25 呪い
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「この子がここにいるって知ってるくせに、捜索願を出したんですよ!」
男性刑事の説明に、怒りを吐き出したのはおばさんだった。
「通報したのだってあの馬鹿に決まってます。嫌がらせなんですよ!」
「奥さん、お話はわかりましたから――」
――義母が警察に捜索願を出している。
それがわかったのは、刑事がスズメの素性を本署に照会した過程でだった。
「あの家に最近不審な少女が出入りしている」
昨夜そんな匿名の一一〇番通報があり、緊急性はないと判断した刑事は朝を待って、山科家を訪問したらしかった。
捜索願を出したうえで匿名で警察に通報する――その一連の自作自演行為が義母の計画した嫌がらせだと、おばさんは考え至ったらしい。
「――お話はわかりました。向こうさんの言い分も確認する必要がありますが、この件はあくまで親族間のトラブルということになるのでしょう。ともあれ警察では介入できかねるお話です。ご相談にはのれますが、やはり法律家を間に入れて話し合いを持たれるべきでしょう」
言い残して去ろうとする男性刑事の口調は、早朝から親族トラブルに巻き込まれた呆れが隠しきれていなかった。
「スズメちゃんはひとっつも気にする必要ないのよ!」
おばさんはスズメの頭をひと撫ですると、遅くなった出勤の準備を慌ただしくし始めた。職場にはすでに遅刻の連絡をしてある。「理由、なんて説明しようかしら……」ぶつぶつ言うのが聞こえた。
「スズメちゃん、今日帰ったら大事な話がある」
そう言ったおじさんは、だから帰る時間には家にいなさい、ということなのだろう。
恐い、とスズメは思う。
――大事な話ってなんですか。
と、安易に聞き返せない真剣さがおじさんの表情にはある。意見を一切受け付けない強引さのようなものさえ窺える。そんな表情で大事な話だと宣言されてしまえば、身構えずにはいられない。
二人が家を出ると、リビングには不穏な静けさだけが取り残された。
ひとり立ち尽くすスズメ。
――熟考を巡らせねばならない。
そのためにスズメがすることは、まずマグナを膝に乗せることだった。
――おばさんは今日の通報を、義母が計画した嫌がらせだと言っていた。
でもそれは多分違う。五年も一緒に暮らせば、義母がそんなに狡猾に頭を回せる人じゃないことくらいわかる。
スズメの頭を不吉な塊が転げてゆく。
思い出したのは、深夜のいたずら電話だった。
『電話が繋がらないようなので突然の訪問になりました』
さっきの刑事がそう詫びたのも、スズメには不思議だった。
スズメがぼんやりした頭で立ち上がると、膝からマグナが転げ落ちた。スズメはリビングの隅にある固定電話に歩み寄る。
――ちゃんと表示されてるのに。
電話のディスプレイは光っていた。だがよく見ると、そこには「通信エラー」の文字がある。後ろの電話線が外れている。
「いたずら電話は止まったって言ってたのに……」
呟いた刹那、ここ最近スズメの周辺で発生したトラブルが淡い繋がりを見せた。
いたずら電話。カフェに来た刑事。バイトがばれた紘太朗。そして今日の通報。
考えてみれば、トラブルが立て続けに起こり始めたのは、あのいたずら電話の日からだった。
『わたしがいると不幸になる』
――やっぱり呪いは去ってなかったんだ。
「どうしよう……」
窓際で寝転ぶマグナを撫でても、喉を鳴らしてまどろむだけで何も答えてくれない。
こっちの胸騒ぎなど意にも介せず、ふにゃんと丸くなっている。
――憎らしかわいい。
マグナへの愛と憎が相反して極まる。その感情の処理の仕方がわからず、スズメはとりあえず丸くなったマグナを包み込んで、ロールケーキのように重なってみる。
ぐるぐると心地良いリズムを刻むマグナの喉。
疲れを溶かす暖かな陽射し。
スズメのまぶたは、少しずつ、重くなっていった。




