23 迷惑
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「ただいま……」
アルバイトから帰ったスズメは、恐る恐る玄関を開ける。
妙に静まった家に張り詰める緊張。
普段は開けっ放しのはずのリビングの戸が閉まっていて、奥から滲み出る重い空気がひしひしと伝わってきた。
スズメは忍び足でダイニングに進み、隣のリビングに聞き耳を立てる。
おじさんの説教が漏れ聞こえ、時折入るのはおばさんのヒステリックな合いの手だった。
「この子、成績も落ちてるんですって!」
紘太朗とおばさんがカフェにやってきたのは午後五時頃だった。
事前に紘太朗から「母さんがそっち行くから隠れておけ」とだけメールがあって、スズメはわけもわからず休憩をもらっていた。
事務室に案内される二人を見て、スズメはドアの隙間を覗いた。
ひたすら肩身を狭くする紘太朗。
憤然とするおばさんの対応をしていたのは亮だった。
「こんな場所で高校生を働かせることをどうお考えなのでしょうか」
「はあ、こんな……」
「採用の際、保護者の承諾をきちんと確認しているんでしょうか」
「まったくで……」
「お話にならない! 息子は辞めさせますから」
「まあこんな店ですしね……」
亮は諦観したように言った。
ひとりぼっちの帰り道、スズメが懸念したのは、自分もモダンジャズを辞めさせられるのではないか、ということだった。
スズメは紘太郎の紹介で、友達のお兄さんのレストランでアルバイトをしていることになっている。これがきっかけでその話に胡散臭さを感じたおばさんが、わたしのバイト先にも疑いを持つんじゃないだろうか。なにせさっきのおばさんの剣幕だ。モダンジャズで働いていることがバレたら、わたしだって辞めさせられるに違いない。
スズメはどんどん不安になる。
「辞めるのはやだな……」
独り言が寂しく夜道に吸い込まれた。
今日は咲良からバレエのステップをたくさん教えてもらった。
シャッセ。アントルシャ。ピルエット。ストリップティーズの肝であるという、じらす動きも学んだ。見よう見まねで咲良を真似るスズメを、咲良は「へたっぴ」と笑った。確かに酷かったのでスズメも一緒になって笑った。やはりダンスは楽しかった。
リビングから漏れる説教に恐々としながらスズメは箸を動かす。いつの間にか夕食を平らげている。食器を片付けると、逃げるように部屋にこもった。
勉強、という気分にもなれない。
『成績も落ちてるんですって!』
おばさんの声が、スズメの耳に甦る。
アルバイトを始めてから、紘太朗の勉強時間が減ったのは明らかだった。
――だけど、こーちゃんの成績が落ちた原因はわたしにもある気がする。
高校に行けると浮かれて、紘太朗に真夏のセミのごとく質問を浴びせてしまった。
嫌な顔せず、納得するまで時間をかけて教えてくれる紘太朗の横顔が、スズメの頭に浮かぶ。
――と、隣の紘太朗の部屋のドアが力なく閉まった。
お説教が終わったのだろう。
ややあって、目の前のドアがこんこんと鳴った。
「スズメちゃん帰ってたのね、ごめんなさい気が付かなくて」
おばさんの声だった。
「気を使ったわよね。ちょっと家族会議してたの。スズメちゃんは気にする必要ないのよ」
お風呂入っちゃってね、と言い残しておばさんの足音が遠ざかっていく。
アルバイトがばれている様子はなかったものの、スズメはほっと一息という気分にはなれなかった。




