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大きなごみ袋を担がされ、スズメは途中になっていたごみ回収を再開する。
おねえさんたちは亮を見るなり「おはようございます」と、うやうやしく頭を下げる。化粧をしながら気だるく挨拶するような人は咲良だけだ。それは例外として、おねえさんたちに敬意を払われる亮には、支配人の威厳がある。無精ひげなうえリーゼントなのにだ。
『おねえさんイコールキツい』
スズメにそんな潜在意識があったのは、結愛を叱る咲良の印象があったからだった。
ところが緊張しながら挨拶をするスズメを、おねえさんたちは予想外の優しさで受け入れてくれた。そこはかとない同情も感じた。見た目明らかに未成年の自分が、この世界に足を踏み入れた事情を慮る同情。おねえさんたちはやはり何も聞いてきたりはしない。咲良は「なにアンタ、その歳で男にでも騙されたの?」と笑った。
シャワー室掃除とトイレ掃除を終えると、スズメの腕時計はすでに一一時を指していた。
一一時半になったら、今度はカフェの方に出勤しなければいけない。
――ダンスの先生はまだいるかしらん。
トイレ掃除を抜け出し、劇場の客席に戻ると、ステージ上に数人の踊り子がいた。ストレッチをする咲良がいる。結愛はいない。なにやらくねくねした人が目立っていた。年齢不詳の女性。いや、あれは本当に女性なんだろうか――
「掃除、終わったのか?」
客席の最後列に亮が座っていた。
スズメはこくこく頷いて、ステージを指差す。
「ああ、あれはダンス指導の松山ニージェネヴァルトフスク先生だ。踊り子はな、ああやって先生に振付けを教えてもらうんだよ。自分で振付けを考えてもいいけど、なかなか難しいだろう?」
スズメはこくこくと頷いて、自分を指差す。
「オマエ、まさか先生に教えてもらおうとか思ってる?」
――何か問題でも?
スズメはむしろ首を傾げた。
「百年早え!」
亮のチョップがスズメの頭に炸裂する。
でもわたしだって百年後には死んでしまう!
「わたしも踊りは素人じゃないんです。ダンス動画のアクセスも千ほどあると以前お話ししましたね?」
亮は少し考える素振りをした後、「どうしても、ってんならな」と不敵に笑みを浮かべる。
「おい! 咲良」
ステージで体を伸ばしていた咲良が、キツい目付きで睨んだ。
「こいつにダンス教えてやってくれ」
「はあ? やあよ。アタシ自分のダンスで手一杯だもの。素人に付き合ってる暇ないわ」
「素人」にわざとらしく置かれたアクセントは、話を聞いていた証拠だった。
「練習の邪魔にならない程度でいい。ってか、オマエはもう練習の必要ないだろう」
咲良はふん、と鼻を鳴らして「いらっしゃい、教えてあげる」とスズメを手招きする。スズメはぷりぷりしながら、てくてくステージに上がる。
「じゃあ、まずこれ。基本中の基本だから真似して」
咲良は右足を前に、左足を後ろに滑らせ、腰を落とし、脚全体をぺたりと床につけてみせた。右足の先から左足の先までピンと伸びる姿は、六時ちょうどの時計を思わせる。咲良は足だけでなく背筋も垂直に伸ばす。すると、スズメを見上げて「はい、どうぞ」と言った。
――リピートアフタミーということなのだろう。
スズメは真似してみるけれど、まず足が前後に滑っていかない。どうしたものか。右足を前にべたん、左足を後ろにべたんと不細工に投げ出してみる。右足の指をむずむずと前に這わせて少しづつ腰を落としてみる。すると股下にできた三角形の空間の高さが三〇センチほどになったところで、足の付け根がぴりぴりと痛み出した。これが限界であり、完成形であることを主張するために、スズメは背筋を伸ばしてキメ顔を作ってみせた。
「なんだ全然駄目じゃないか」
寮がいつの間にかステージに上がっていて、スズメを見下ろしている。
亮の手がスズメの両肩に優しく置かれる。
刹那。
「ぎやああああああす!」
――体重を乗せた!?
その残酷が理解できず、スズメは混乱する。亮の嗜虐的な笑いが耳に響く。咲良も下品な高笑いをあげている。ダンスの先生の笑い声は明らかに男性だった。
痛みに耐える人間と、それを囲んであざ笑う人間。
――これはいじめだ。
スズメは股関節に走る未曾有の危機から逃げ出すため、必死に足を崩そうとする。だが希望の海に向けて逃走しようとする右足を、咲良はこれしかないとばかりにむんずと掴んで、前にぐいいと引っ張った。
「ぴああああああ!」悶絶の海に沈む希望。
「アンタ、そんなんじゃオープンなんて出来ないわよぉ」
咲良の嘲笑を含んだ声が、気息奄々とするスズメの耳に流れた。




