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舞姫、ストリップティーズ!  作者: 寒野 拾
10/42

10 第一作戦

 ♂


「こーちゃん、一緒に帰ろう」

 紘太朗がカフェの制服から学校の制服に着替えを済ませると、更衣室の外でスズメが待っていた。

 スズメのバイトのシフトは一二時から二一時。

 紘太朗のバイトのシフトは一六時半から二一時。

 紘太朗が学校を終え次第、帰宅部の面目躍如たる速さで出勤しなければならない始業時間を設定し、スズメと同じ終業時間を設定したのは、いわばスズメの保護者として店でバイトするからには当然のことだった。それにスズメも夜の風俗街を抜けて一人で帰るのはきっと心細いに違いなかった。だから一緒に帰る暗い夜道に「吊り橋効果」的なものを期待したわけなどなかったし、期待に胸を膨らませてなどもいなかった。

 本当ならバイト中スズメをずっと監視下に置くことが望ましいのだけれど、なにぶん学校がある。バイト開始わずか一〇分で、客のおっさんがスズメを困らせる場面に遭遇したことを鑑みても、紘太朗の不安は募るばかりだった。


 ――スズメを亮さんのところで雇ってもらうのはどうだろう。

 おとといの夜、紘太朗がベッドの中で打ち出した『スズメ鳥かご飼い慣らし作戦』の閃きがそれだった。

亮のところと言っても、雇ってもらうのは『劇場モダンジャズ』ではなく、『カフェバー・モダンジャズ』の方にしてもらう。カフェのメイドとして働ければ、ひとり立ちするために金を稼ぎたいというスズメの欲求の一つが満たされることになる。

 モダンジャズが山科家から近い点も好都合だ。

 まず、金が貯まるまでは山科家から通えばいい、とスズメを説得することができる。そしてなによりも、衣食住を満たされ山科家に居心地の良さを感じたスズメが、そのままずるずると山科家に住み着く可能性が高まる。

 その作戦を導くにあたり、紘太朗がモデルケースとしたのは、山科家の愛猫マグナカルタの成功例だった。

 遺失物法による手続きに基づいて、山科家の一員となったマグナも元々は迷い猫だった。迷い猫だった彼が山科家に定着することになった理由は明快で、餌が貰えるからという一点に尽きた。つまり迷い猫だった彼の、日々生きていくうえで最大の障壁であった食糧問題が、山科家によって解決されたのである。彼が山科家に住まない理由はなかった。だからスズメも住まないはずがなかった。


 だがスズメは、カフェ店員ではプライドが満たされず、あくまでストリッパーになりたいのだと主張する可能性があった。

 そこで次の一手。だったら二階の劇場モダンジャズでストリッパーの修行をさせてもらえば良い、と持ちかける。法的に一八歳にならないとストリップはできないのだから、今は修行だけをさせてもらうのだ。当面はメイドをしながらストリップの修行に励みなさい。そうすれば、二年後には即戦力のストリッパーとして晴れてデビューできるよ、というわけだ。これならストリッパーになりたいと思っているスズメの欲求を、ストリップの舞台に立たせずして満たすことができる。

 もちろん二年後のスズメにストリッパーをさせるつもりなど、紘太朗にはケシツブムクゲキノコムシほどもない。ストリップのキツい現場を目の当りにさせ、スズメの心がストリップから離れていくようにし仕向けるのが真の目的だ。

 そこには亮と事前に済ませた段取りを潜ませておく。スズメの行く末を心配し、スズメが真っ当な道を歩むことを望んでいた亮なら、計画に協力してくれる自信がある。

 亮には、ストリップの厳しい現実をわざとスズメに提示してもらう。

 ことあるごとにストリップの辛さをスズメに語ってもらう。

 ストリップにどんな辛さがあるのか、紘太朗には想像もつかない。だが『ストリップはそんなに甘くねぇ』と語っていた亮なら、思い当たるネタの十や二十はあるだろう。

 そして、ストリップの世界が想像したほど甘くないことを知ったスズメは、ストリッパーになりたいなどという考えを無意識のうちに遠ざけるようになり、山科家のぬるく温かい生活に徐々に牙を抜かれてゆき、このまま山科家で暮らしながらメイドカフェの従業員を続けるのも悪くないかなと妥協してゆく――。


 ――完璧だ。

 拳を握る紘太朗の眼に、スズメの横顔が映った。道ゆく車のライトに照らされた顔には、慣れない労働のためか疲れが見えたものの、基調の色は喜びだった。

「今日はチョコパフェの作り方を覚えたんだ!」

 顔をほころばせるスズメを見るにつけ、紘太朗は自分の提案を全面的に聞き入れてくれた亮に感謝するしかなかった。

 だから紘太朗は「お前の時給は八八八円な。嫌ならお前は無理」と、亮にビタ一文まからん東京都最低賃金(平成二六年一〇月一日現在)を設定されても、苦渋を飲むしかなかった。そもそもメイドカフェのフロアに男は立てない。にもかかわらず亮が採用してくれるのは山科紘太朗ための特例だと察せるくらいには、紘太朗も社会を知っていた。ちなみにスズメは時給千円だった。男女雇用機会均等法という言葉がふと頭を過ぎった。


 だが自分には八八八円の価値もないんじゃないか、と考えてしまえば落ち込みもする。初体験となるアルバイト。自分がこんなに不器用だとは夢にも思っていなかった。洗い場を申しつけられた紘太朗は、店にある食器をあらかた床に落とした。食器だけでは飽き足らず調理器具もそこそこ落とした。掃除するように頼まれたコーヒーメイカーを自動洗浄機にかけたら動かなくなった。

「キミの時給よりも、コレの方が高いんだからね」と、猫耳主任のみいさんに皮肉の一つも言われれば、やはり落ち込むしかなかった。

 紘太朗はこれまで自分が何でもできる側の人間だと思っていた。法律家を目指す身にあって、学業で下のエリアに位置したことはなかったし、来年待ち受ける受験では、校名を言えば級友の称賛を浴びるような大学を第一志望にしていた。

 それに比べれば、たかが皿洗いだった。


 ――俺はたかが皿洗いも満足にできないのか。

 将来法律家を目指すこの俺が、風俗街で時給八八八円の皿洗いに身を落として、猫耳のメイド長に怒られて、いったい何をやっているのだ――

 ふう、と紘太朗はため息をつく。

 気が付くと、うっきうきで顔を覗き込んでくるスズメの目があった。


「こーちゃん、亮さんにアルバイト頼んでくれてありがとう」


 ――だがこれでいいのだ。

 月下の風俗街、スキップで跳ねるスズメの後ろ姿を見送りながら、紘太朗はひとり頷いた。

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