忍者は闇に生きる
俺の名前は清三、職業は忍者だ。
歳は30になった。俺ぐらいになると頼まれる任務の量はそんじょそこらの忍者の比じゃあない。
日々任務をこなし、忍者として生きている俺の話をしよう。
俺の忍道が変わるきっかけとなった、今から5年前の話だ―――
◇
「清三、今回の任務はある男の暗殺だ。守衛が居るがお前なら何とでもなるだろう。報酬は百万だ。見合う働きを見せてくれ」
「おおせのままに」
今回の任務は暗殺か。一番単純であり、俺の得意な任務でもある。
闇に隠れ、相手の影となり気付かれぬ間に殺す。
闇に生きる俺にぴったりだ。
さて、今回の任務だが報酬がかなりの額だな……主から依頼される任務はこれまででかなりの量をこなしてきたが、きまって報酬が高いものは危険度も高い。
この男、一般人ではないのだろう。
そんなことは考えなくてもいい。俺は闇に生きるものだ、素早く任務を達成するためにも要らぬ思考はしないでおこう。
主から地図を渡され、印された場所へと移動する。
俺は生まれてすぐ捨てられ、今の主に引き取られた。
それからというもの忍者のなんたるかを叩き込まれ、生まれてから20年、忍者として生きてきた俺は任務でいく以外の外の地形や主以外の人間達をまったく知らない。
初めていく場所はやはり地図が必要だ。
思えばこの地図にも随分と世話になったものだ。
そして目的地へと着いた―――
「なるほど、報酬の高さに納得できる」
任務の目標が居る地点が示された場所にあったものは、この街の長がいる館である。
こういう事は事前に言って欲しいものだと毎回思うが、予測できない事案に対処できるようになることも忍者には必要だ、と主は教えないのだ。俺もその意見には納得できるので何も言えない。
さて、この館だが守衛の数がかなり多い。
館の正面、側面、後ろの面それぞれに五人ずつだ。
暗殺に備えているのか?とも思ったが予告もしていない以上そんなことはあり得ない。
まずはこの外の20人の守衛をどうにかしないとな……。
よし、この任務には力の出し惜しみはしない方がいいか。
「忍法―――分身の術」
ドロン、と煙と共に現れたのは四人の俺。
この分身達は口はきけないが本体である俺の半分程の力をもっている。
こいつらにさせる行動は囮。館を囲む守衛を引き付けてもらう。
「……行け」
命令を出した瞬間に、分身達は館へと走り出す。
本体まで行かないとはいえ、その動きは風の如く、それぞれの分身達はすぐに守衛達の下へとたどり着く。
「なっ! 貴様どこからやってきた!」
「引っ捕らえろ!」
「……」
どうやら始まったようだな。
館を取り囲んでいた守衛はそれぞれが分身達の相手で手がいっぱいなようだ。
腐っても俺の分身だ。こんな守衛ごときにひけはとらんだろう。
そして俺は大分自由に動けるようになった。
がら空きな屋根へと飛び移る。
「波っ!」
呼吸を短く吐き出し、月の光を背に浴びながら高く跳躍する。
外を見張っていたはずの守衛は俺の分身達にやはり手を焼いているようだ。
音もなく館の天井へと着地する。
ここからは足音一つ立ててはいけない。
俺は館の中に侵入するためにある道具を使う。
忍者用秘密の七つ道具の一つ、ノコギリを取り出す。
―――ギコギコギコ
10分という長い時間をかけ、素早く室内へと入る。
その間守衛を引き付けてくれた分身達には感謝をしないとな。
これまた音もなく床へ着地できたがそこには―――
「いったいなんなんだ貴様は!」
「五人目だと!?」
「侵入者だ! 引っ捕らえろ!」
着地した俺を囲む何人もの守衛がいた。
「なっ! 何故ここに守衛がいるんだ……! チッ! 忍法―――透明化の術」
「き、消えたっ!?」
「大丈夫だ、俺達が囲んでいるんだ、このまま―――ぐはっ!」
「ぐぎっ!」
「うぐっ!」
「ひでぶっ!」
まさか守衛がいるとは思わず少し焦ったが、透明化の術を使いその名の通り透明になる。
そして俺の得意技―――サイレントジャンプを使い無音の跳躍により相手の頭上を越えて囲まれた状況から脱し、一人一人を始末していく。
「誰も来ないか……どうやら館の中の守衛はこれで全員のようだな。……殺していいぞ」
館の中の守衛を全員始末したようだから、館の外の守衛も始末するよう分身に命じる。
手加減をさせてすまなかったな、分身達。
さあ、残るはこの街の長のみ。
一番大層な造りをした扉をゆっくりと開けて―――
「―――♪……ん?」
「―――っ!」
閉めた。
中には女が一人いるだけだった。それだけならいいのだ。
すぐに始末して次の行動を取れたのだが……如何せん、奴の状態は半裸―――一枚服を羽織っただけの状態だった。
しかし気付かれてしまった、主との男二人の生活をずっとしていたため、女への耐性が全くない。
まずは呼吸を整えて、取り敢えず始末せねば……!
「すぅ……はぁ……」
「あの……」
「ふぁっ!?」
扉の前で呼吸を整えていた俺の目の前に、いきなり扉が開いたかと思うと飛び出てきた整った顔立ちの女―――半裸が出てきた。
あと数センチ近づけば触れてしまうその距離に耐えられず、全力で後ずさる。……何かいい匂いがした。
これ以上忍者としての恥を晒さないようこの女を始末せねば、と背に差してあった剣を握った瞬間―――
「ちょ、待って待って! お願いがあるの!」
「……何だ」
この女、今殺されようとしているのにその相手にお願いとは肝が座っているな。
そこまでしてするお願いというものに少し興味をもち、訪ねる。視線は床だ。
「私をここから連れ出して欲しいの! 貴方忍者でしょう? 守りの人なんて倒しちゃっていいから、ここから出して欲しいのよ!」
「……は?」
予想外のお願いに思わず素で聞き返してしまった。
館の長の娘であるこの女、自分達を守る人を倒してもいいから、などと言うものだからな。
……守衛が今さらだが可哀想にならないでもない。
「私のお父さん、この街の一番偉い人じゃない? あいつひっどいんだよ!? ただでさえ貧しい街の人たちからどんどん税をとって、自分は金にものをいわせて好き勝手な生活してるの!」
「……」
「私の夢はね、大商人になることなの。 世界中を旅して、世界を見て回って、色んな物や人と出会って……あなたも商人や旅人になって外の世界を見るのは憧れない?そのためにはこの家を出たいのよ」
「……俺は生まれてから今までずっと忍者だ。闇に生き、闇に死ぬのが忍者であり、人の影に常に立つのが俺だ。……お前のいうそれは所詮夢物語に過ぎん」
少し……ほんの少しだがその夢をいいなと思った。
だがそれは夢であり、大きな希望をもつとそれが叶わなかった時の落胆は最悪なものになる。
「……あなたの人生ってつまらないのね。いえ、人生だって人それぞれだと思うわよ? それでも、誰にも優しくされず、羨ましがられず、妬まれず、死んでも悲しまれない生き方なんて、私は許容できない……人の影に立つのがあなたなら、私が影を造る光になるわ!あなたが闇なら私は光よ、どう?お似合いじゃない?」
「ふんっ。何がお似合いか、影でひっそりと生きている俺に、お前のような眩しい奴がきたら俺は忍者として死んでしまうだろうよ」
「あら?そうかしら。 光と闇は比例するの、闇があるから光を照らす。光がないところに闇の意味はないのよ」
この女の言っていることは屁理屈だ。無理やりな解決だろう。
……だがしかし、何故か心動くものがある。
やはりこの女は俺には眩しい……。
「私の夢は大商人になること……。その道のりは決して楽じゃないはずよ。他の商人との衝突や、移動中の盗賊、山賊。それこそ表で売買する光とは正反対の闇だと私は思うの。……言いたいことはこれで伝わったかしら?」
「お前の言うその闇に生きて、お前を手伝え、か?」
「そう!私は将来名前を全世界に轟かすんだから、貴方にとってかなりプラスだと思うのだけれど。何なら受付くらいさせてあげるわよ?」
「……ふっ……はははっ! その話乗った!俺は闇に生き、お前は光で生きる……お前のその夢物語に付き合うのも悪くないな」
光と闇、全く反対の意味を持つその二つだが、案外近いのかもしれないな。
出会ったばかりのこんな女に俺の人生―――忍者としての生き方を変えられるとはな。
「……笑うといい顔するのね。あ、そうそう、貴方の名前を聞いてなかったわ。どちらさま?」
「……清三だ、名字はない。とある大商人の受付役になる男だ」
「あら……ふふっ♪ 私は結愛、名字は今捨てたの。将来、大商人になる女よ!」
「結愛、か。覚えておこう」
「清三、さっそくだけどこの家から出してくれないかしら?」
「自分で歩けるだろう?」
「馬鹿ね……ロマンチックじゃない!」
「……」
◇
すまない、長くなったな……。
まあよくある話だとは思うが、見る世界が全然変わったな。
今では結愛に付いて、依頼をこなしつつ商人としての手伝いなんかもしている。
今でも俺は闇に生きている。
しかしその闇は眩しすぎるほどの光から生まれる、その光を守るための闇として―――
ところで今でも分からないのだが何故守衛に俺はバレたんだ?
あ、結愛さん半裸のままですやん……!