クエスト受注
「しっ、死ぬかと思った! もうダメだと思った……!
ありがとう、破魔の護符……っ!」
ハルミの《恵みの風》は、もともとくにひこの拳で削れていたジェイの体力を残り三割まで刈り取っていた。
破魔の護符の即死耐性を発動させ、殺人マサカリの攻撃をギリギリ耐え凌ぐライン。
壁の上にかろうじてよじ登れたジェイの体力ゲージは、もはやドットしか残っていない。
「残念だ。殺れたと思ったんだがな」
「……っ !? 」
ボイスチャット越しに聞こえた声は気のせいだと信じたい。
「ちなみにこの壁抜け法はブレバでは割と有名な裏技です。用意するのは《恵みの風》と多少リーチが長い武器」
「良い子はマネしないでください。マジで」
満身創痍なジェイは一人でとぼとぼと教団の中を歩いている。
壁を越えられないくにひことハルミはまたもやお留守番。ボイスチャットのみの参加である。
「これ、一応パーティで参加している事になるのかな?」
「マップが変わると強制退去となりますが、同じ町の中ですから問題ないでしょう」
ジェイのプレイ画面には、まだくにひことハルミのパラメータが見える。
「お、ここか。教団長の部屋。たのもー」
ノックすると返事の代わりに返って来たのは、
『一体何をもたもたしておる!』
「はいっすんません! 実況第二回目にしてまだ本命のダンジョンに辿り着いてません!」
部屋の中から聞こえてくる恫喝に、ジェイはきっちり九十度に腰を折った。
しかし部屋の人物は、別の誰かに怒っているようだ。
こっそり部屋に入ると、なにやら威厳ある風貌の老人が立派な衣服を纏ってこちらに背を向けて立っていた。
老人の目の前には光る石、魔導式の通信石だろう。
「こんちわっすー」
『早くお見つけしないか! どれほど手間取っている! あのお方はこの世界の……』
そこで老人はこちらに気が付く。
『……いや、こちらからまたかけ直す。次は良い報告をしてくれるのを期待している』
「なんかすげぇピリピリしてる~。あ、くにひこ君、ハルミちゃん。こっちのイベントの声聞こえてる?」
「大丈夫です。ボイスチャット越しに聞こえています」
「できりゃマイクをもう少し近付けてくれねぇか。声が遠い」
「うぃーっす」
老人がこちらに向き直り、厳しい眉を細めた。
『見苦しい所を見せてしまったな。いや、何も言わなくていい。話には聞いておる』
「ん? ダイナミック不法侵入がもうバレた?」
「んな馬鹿な」
老人は長いヒゲをしごきながら、ジェイをじっと見つめた。
『そなたらが魔王を倒したという冒険者だな。ステラの目は正しかったという訳だ。私からも礼を言わせてもらう。
よくぞ世界のために戦ってくれた』
「ぶはっ、何もしていないのに 魔王倒した事になっちゃった ( 笑 ) 」
「こ、これはひでぇ」
魔王を倒せば総本山に入れる、という条件がひっくり返り、総本山に入ったのだから魔王を倒したに違いない、というシステム側の誤判断が生じたのである。
余談だが、教団の門にいた話の長い教団員の名はステラというらしい。
「きっと今、視聴者コメントで『 !? 』が雨のように流れているに違いない」
「ちなみにこれもブレバでは有名な裏ワザその二です」
「勝手に入ってすんません教団長!(笑)」
「人違いです教団長」
こちらの動揺や笑いなど露知らず、教団長は話を続ける。
『精霊巫女様にお会いしに来たのか?
……申し訳ない、今巫女様はご不在なのだ』
「おっ。やっとクエストに関わりそうな情報が!」
「そうですね。ここで先ほどのフラグがちゃんと立っていれば、クエストのより詳細な情報を得られるはずです」
しばし考える間があってから、教団長は顔を上げた。
『うむ。そなたらならば実力もあり、信頼に足る。本当の事を教えよう』
「「「よっしゃ!」」」
マサカリの威力は偉大だった。
「ここからは重要な話が続きますから、皆さんちゃんとお話を聞きましょうね」
「了解」
「うい!」
『そなたらは知っておろうか、この町より遥か北の地に瘴気に満ちた森があるのを。
かの地の奥深く、太古より眠りし砦がある。
この砦は精霊教団を作られた騎士ヤヌアン=デ=オールの命により、魔の力を抑える為に築かれた。
いわば封印の楔。
しかし魔王が現れた折より、砦の封印が緩み始めた。
そのせいで森に留まっていた魔物たちが人里まで現れるようになったのだ。
精霊巫女様は封印が緩んだ原因を探りに、教団の聖騎士達と共に彼の地へと旅立たれた。
すぐに戻ると言い残してな。
しかし、それきりだ。
砦に向かった聖騎士達が壊滅したとの報を受けた。巫女様の行方も知れぬ』
「あちゃあ」
「黙って聞けよ」
『魔王が倒されたと聞き、すぐに捜索隊を派遣したがまだ凶暴化した魔物が周囲にうろついていて砦に近付けもしない状態らしい。
未だ巫女様の消息もつかめぬままだ。
巫女様は大変強い力をお持ちだが、まだ齢八つ。
早くお助けせねば巫女様のお命が危ない。
そこでそなたたちの実力を見込んで頼みがある。
どうか、北の砦へ向かい精霊巫女様をお救いし、ここまでお連れしていただきたい』
ピコーン。
〈《囚われの精霊巫女》クエストを受注しました〉
「やっとここまで来たね……」
久々のアナウンス音にジェイがしみじみと呟く。
「ここまで長かったな……」
「第二回目終盤にして、ようやくクエストの受注まで辿り着きました」
「すっごい達成感だ ( 笑 ) 皆さん拍手!」
パチパチと手を打つ音をマイクが拾う。
『私は精霊巫女様の代行としてここを離れる事ができぬ。……頼んだぞ』
「了解っす! まあ大船に乗ったつもりで任せておいてよ!」
「沈む気しかしねぇが、任せておけよ」
「あ、そうだ。ジェイ君、その部屋を出る前に教団長の隣の棚を調べてみてください」
ハルミがおもむろに指示を出した。
「棚? おっけー」
「アイテムか?」
ジェイが棚を調べると、ピコーンと音が鳴った。
アナウンスを聞いて、三人ははたと沈黙する。
ジェイはメニューを開き、何も言わずに装備変更を選択した。
両手ダガーをしまい、右手に「それ」を装備する。
そして、「それ」を高らかに掲げた。
ステンドグラス越しの日の光に、「それ」がキラリと輝く。
ピンクに塗られたフォルム。
片手に握り込むのに丁度良いサイズの、柄。
そこに横たわりながら突き刺さった、波打つ円柱。
比較的柔らかい素材でできた円柱は、見た目からもかなり軽そうだ。そう、まるで空気でも入っているかのように。
何にしろ、ジェイは「それ」を振り上げた。
なら、どうするか?
もちろん、振り下ろす。
それは日光にハゲを晒している、教団長の頭に向けて。
ぴこっ。
『何をするのじゃ!』
攻撃を加えられた教団長は抗議をするが、当のジェイは腹を抱えて蹲っていた。
「wwくっそwwwwwなにこれwwwwwすげぇシュールwwwww」
「それ」は世では、「ピコピコハンマー」と呼ばれていた。
「ちょ、これ腕力+3もある!ダガーより強い!(笑)」
「マジかよ。教団長のハゲは腕力10に耐え切ったのか…!一撃でマーモンウルフのスタン取れるレベルだぞ」
「ヤバイwwwwこれwwww僕これからピコハン使う!伝説のピコハン遣いになる!!」
「シナリオ中盤で腕力+3はネタレベルでしかありませんが、初盤の我々にとっては立派な武器ですからね。
お気に召したようで何よりです」
「めっちゃ召した(笑)
ありがとう!ハルミちゃん!」
クエストを受注し、装備も整えた。
「じゃあ、行きますか」
「よっしゃぁぁ!」
ジェイは両手を上げて気合を入れた。
向かうは、史上最難関のダンジョンクエスト。
低いステータス。
初盤の装備。
当然と言えば当然の結果だが
そこで三人は、地獄を見る事となる。