壁がある?なら飛び越えればいいじゃない
買い物と装備変更を終えた三人は、スネアドルム北区の精霊教団の総本山へとやって来た。
スネアドルムは元々精霊教団の信徒達と、各地からやって来る巡礼者達によって栄えた町だ。
あらゆる地方から人がやって来るので当然各地の特産物が自然と集まり、市場を作り出して交易都市へ発展した、という経緯がある。
その為、精霊教団の本部は華やかな町並とは裏腹に古びた石造りで、荘厳と静謐を醸し出していた。
本棟を六本の塔が囲む巨大な構造で、塔はそれぞれ火、水、風、地、光、闇を表しているらしい。
しかし三人に用があるのは、真ん中の本棟の方である。
「さて、ここで問題です」
「なんだ」
「我々は現在、精霊教団の門をくぐる事すらできません」
「なにぃ !? 」
開始数分にして見事に行き詰まった。
「些末な問題がありまして。
まずブレバをプレイするにあたり主となる目的は、打倒魔王と世界の修復です。
手順としては、前の町ティンパニアの衛兵詰所でチュートリアルクエストの衛兵からこの精霊教団の話を聞いた後、精霊教団の門の前にいる教団員からこの世界に忍び寄っている危機について知らされます。
世界滅亡が迫っているから、各地で魔物が凶暴化して闇の力が強まっているといわれるのです。
そしてその教団員から、世界の危機を救って欲しいと正式に依頼されるんですよ。
魔物を倒しながら、教団の教えにある八つに分かれた世界を繋ぎ合わせて解放して欲しい、とね。
これがこのゲームのメインクエストです。
メインクエストを進めていくとシナリオが進むという仕様でして」
「あー……そんな話だったな」
「実際、現在のブレバでは既に三つの世界が解放されています。
一つは運営側で自動解放されましたが、残り二つは超難関クエストが期間限定で公開されて、攻略者が出てから解放されました。
現在では解放された新しい世界へも行けますし、ミニゲームやクエストも大幅に増えています」
「へー!」
「これまで何度もこの世界解放クエストは期間限定で公開されていますが、未だ以前の二つ以外の攻略者は出ていないそうですね」
「ブレバが鬼畜ゲーと言われる所以だな」
挑戦者は星の数ほどいる。
それでも、誰一人クリアができない。だからこそ難しく、そしてやり込み甲斐がある。
〈ブレイバーズ・アドベンチャーオンライン〉とはそんなゲームだ。
「で、教団の門をくぐれないってどゆこと?」
首を捻るジェイに、ハルミが重々しく告げる。
「まず、この説明をする教団員の話が長い」
「うっ」
収録時間二十分の縛りがある彼らには致命的な問題だ。
「そしてこの話を聞いてもすぐに中に入れる訳ではありません」
「な、なんだってー!」
「各地の町を旅して教団の出張所や冒険者ギルドを回り、魔王を一人倒さなければいけません。
最終的に教団の総本山へ入る事が許されるのはメインストーリーの中盤に差し掛かった辺りですね」
「オワタ\(^o^)/」
「という訳で我々は時間短縮のため、あの門に近付く事すら許されないのです」
教団員イベントは門のそばに寄るだけで自動的に始まってしまう。
「あれ? 《囚われの精霊巫女》クエストって、総本山にいる教団長の話聞かないと受注できないんじゃ……」
「そうですね。困りました」
「あー……そういう事か」
くにひこは納得したように頷いた。
「喜べ、ジェイ。出番だ」
「えぇ !? ここで !? 」
「おう。お前のその無駄に高い敏捷が役立つ時が来たぞ」
精霊教団総本山を囲っている壁は石造り、それもジャンプでは届かない高さでそびえ立っている。
具体的に、アバター二体分。
足場を組んだところで飛び越えられる高さではない。
そう、足場一つ程度では。
「ねえ、やっぱこれ死なないぼく !? 」
ジェイが悲壮な声で叫んだ。
彼から少し離れた所、壁を背後にくにひこが宝刀マサカリを素振りしている。
「大丈夫です、ジェイ君。そのための破魔の護符です」
「お前、マサカリのチョイスも実はこれのためだろ」
「おや、何の事でしょう」
一時的に叡智のピアスを外して即死耐性付きの破魔の護符を装備したジェイだが、安心感とは程遠い様子である。
「おう、ジェイ。これ一発成功しなかったら、全部カットするから」
「ここでぷれっしゃーかけないでぇぇぇ !? 」
「ごちゃごちゃ言っていないでとっとと来い。ブチ上げてやる」
ブゥンっとおおよそ大丈夫そうでない音を立てて得物を振りかぶったくにひこが、ちょいちょいと人差し指で誘う。
肩にかついだ宝刀マサカリが不気味に光る。
要するに、ジャンプしたジェイをくにひこが宝刀マサカリで打ち上げ、壁を越えようという寸法である。
ジェイの敏捷は13、跳躍力は一番彼が高い。
問題は打ち上げ役のくにひこが、現在フラグ回収のため腕力20な事である。
「うぅ……い、いいよ! やってやんよ! 一発でぜってー決めるから!」
やけくそで喚いたジェイは、地を蹴った。
トップスピードまで上げたジェイはくにひこへ迫る。
腕に力を込めてくにひこは宝刀マサカリを構えた。
ぼそり、と呟く。
「《オーラブースト》」
「それは死ぬ !? 」
くにひこの胸元に下がっていた赤の呪石が禍々しい光を放つ。
体力ゲージを三割食らった呪石は、くにひこの身体を光で包み込む。
狂戦士の呪石の固有技《オーラブースト》は生命力を対価に攻撃力を三倍に引き上げる。
ジェイはぞくっと背筋が凍るのを感じる。
が、今更速度を落とす事はできない。
全身をバネにして、空へ向かって飛び上がる。
その瞬間を狙ってハルミが叫んだ。
「《恵みの風》!」
魔力を含んだ風はジェイを巻き込み更に舞い上げる。
浮遊感。
ジェイは輝く笑顔のまま両手を広げた。
次の瞬間、唸りを上げたマサカリの赤い軌道が、彼の足元を捉える。
ジェイはお空の人になった。