメは、俺より金を持っているはずでは?

 紘太朗の頭に些細な疑問が過ぎる。だが兄として、何より男としての意地があるので、そこは快く財布を開ける。決して疑問などなかった。男女同権とか、男女共同参画社会とかは考えなかった。考えなかったのだ。

 しかし、それは始まりに過ぎなかった。

 仲見世通りを闊歩するスズメは、人形焼きのみならず、雷おこし、焼き立てせんべいと、地元名物を欲しいままにした。それらは紘太朗にとって、「地元の名物です」といって手土産に持って行けば、「これか」みたいな苦笑を浮かべられる代表格ばかりに見えた。

「こんなのいつでも食えるだろ」と突っ込む紘太朗に、「今日じゃないと駄目なの!」スズメは反論する。

「ほかのお祭りの食べ物なんてどこでも食べられるんだから」

 ――明日世界が終わるから、今日中に仲見世を食べ尽くすのだ。

 仲見世を邁進するスズメにはそんな気概がある。

 そういえば、昨日の夕食時もスズメは母にねだっていた。


『明日の夜はおかあさんのオムライスが食べたい!』

 

 最近欲しがりやさんだな、と紘太朗は思う。

 良い傾向だ、とも思う。これはスズメが山科家に気を使わなくなった、ということに他ならない。つまり本当の家族が本当の家族に対してするように、スズメは遠慮をしなくなったのだ。だからそのわがままは歓迎すべきことでしかなかった。

 紘太朗は自分の思うつぼスズメが山科家に定着したことを喜び、やはり俺の計画は完璧であったと、改めて噛みしめる。

 仲見世を端まで歩いたところで、スズメが発した言葉に紘太朗は耳を疑う。

「こーちゃん。そろそろお昼、どうしようかね?」

 一の後は当然二であるように、それはごく自然にスズメの口から発せられたので、だから紘太朗も思わず「そうだなぁ」と普通に同意してから二度見した。スズメは今も雷おこしをポップコーンのごとく頬張っている。

「ああ」と思う。

 これはボケなのだ。

 だってスズメは人形焼きとせんべいをもう五づつも食べている。その前振りがあった上で、雷おこしを頬張りながら、さらに「そろそろお昼、どうしようか」。それは食いしん坊タレントさながらのボケだった。

「なんでやねん!」紘太朗が突っ込む。

「なんでやねん?」

 スズメは難解な法解釈でも説かれたように首を傾げると、何言ってんだこいつげな目をぱちくりさせて、「じゃあどこにしようね?」と全てを無かったことにした。

「何食べたい?」

 もはや真顔で訊くしかない紘太朗に、スズメは「なんでもいいよ」と答える。

「あっちにゆず風味のおいしいラーメン屋があるんだ」

 緬の気分じゃないとスズメは言う。

「じゃあこっちに老舗の天丼屋がある」

 ご飯って感じでもないとスズメはごねる。


 ――こんなでたらめな事態はゲームだったら許されない。


 途方に暮れる紘太朗。

 誠意ある同意だけが前進の近道であると悟った紘太朗は、結局スズメの足が向かうままにした。スズメの足取りは確固としていた。その直進ぶりはスズメにはあらかじめ計画していた店があったようにしか見えなくて、紘太朗は理不尽に思った。

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