パーティ結成
「おせぇっ!」
「痛っ !? 」
くにひこ、ハルミ組と合流したので、ボイスチャット復活。
「ちょ、早くなるように頑張ったってぼく !? 痛い痛い痛い首を絞めるのはまずいマジでっ !? HPゲージ削れてるっ!」
出会い頭にくにひこにヘッドロックを固められ、ジェイはべしべしとくにひこの腕を叩く。
場所はティンパニア中区、冒険者ギルドの事務所前。
ここでパーティを組んだりクエストを受注したりできる。ゲーム進行において重要な拠点である。
「お帰りなさい、ジェイ。
待っている間暇だったので、くにひこ君といちゃいちゃするついでにパーティの設定を済ませておきました」
「いちゃいちゃしてねぇ !? 」
「おーありがとう! 思ったよりイベント多くて手こずっちゃったよ ( 笑 ) 」
そう、何を隠そう町に入った瞬間になぜか財布をひったくりに奪われ、それを追いかけるついでにダンジョンの罠回避や障害物の避け方チュートリアルをこなしてきたジェイである。
コサックダンスとブリッジダッシュを使いこなすジェイには釈迦に説法だったのでここでは割愛する。
更に冒険者ライセンスを取得するために事務所の所員からお遣いを頼まれ、ついでに町の施設の案内もされた。
要約すると、町には必ず冒険者ギルドと宿屋と武器屋防具屋があるので利用しましょう、という事だ。
ここも時間の都合、割愛。
という訳で滞在証と冒険者ライセンスを取得して、ジェイは無事チュートリアルクエストを終えた。
「っていうか、ハルミちゃんその服可愛い! 祈祷師ローブ?」
「ふふ。気が付かれましたか。
その通り、後方支援に専念するため魔力アップの祈祷師ローブを購入しました」
片手に杖を所持したハルミがモデルのように回ってみせる。
何かの呪文が裾に縫われた藍色ローブがふわりとなびいた。
魔術師や聖職者用の装備である。腰まである長い黒髪とよく似合う。
端麗な顔に楕円の眼鏡が知的な印象を生んでいた。こちらはアバター設定の賜物だろう。
「職業は聖職者。まずは回復魔法を一通り覚えてからクラスチェンジする予定です。
防具は加護の腕輪を装備しました。防御時に盾型の結界が張られるものですね。あとはロザリオで低めの体力をカバーしています」
「すっげぇ! お金かけてるね!」
「えぇ。おかげで 財布の中身がきっかり0に 」
「うは ( 爆笑 ) 」
「笑ってる場合か。普通はこれくらい充実させるべきなんだよ、装備は!」
「いや、まあ、そうなんだけど」(←盾なし)
「俺も大枚叩いて体力 + 5の鎖帷子を購入した。ちなみに俺の職業は傭兵、前衛型だな。初期パラメータもそれ用に改良したぞ」
傭兵とは言いながら、くにひこのアバターはほっそりと引き締まった体つきをしている。
鎖帷子は旅装束に隠れているのか一見するとどこかラフな格好だ。
初期装備で衛兵が着ていたような甲冑なども選べたはずだが、瞬発力を活かすため重装備を避けたのだろう。
くにひこの不機嫌さを反映しているのか、アバターの表情は拗ねた目をしていた。
「他の装備はブロードソードにバックラー。あと狂戦士の呪石をつけてみた」
「殺意たっか !? 」
【狂戦士の呪石】
大昔の戦士の血を吸った石。
固有技《オーラブースト》はHPゲージの半分を消費して、一分間攻撃時のダメージ量を三倍にする。
特定のクエストを攻略すると入手できる。
確かにくにひこのアバターの首元には、毒々しい赤の石が揺れている。
「あれ? でもティンパニアで狂戦士の呪石もらえるクエストあったっけ?」
「ない。だからお前がチュートリアルクエストで遊んでいる間に、 隣町まで行って単独でクエストクリアしてきた 」
「くにひこ君早すぎ !? 流石RPGマスター!」
「だから、お前が遅いんだよ !? 」
「どちらにせよ、例の無理ゲークエストを受注するには隣町に行かなければなりませんからね。
くにひこ君が隣町の滞在証を持っているなら話が早い。今回は隣町へ行って終わりですかね」
【くにひこ 初期パラメータ】
腕力:10( + 2)→12
敏捷:5
体力:6( +8)→14
知力:6
魔力:1
魅力:2
装備:ブロードソード(腕力 + 2)
バックラー(体力 + 3)
鎖帷子(体力 + 5)
狂戦士の呪石
スキル:斬り払い、オーラブースト
【ハルミ 初期パラメータ】
腕力:2
敏捷:2
体力:4( + 6)→10
知力:8
魔力:8( + 3)→11
魅力:6
装備:月桂樹の杖(魔力 + 2)
加護の腕輪(体力 + 3)
祈祷師のローブ(魔力 + 1)
ロザリオ(体力 + 3)
スキル:恵みの風
ジェイのパーティ登録のため、三人は事務所の中へ場所を移した。
中では多くの冒険者たちでひしめいている。オンラインであるため、全国各地のプレイヤー達がここに集まっているのだ。
中には変わった装備を持つものや、課金したと分かる特殊な種族のアバターが歩いている。
だが最初の町というだけあって、ブレバ初心者達が多いのだろう。パーティの登録に並ぶ者が多い。
しかしくにひこ達がすでにパーティ登録を済ませているので、彼らの用事はジェイのメンバー参加登録である。
所員に話しかけ、早速パーティの編成を開始する。
ジェイのアバターの前に半透明のパネルが現れた。
パネルを指で操作する動作をすると、実際のプレイ画面の下部にパーティのリストがズラリと出てくる。
「まずはパーティの検索っと……パーティのリーダーは、くにひこ君?」
「申請した時に俺にしただけだ。変更するか?」
「このままでいいんじゃない? パーティ名は……ぶっ〈ムリゲーブレイバーズ〉 ( 笑 ) 」
「決めたのは俺じゃねぇ! ハルミだ!」
「三人の頭文字をとって〈クニジェハル〉とか、〈実況三人衆〉とかも考えたのですが」
色々と酷い。
「じ…っじっきょ……さ、さんにんしゅ…っひぃっ !? (大爆笑)」
「ハルミのネーミングセンスが残念すぎるのはよく分かった」
「お……おっけおっけ! 〈ムリゲーブレイバーズ〉に参加します! 新参者のジェイです、よろしくお願いしますっ ( 笑 ) 」
パーティ参加が完了すると、プレイ画面にジェイ以外の二人のパラメータが表示されるようになった。
これで仲間たちのHPゲージやマップ上で現在位置を確認できるようになる。
無事申請を終え、続けてクエストの受注受付に向かう。
「おりょ? 隣町向かわないの?」
「いえ、ここから歩いていくより〈荷馬車の護衛〉クエストを受けて隣町まで送ってもらう方が早いのですよ」
「なるほど!」
「パーティでの戦闘も経験しておきたいしな。難易度は中の下。本来ゲーム開始すぐの初心者にはちょい難しいレベルだが、まあ俺らなら問題ねぇだろう」
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くにひこの言った通りだった。
荷馬車が町を出てすぐ、チュートリアルクエストでお馴染みのマーモンウルフの群れに遭遇した。
ピコーン、クエスト開始を告げる音が鳴る。
〈魔物から荷馬車を守れ!〉
『ひっ !? お、襲われる……っ!』
「かまうんじゃねぇ! 『突っ込め』!」
怒鳴ったくにひこの指示に、 NPC の御者が慌てて馬にムチを打つ。
このようにクエスト中、特定の命令に NPCが従うようになる事がある。今回の場合は『突っ込め』『止まれ』の二択だ。
一度はスピードを落とした馬車が、再び前進する。
だがその一瞬の隙に、荷馬車の後ろからマーモンウルフが飛びついた。鋭い牙が幌をつかみ、積荷を食い荒らさんと迫る。
が。
「とうっ」
ジェイの蹴りによってそれを阻止する。
甲高い声を上げてマーモンウルフが落ちていった。
思わずジェイは耳を塞ぐ。
「聞こえないよーっ !? 聞こえない聞こえない! 愛らしいワンコの潰れる音なんてっ !?」
「ジェイうるせぇっ !? 」
「いやだって、良心の呵責がさぁっ !? なんでこのゲーム、妙なトコでリアルなの!」
そう言っている間に、くにひこは荷馬車の横から次々飛びかかる狼達を切り伏せた。
馬車は相当なスピードを出しているはずだが、狼の群れは両端を挟む形で併走してくる。
こちらが油断すればすぐさま中へ侵入し荷を食い荒らすつもりだ。
「お二人とも、ちょっと下がってください。――《恵みの風》」
ハルミが杖をかざすと、風の精が悪戯に旋風を紡ぐ。
併走していた狼の群れが魔力による突風に巻き込まれ、足をもつれさせた。馬車の右側に狼たちのいない隙間ができる。
馬車がつられてそちらへ傾ぎ、障害物となっていた大岩を間一髪で避けた。
「ふむ。威力はあまりありませんが、足を遅らせる効果はあるようですね」
「おぉっ! やるじゃん、ハルミちゃん!」
「それほどでも、と言いたいところですがせっかく賞賛のお言葉をいただけるならばありがたく受け取りましょう。
もっと褒めたたえなさい、さあ!」
「お前ら真面目に働けぇぇぇぇぇぇっ !? 」
横からの襲撃をくにひこが剣で牽制し、ハルミが魔法で援護、馬車へ乗り込んできた二人の取りこぼしをジェイが駆除する。
全員が初期ステータスとはいえ、落ち着いて対処すれば彼らにとって大して苦ではないクエストだった。
ところで、彼らが町の移動に戦闘のあるクエストを選んだのには理由がある。
ハルミがマーモンウルフの爪を加護の腕輪で受けた時である。
ピコーン!
「来ました!」
「「よしっ」」
ハルミの言葉に、二人は歓声を上げた。
クエストが終わった音ではない。ハルミのゲージの上に小さな文字が踊る。
〈ハルミ がスキル|《慈愛のしずく》を覚えました〉
すぐさまハルミが杖を振るう。
「《慈愛のしずく》を使用、対象をジェイへ!」
するとジェイの体が緑色に瞬く。
衛兵にアイテムを使った時と同じエフェクトだ。四割を切っていたジェイのHPゲージがぐんっと満タンに伸びる。
「助かった、ハルミちゃん!」
「だから盾を装備しろっつっただろうが、ドアホが!」
喚くくにひこのHPゲージはまだ七割ほどだ。鎖帷子に金をかけた恩恵である。
つまり、防御力皆無、体力も低いジェイがパーティにいる為に、ハルミは真っ先に回復魔法を覚える必要があったのだ。
幸い聖職者を選択したハルミは、比較的早く回復魔法|《慈愛のしずく》を覚えられる。そのため本命クエストへ挑戦する前に一度戦闘を挟めば、高確率で取得できると踏んだのである。
ちなみにブレバの技取得はパラメータの知力に依存しており、知力が高ければ高いほど新しい技を取得しやすい。
しかも取得タイミングは攻撃や防御など取得条件となる特定の行動を起こす度に確率判定が行われる。
《慈愛のしずく》の条件行動は防御だった。
「これで私も思う存分反撃に転じられますね」
攻撃が来る度に防御行動をしていたハルミが、生き生きと杖を振りかぶった。
「ギャッ !? 」
噛み付こうとしていたマーモンウルフが、スイングされた杖に返り討ちに合う。
「腕力2とは思えねぇ攻撃だな……」
「ふふ。これでも私はソフトボール部をやっておりました」
ホームランは得意です、と景気よく杖を振りかぶる。
すぽーんっと狼達が宙に舞い上がった。
「さて、こっちの目的は達成したし、そろそろ隣町にも到着する頃だと思うんだが……」
言いかけたくにひこは口をつぐみ、目を細めた。
荷馬車を囲っていた狼たちが馬車を追い越したのだ。一匹、二匹……いや、群れそのものが馬車の行く手を阻まんと先回りをする。
くにひこは盛大に舌打ちした。
「ここで親玉の登場か。おい御者、『止まれ』」
馬車が止まるや、弾けるように三人は荷馬車から降りた。
前方には街道を塞ぐように広がる十数匹のマーモンウルフ。
そして真ん中には馬車並に大きな体を持つ巨狼が陣取っている。
ぬめる牙はくにひこのブロードソードほどの長さがある。
爪が力に任せて大地を穿つ。
仲間を殺された怒りからか、血走った目が憎々しげに三人を睨みつけた。
生キテコノ場ヲ去ルコトハ許サヌ
その巨体が一際大きく膨らみ、腹の底をも震わす咆哮を上げた。
次は初のボス戦です。