29 現実
♀
「オーナーの所に挨拶に行くんで、ちょっと失礼しますわ」
亮が席を立つと、「俺も野暮用だ」と追うように野辻も席を立って、場は自然と解散の流れになった。
「中間テストが近いんだ」と、紘太朗も席を立つ。「そもそも、家でじっくりテスト勉強がしたくて早退したんだ」
帰り道がてらカフェの様子を窺ったら、みいさんがいたらしい。
試験勉強をするために学校を早退するという考えは、スズメの理解を超える。
けれど今はその気持ちがわからなくもない。
「次のテストは何が何でも良い点とらないと」と言うのは、アルバイトで傷ついた名誉の回復がかかっているからなのだろう。
「がんばってねー」と紘太朗を見送って、スズメはカフェのみいさんを手伝うことにした。
「午前中にはみんな釈放されるって聞いてたから、お店の周りを騒がしくしたくなかったの。ほら、楽屋しか戻る場所がないおねえさんもいるでしょう?」
みいさんはカレーの鍋をかき混ぜながら、臨時休業にした理由を話す。
「でもみんなが戻ってきたとき、お店に誰もいないのも寂しいと思って。ご飯も作ってあげたかったし」
「わたしも手伝いたかったです」
――お世話になっているおねえさんたちに、わたしも何かしてあげたかった。
スズメが悔しがると、「じゃあ、おねえさんたちにカレーを運んでくれるかな?」と、みいさんは提案する。
敗者復活のやる気がスズメにみなぎる。スズメはむんずとおかもちを掴んで、みいさん特製、絶品チーズカレーを目一杯詰め込むと、劇場への階段を一歩一歩力強く踏み締めた。
「まいどー。スズメ屋ですー」
「どうぞー」
その楽屋は引っ越しの荷造り中といった趣だった。山積みになった舞台用の衣装の傍らには、うさぎの手袋をはめた手で器用に衣装を畳む結愛がいる。
「随分すっきりしちゃいましたね……」
「うん、もう劇場開かんやろ。次の劇場は大阪やから、送れる荷物は送ってしまお思て」
「そっか……関西に帰っちゃうんですね」
「んにゃ、もうちびっとおるよ。残り一週間、せっかくやから東京観光していこ思て。楽屋もそれまで使うていい言うてもろたしね」
今日は、本来なら二〇日間のショーの一二日目に当たる日だった。結愛はギリギリまで東京にいるつもりなのだろう。
「帰る日教えてください。見送りに行きますから」
「うん、ありがとう」
結愛の声に、普段の能天気な調子がない。テーブルに置かれたカレーを眺めて、ふう、とため息をついている。
「元気ないですね」
スズメが訊ねると、結愛は力なく頷く。
「私、警察に捕まるの初めてやってん」
「あの……咲良さんは、公然わいせつなんて勲章みたいなもんだって言ってました」
「ほんまにそうやろか……」
結愛はスプーンを握ったうさぎの手を、じっと見つめている。
「次の劇場な、うちの事務所の系列の劇場なんやけど、ちょっとキツいとこやねん」
「ダンスがですか?」
ちゃうちゃう、と結愛はかぶりを振る。
「逆よ。踊りなんてでけんでもあっこは全然問題ない。ここの支配人さんよく『ウチは品行方正なストリップ劇場だ』って言うやろ。ソレの正反対みたいな劇場やね。大きな声で言えんけど、あっこはスズメちゃんくらいの子も平気で舞台に上げよる」
ひどい劇場やろ、と結愛は大きな声で自嘲する。
――やっぱりそういう劇場もあるんだ。
スズメの世界には、ストリップ劇場の基準がモダンジャズしかない。
それは、品行方正でかつ美しいストリップティーズを見せる劇場だ。
けれど結愛は「ここみたいのんは特別や」と、いたずらっぽく笑う。
「あっちの劇場には、裏でまな板やらされた子だっておる。AVやらされた子だっておる。踊り子が『AV女優』だと、劇場も客入りやすいねんて。そんなんと比べたらここは天国みたいな劇場やね。待遇ええし、しっかりショーしとる。ダンスは難しかったけど、ねえさんたちと一緒にコミックダンス演じてるときは心底楽しかった。お客さんに綺麗で楽しいヌードダンスを見せたいんやなって、劇場の熱意が伝わってくるようやった」
やっぱり支配人さんなんやろなー、と結愛はしみじみ絶賛する。
「また乗りに来させてもらお思てたのに、こんなことになってほんま残念やわ。今回の件で潰れたりせんとええけど」
「……潰れるなんて大袈裟ですよ」
スズメの顔が引きつる。
「大袈裟ちゃうよ。営業停止くろた劇場が、そのまま二度と開かんかったなんて良くある話なんやから。……あ、ところでスズメちゃん。他のねえさんのカレー早く持って行かなくてええのん?」




