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第九十一話

『早く神になって迎えにこい』


 “行き遅れ”駄女邪神は、何を馬鹿な事を言っているのか。

 人が……神に成れる訳がない。

 それ以前に、百年も生きられない人間が神と結婚してもすぐ死に別れるだろう。

 “行き遅れ”が、未亡人? だか未亡神? に変わるだけ。

 俺には、それに何の意味があるのか全く分からんが。

 行き遅れを拗らせ過ぎて、遂に狂ってしまったのだろう。

 タケミカヅチ様なら狂った腐れ女神程度、簡単に始末出来る筈。


『失礼ね! 誰が何を拗らせて狂ったですって?』


 何故、考えた事が分かった?


『ねぇ、嫌味なの? しっかり口にしてたわよ!』


 またか……。

 口は災いの元と言うが、永遠に直らない気がしてきた。


『我が弟子よ……我でもそれは簡単な事ではないぞ』


 この声は……タケミカヅチ様?


『そなたの言う、行き遅れを拗らせ過ぎて狂った腐れ女神を始末するのは、我でも容易ではない。始末するのに、天界だけでなく地上にも甚大な被害をもたらす事になるだろう。そういう訳にいかないから、長達も男を宛がっ(そなたに押し付け)て大人しくさせたのだからな』


「タケミカヅチ様でも簡単にいかないとは……」


 狂った行き遅れ、恐るべし。


『あなた達……師弟揃って好き放題言ってくれるわね……』


 何か聞こえた気がするが、気のせいだろう。

 俺には、タケミカヅチ様の声しか聞こえない。


『長達ですら腫れ物扱いしていた彼女達に、“行き遅れ”とハッキリ言い放つ勇者が現れるとは思わなかった。しかも、それを見事にやってのけたのが我が弟子であるそなただ。それを聞いた時は、暫く笑いが止まらなかったぞ』


「……タケミカヅチ様。これ迄に“行き遅れ”と結婚しようとした神はいなかったのですか?」


 褒められているのか、呆れられているのか判断がつかない。

 勇者云々は兎も角、話を聞いて浮かんだ疑問をそのまま我が神にぶつけた。


『当然の質問だな。あの三柱は、この世界の女神の中でもトップクラスの美貌だ。かつては数多の神々に求婚されていたが、全て拒否していた。だが、その内皆諦めて求婚しなくなったのだ。アテナとアルテミスは男嫌いだったから当然として、ミラはあまりにも選り好みが酷過ぎてな。端から見ていた者達も呆れていた』


 簡単に諦めるな。

 根性で頑張れ。

 根性無しの神のお蔭で、人間に過ぎない俺がそのツケを払わされている訳か。


『そう言ってやらないでくれ。ミラは、皆が引く程の無茶振りをしていたのだ。寧ろ……彼らはよくやったと感心している。まあ、彼女らが行き遅れたのは自業自得だ……痛っ!?』


「タケミカヅチ様、何が?」


『大した事ではない。ただ、後ろにいるアテナに槍でつつかれただけだ。痛っ!? ……アルテミスも矢を放つな! 落ち着いて弟子と話せぬだろうが!!』


 何故、タケミカヅチ様が“行き遅れ”駄女神二柱に攻撃されているんだ?


『早くそなたを説得しろと五月蝿いだけだ。そなたは気にしなくていい。今回は長達からの要請で、仕方無くそなたに語りかけている。そなたが“くっころさん”にした“行き遅れ”女神三柱を押し付けた事を納得させろと、あまりにも執拗でな。この件については、当面見守るだけの積もりだったのだが……。男女関係など、なるようにしかならないというのに』


「無理です。“行き遅れ”を押し付けるのは勘弁してください」


 反射的に返答。

 無理な物は無理だ。

 納得出来る筈がない。


『ねぇ……私は放置なの? ねぇ……』


 また何か聞こえた気がするが、気のせいだ。


『まあ、そうだろうな。我でも、そなたの立場ならそう言う。これで、一応は長達の要請は果たしたか。結果に関しては、関知しないと言ってあるから問題あるまい……痛っ!? 師匠命令で納得させろだと? 無理言うな! 幾ら師弟であっても、男女関係を強制する理由にはならん。そんなことは、お前達自身で何とかしろ!!』


 タケミカヅチ様も、“行き遅れ”に付きまとわれて大変そうだ。

 俺が原因なので、申し訳ないとしか言い様がない。


『気にするな。そなたは我が武神流の歴史上、稀な経緯かつ数百年振りに現れた使い手。じっくり育てたいから、邪魔になりそうな要素を可能な限り排除しているだけだ。結局、最悪な部類のものは排除出来なかったがな』


 ある程度とは言え、排除して頂けただけで十分。

 後は、自力で何とかします。


『済まんな。これからも精進するがよい』


 その言葉を最後に、タケミカヅチ様の気配が消えた。


 崇める神に気にかけてもらえるというのは、気分がいい。

 無理矢理やらされているモンスター駆除だが、修行として考えるなら案外悪くないのかもしれない。

 本来、自力で到達出来るか分からない下層のモンスターと戦えるのだ。

 命懸けだが、腕を磨くには丁度いい。

 そう思うとやる気が出てきた。


 気が付けば、通路の両側を塞いでいた奴らの姿が最初から存在していなかったかの様に無くなっていた。

 何らかの力か技能だったらしく、“行き遅れかけ”を倒した事で消えたのだろう。

 まあ、済んだ事だ。

 今更、気にする必要はないか。


 “行き遅れかけ”に止めを刺せない以上、ここにいる理由はない。

 それに、管理者からの確認の命令は果たした。


「もう、ここにいても仕方ないな。モンスターを探しに行くか」


 来た道を戻る為、歩き出す。

 右隅を何かが転がっていった様に見えた。

 だが、気のせいとして先を急ぐ……


『ねぇ! 何時まで私を無視するの!!』


 ……俺の頭に直接響く、怒りに満ち溢れた大声。

 タケミカヅチ様と話をするのに邪魔なので、今まで無視していた“行き遅れ”駄女邪神ミラが我慢の限界を超えたらしい。


「……五月蝿(うるさ)いな。可能なら永遠にだ」


 突然の大声で痛む頭を押さえながら、仕方無く答える。


「タケミカヅチ様との対話中に、お前(行き遅れ)の相手をする必要はない。答えてやったんだ。さっさと失せろ」


『……私は貴方の婚約者よ。私と話していたのに、何故タケミカヅチを優先するのよ!』


 馬鹿なのか?

 ハッキリ言わないと駄目みたいだな。


「俺に力を与えてくれた偉大な神と“行き遅れ”。どちらを優先するか、考える必要は無い。当然、タケミカヅチ様に決まっているだろう。分かったら、さっさと失せろ!」


 これ以上、お前の相手をする気は無い。

 その意思を込めて言い放ち、再び歩き出す。


『まだ話は終わって無いわ!』


 何か聞こえたが、気のせいだろう。

 もしくは、腐れ甲冑による生体改造の影響が出てきたのかも知れない。


(マスター)! 父様達が用意した生体改造の術式は完璧です!!』


 腐れ甲冑が、戦闘時以外で久々に出てきた。


 完璧?

 完璧ときたか。

 なら聞くが、秘密裏に余計なものが追加されていて、想定外の影響が出ないと思っているのか?


『そ、それは……』


 早く答えろ。


『……』


 だんまりか。

 だが、これでハッキリした。

 確実に……何らかの影響は出ているらしいな。

 具体的にどんな影響が出ているかは分かっていないみたいだが。

 あの謎の声が言っていた、無茶な生体改造をされているというのは本当らしい。

 まあいい。

 本当は良くないがな。

 俺ではどうしようもない以上、この事を考えるのは時間の無駄だ。

 まあ、これで腐れ甲冑も暫くは大人しくなるだろう。

 最も、謎の声のお蔭で当面は生体改造の影響を考えなくていい筈だ。

 タケミカヅチ様の期待に応える為にも、修行に励もう。


 ここでの事を管理者に報告する為、通信出来る所を探しながら戻って行った。



『……聞こえる? 聞こえるかしら? 聞こえていたら返事しなさい!』


 唐突に入ってきた、管理者からの通信。

 ようやく、妨害範囲を抜けたらしい。

 だが、何故腐れ甲冑が応答しないんだ?

 あまり気が進まないが、仕方無い。

 俺が出るしかないか。


「……聞こえている」


『それなら、直ぐ返事しなさい! 急に監視や通信が出来なくなって、心配したのよ!』


 大音量の怒鳴り声が耳に響く。


 この分だと、相当お怒りの様だ。

 腐れ甲冑め。

 これを察して、俺に管理者の相手を押し付けやがったのか。


「仕方無いだろう。確認しに行ったら、“行き遅れかけ”の女魔族に待ち伏せされた上で襲撃されたんだ。結界か何かで通信が妨害されていて、ようやく妨害範囲から出た所だ」


『こちらからの通信に出なかった理由は分かったわ。それは仕方無いとして……その“行き遅れかけ”の女魔族はどうしたのかしら?』


 俺の説明に納得したらしい。

 だが、“行き遅れかけ”の事を口にした途端、管理者の声が冷たいものに変わった。


「“行き遅れかけ”か? 返り討ちにした。心臓をぶち抜いて、更に首も斬り落としたんだがな。死ななかった上、“くっころさん”になった」


 あれだけやっても死なないとは。

 幾ら魔族とは言え、理不尽にも程がある。

 その時の事を思い出すと、また腹がたってきた。


『……』


 俺の説明を聞いて呆れたのだろう。

 管理者が無言になった……


『貴方ね、何私の仕事増やしてくれてるのよ!』


 ……訳では無く、怒りで震えていただけらしい。

 その証拠に、怒りに満ち溢れたこれまでに無い大声が俺の耳を撃つ。

 当然、相応の痛みを味わった。


「……あんたの仕事を増やした覚えは無いが?」


『貴方、さっき“くっころさん”を増やしたと言ったでしょ! 貴方が“くっころさん”を増やす度に、貴方の“くっころさん”関係の仕事が雪だるま式に増えるの。それを、私が全部片付けているのよ!』


 俺の“くっころさん”関係?

 ……思い出した。

 街に連れ帰る訳にいかないから、管理者に押し付けたのだった。

 まあ、ダンジョンに入った時に人の両膝を砕いてくれた報復としては丁度いいか。

 しっかり働いてくれ。


『な・に・が・しっかり働いてくれなのかしら? ふざけた事言ってくれるわね』


 何故、思った事が管理者にバレている?


『何、馬鹿な事言ってるの。しっかり口にしてたわ! ……私ね、貴方にはお仕置きが必要だと思うの』


 管理者の声が、再び冷たいものに変わっていく。


 嫌な予感がする。

 それも、生存本能が激しく警鐘を鳴らす程の。


『だから……モンスター氾濫が片付いたら、貴方にお仕置きするから。今から首を洗って待っていなさい!』


「……」


 ダンジョン内にいるのに、どうやって首を洗えと言うのか。

 やはり、管理者は胸ばかりで、頭には全く栄養が回っていないらしい。


『何か言いたい事があるみたいだけど、お仕置きは決定事項よ。私……私達から逃げられると思わないでね。絶対に逃がさないから!』


 思考は読まれて無い様だ。

 だが、お仕置きが決定事項だと!?

 逃げようにも、私達と言っている以上、追いかけて来るのは管理者だけではない。

 今の俺では、複数の魔族から逃げ切るのは不可能。

 不愉快だが、管理者にお仕置きされるしかないらしいな。


 今回のモンスター氾濫が片付いた後、俺は管理者にお仕置きされる事が確定した。


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