(第4章)27
(4)
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「大事な話があるから今日は早く帰れ」
父からそんなラインが届いた日の夜、補習を終えた紘太朗が学校から帰ってみると、リビングのテーブルに寿司やらケーキやらが並べられ、スズメを養子にするという話が唐突に最終局面を迎えていた。
いつの間にやらとんとん拍子でめでたくはあるが、自分の尽力ぶりを鑑みたとき、多少の疎外感もあった。
「どう、お兄ちゃんになる感想は?」
母がバタークリームケーキを切り分けながら訊いたので、(そうか、妹ということになるのか)と紘太朗は吟味した。しかも「義理の」というドラまで付いてきた。
妹といえば、『お兄ちゃん朝だよ!』と兄の布団の上に乗りかかり、手荒に起こそうとするが、『うるさいなあ』とはね除けられ、ぷんすかしながら『もう起こしてあげないんだから』と言いつつも、翌日になれば心配顔でちゃんと起こしに来るあれだ。
陳腐ななにがしのようで、紘太朗は己の想像力の欠如に滅入る。
だがそこは山科紘太朗も男の子、心の奥底で夢見ていた光景ではあった。
だからその光景が、本当に夢となり就寝中の枕元に現れたのは、兄になったという実感が紘太朗の無意識に潜在していたからに違いなかった。
夢の中で妹――スズメが起こしに来る。でも意地悪したくてわざと寝たふりをしてみる。布団をぼふぼふ叩いてくる。頭をべしべし叩いてくる。だが所詮妹の力である。可愛らしいものだ。ふふふ、いたいいたい。え、痛い。や、カッターナイフは――
夢とは思えない痛みに目を覚ますと、紘太朗の眼前にこれまた妹がいた。
「こーちゃん、大変だ!」と、丸めた新聞で頭を小刻みに連打してくる。
合わせ鏡の世界に迷い込んだようだった。夢から覚めたつもりが、そこには夢の中と似た、夢のような光景があったのである。それは切っても切っても現れる金太郎飴のようであり、限りのない旅の繰り返しでもあった。だから紘太朗はもはやこれが現実だという確信が持てなかった。
「こーちゃん、これ見て!」
何やら妙に牛乳臭い我が妹。
その手に握った新聞を無理くり読まされたとき、紘太朗はやっと現実に引き戻された。
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――バタークリームのケーキがあんなに美味しいなんて。
昨夜おばさんが買ってきてくれた老舗の味を反芻してスズメが幸せになっていると、ケーキがぶるぶる震えて歌い出し、七色の光を放ちながら最終的には爆発するに至った。
「夢?」と、気づいたスズメの目は覚める。
枕元に着メロを歌う携帯があった。
赤、青、緑、目まぐるしく明滅する着信ランプが、寝起きの目に染みる。
時計表示は六時二分、みいさんからのメールだ。こんな時間になんだよう。
『今日、劇場はお休みするけど、カフェはいつもどおりに出勤してね。新聞を見たら心配するんじゃないかと思って、念のためにメールをしました』
「劇場が休み?」
劇場は年中無休のはずだし、昨日そんな話もされなかった。
――見習いだからってはぶられたんだろか。
スズメは憤然としながらも、「新聞を見たら心配する」という文面が気になった。
眠い目をこすりながら朝イチの新聞をポストから取り出す。コップに目覚めの牛乳を準備して、ダイニングのテーブルで新聞を開く。
見慣れた名前が目に入ったのは、地方欄の小さな記事――
『台東東署は一一日未明、公然わいせつの疑いで、東京都台東区のストリップ劇場「劇場モダンジャズ」を摘発し、同店の事実上の経営者鴇田亮容疑者(29)ほか、従業員三名と女性ダンサー七名を現行犯逮捕した。容疑は一〇日二二時三〇分ごろ、同劇場のステージで、女性ダンサーが下半身を露出するなどした疑い』
スズメは口に含んだ牛乳をぶーっと吐き出すと、椅子ごと後ろにひっくり返った。
「こーちゃん、大変だ!」




