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第九話 射撃訓練場

 薄暗く埃っぽい通路。

 来た道を戻り、魔法訓練場から総合訓練場に向かう。

 通路の行き止まりに扉があり、その直ぐ上には“総合訓練場”と表示された看板が取り付けられている。

 魔法訓練場と違い、埃を被っていない扉を開けて総合訓練場に入った。

 扉を開けた瞬間、差し込む光の眩さに目が眩む。

 目が明るさに慣れるまで待ち、奥に進んで行く。

 

 総合訓練場は壁により真ん中で二つに分けられていた。

 看板によると、右が射撃訓練場、左が武闘訓練場らしい。

 どちらから行くか。

 そう考えていると、背後から声を掛けられた。

 

「アルテスさん、どうされました?」

 

 声のした方に振り返って見ると、受付の方で書類を運んでいた筈のイリアが立っている。

 

「イリアさん、何故ここに? 仕事は大丈夫ですか?」

 

 彼女は仕事熱心なので、仕事を放り出してこんな所にくる筈が無い。

 それが不思議だったので、理由を彼女に確認する。

「御心配なく。仕事は終わっています」

 

「終わっているって……」

 

「現在、私が管理官として受け持っている探索者は貴方だけです。その貴方についても、今のところ出来る事が全くありません。つまり、基本的に暇なので他の部署の手伝いをしていただけです」

 

 受け持ちが俺だけって……。

 この街に居る探索者の数は多い。

 それなのに、俺一人しか担当していないのはおかしい。

 彼女に助言してもらったのは二回だけだが、内容はその時の俺にとっては的確な物だった。

 何が原因かは不明だが、俺が気にする事ではないだろう。

 

「昨日の今日で訓練場を利用する。もしかしたら、昨日見せていただいた古代文字の技能書を使って得た技能を試されるのかと思いまして。何の技能書だったか興味がありましたので、見に来ました」

 

 まあ、あの技能書は誰が見ても怪しげな代物だ。

 彼女が興味を持ってもおかしくはない。

 俺でも他人事なら興味を持つだろう。

 

「ご想像の通り、例の技能書を使って得た技能と魔法を試しにね。得る代償として、酷い目に遇ったけど」

 

「やっぱり。で、何の技能書だったのですか?」

 

 興味津々な様子で彼女は目を輝かせて聞いてきたが、酷い目にあった事は無視された。

 お返しに全く教えないというのもいいだろう。

 だが、しつこく聞かれても時間の無駄なので、神が著者という事は隠した上で簡単に説明することにした。

 

「簡単に言うと、気闘法と魔法の技能書。その全てを網羅した大全だ。使用者の技量に応じて使えるものが増えていくらしい。ただ使用しただけでは意味の無いシロモノだった」

 

「それは……つまり、自分で練習して腕を磨いて使えるものを増やせってことですよね?」

 

 一瞬だけ呆れた表情をしたイリアだったが、俺が手に入れた技能書がどんな物か理解した様だ。

 

「そういうこと。昨日も言ったけど防具が全損して、二、三日はダンジョンに潜れないから、技能書で得た技能を使える様に練習しにね」

 

 溜め息をついてから、続ける。

 

「魔法が使える様になった事は、さっき魔法訓練場で確認した。後は単体攻撃魔法と付与魔法を試したいんだが、先にどっちを試すかで悩んでいた」

 

「攻撃魔法は射撃訓練場で、付与魔法は武闘訓練場です。大体の人は、魔法と言えば攻撃魔法というイメージを持っていますね。見た目も派手ですから」

 

 防御系の魔法は地味だったのか。

 初めて使った魔法がカオス・シールドの俺は一体……。

 過ぎた事を気にしても仕方ない。

 ショックで落ち込んでいる事を顔に出さないよう努力し、話の流れに合うだろう事を提案する。

 

「なら、攻撃魔法から試そうか」

 

「そうですね。その方が魔法の属性も判りやすいですし」

 

 精神的に大ダメージを負ったが、さっきまで悩んでいたのが嘘の様にどうするか決まっている。

 調子良く事が進んでいる内に、やることをやっておこう。

 右の射撃訓練場に向け、歩き始めた。

 イリアが俺の後を着いて来る。

 本当に暇のようだ。給料泥棒と言われ無ければ良いが、俺が心配する必要は無いだろう。

 俺の助けになるならどうなろうが知ったことではない。

 そんなことを考えながら歩いているうちに射撃訓練場に着いた。

 

 

「ここが射撃訓練場か」

 

 そう呟きつつ、辺りを見渡す。

 そこそこ広いスペース。

 奥側には壁面に沿うように、半透明の緑色の人型をした何かが十数体並んでいる。

 手前側の地面には、黒のラインが奥の壁面と平行になるように引かれている。

 

「何だアレ?」

 

 奥側の半透明の緑色の人型をした何かを見つめながら、後ろに着いてきているイリアに間の抜けた声で尋ねる。

 

「あの緑色のは、的用に造られたスライムです。攻撃してきませんし、穴が開いても直ぐに元に戻りますので、私の昇進が早まる様に必死に訓練してくださいね♪」

 

 俺の問いかけに嬉しそうに答えてくれたイリアだが、その内容はどこかおかしい。

 なので、その内容について考える。

 最初は普通の説明、途中もおかしくない。

 ――私の昇進が早まる様に――

 これだ。

 俺が必死に訓練して、何故彼女の昇進が早まるのだろう?

 訳が分からないので、本人に聞いてみる。

 

「質問なんだが、俺が必死に訓練すると何故貴女の昇進が早まるんだ?」

 

「それは……アルテスさんが強くなって迷宮で稼げば稼ぐ程、管理官としての私の評価が上がり能力があると認められます。そうすれば昇進も早まるの」

 

 成る程。俺が稼げば彼女の評価も上がり、昇進するって事か。

 

「私が昇進すれば、貴方にもメリットがあるわ。今の貴方では無理だけど、ギルドが色々優遇してくれる様になります」

 

 色々優遇される様になるのは有り難いが、そうなるまでが大変そうだ。実際そうなるかは分からんが。

 

「まあ、デメリットも有ります。迷宮内で他の管理官が管理している探索者に襲撃されたりとか」

 

 当然だが、やはりデメリットがあるのか。

 というか、デメリットとしては大き過ぎるぞ。

 

「管理官同士の仲が悪い場合ですね。因みに私にも事実上敵対している管理官がいますし、もう手遅れだから♪ 昨日の換金で、貴方は目を付けられてしまいました。ソロの探索者が半日で三十万ジール以上稼いだら当然ですね。死にたくなかったら、強くなって襲撃者達を返り討ちにするしかありませんわ。頑張ってくださいね♪」

 

 聞かなければ良かった。

 昨日から厄続きだが、これは極めつけだ。

 だが、見方を変えればこれはこれで悪くは無いのかもしれない。

 命懸けにはなるが、身に付けた技術を試す的に困らないだろう。

 また、襲撃者を返り討ちにして、持ち物を迷惑料として貰っても問題ない筈だ。

 良い方向に考えると、何も問題ない様に思えてくる。

 

「イリアさん、今後も貴女のサポートを当てに出来るのか? ついでに言っておきますが、自分から仕掛ける積りは無いですよ」

 

 他の探索者と殺り合う事になっても問題無いと判断して、イリアに今後の事を確認する。

 

「サポートについては心配しないで下さい。これまで以上のサポートを約束しますわ。他の探索者との戦闘はあくまで自衛のみ。殺してしまっても構いませんが、こちらから仕掛ける必要はありません。無意味に敵を作る必要は無いし、襲われた側という立場を前面に出せば、相手も強く出られませんから」

 

 俺の言葉に込めた内容に気付いたイリアは、仕事中は見せないだろう悪意ある笑顔で後始末の事まで答える。

 彼女の本性を見た気がした。

 直感が、彼女と深く関わらない方がいいと訴える。

 だが、表面上問題の無い管理官を代える事は不可能。

 探索者と管理官。深入りしない様気を付けながら、この関係を維持するしかないだろう。

 とりあえず、これからも生きていくためには強くなるしかない。

 

「わかった。今後は他の探索者と戦闘に成ることも考慮する。これでこの話は終わりだ。所で、攻撃魔法はあのスライムに放てば良いのか?」

 

 言葉使いが雑になっているが仕方ない。見たくもなかったギルドの闇の一部を垣間見てしまい、気分が良くないのだから。半ば強制的に話を終わらせ、此所に来た目的を果たす事にする。

 

「そうですね。マナポーションを十本用意していますので、満足するまで練習して下さい」

 

 そう言いつつマナポーションを差し出してくる。

 

「用意がいいな」

 

 呆れつつもマナポーションを受け取り、腰のポーチに入れていく。

 

「昨日貴方がギルドを出た後、遂に宣戦布告されたの。で、終業後に慌てて買いに行きましたから。早ければ、次に迷宮に入った時に襲撃される可能性があります。簡単に死なれては私も困ります」

 

 笑えない理由だ。しかも襲撃予告付き。

 だが、今後のサポートについては何の問題も無いはず。

 その点は信用出来そうだ。

 時間は限られているが、彼女の言う通り納得するまで訓練しておいた方がいいだろう。

 的のスライムに向き直り、瞼を閉じる。

 初めて攻撃魔法を使う事に対して緊張し、不安を感じてしまう。

 深呼吸をして心を落ち着かせ、瞼を開く。

 右手を的のスライムに向け、俺が唯一使える攻撃魔法――カオス・ボルトを無詠唱、魔法名も唱えずに発動。

 魔法の発動と共に体内のマナ――感覚的に二割ほど――の喪失を感じた。

 右手から放たれた虹色に輝く光が、的のスライムに向かって伸びる。

 光はスライムを貫通し、壁に衝突。

 衝突した部分を中心に虹色の光が広がり、消えていく。

 スライムに空いた穴は、イリアが言っていた通り塞がりつつあるが、壁面には掠り傷すらついていない。

 掠り傷すらついていない壁について聞く為、後にいるイリアに向き直る。

 口を開こうとした所で、

 

「何なの、あの魔法は? それに無音発動だなんて……」


 彼女は呆然として呟いていた。

 魔法についてはともかく、無音詠唱で驚いている様だ。

 そんなに凄い事なのだろうか?

 魔法初心者の俺にはよく分からない。

 心がどこかに飛んで行っている状態だと話が進まないので、肩を軽く叩きこちらに呼び戻す。

 

「……はっ、私は一体? それよりもアレは何ですか!? 見たこともない魔法に、無音発動なんて達人級の技術、何で魔法を使えるようになったばかりの貴方に使えるのですか!?」

 

 こちらに帰って来た途端、捲し立てられた。

 至近距離だった為、文字通りの意味で耳が痛い。

 駄目神の事以外なら、答えても問題無いだろう。

 答えられる事だけ答えることにする。

 

「どういう魔法かは黙秘で。知らない方がいいことも多々ありますよ。“好奇心、猫を殺す”って言いますし。無音発動と言うのがよく分からないが出来たということで納得してください」

 真実と嘘、ささやかな脅しを交ぜて答える。

 残念な駄目神の事を話したくないので、これで納得してもらおう。

 知りたくもなかったギルド内部の闇の一端を知らされたお返しでもある。

 これ以上追及されないよう、話題を変える。

 

「それよりも、あの壁はどうなっている。魔法が直撃したのに無傷なんだが……」

 

「アルテスさんは、ここを利用するのは初めてでしたね。総合訓練場の壁には、上級の魔法吸収と防護の付与魔法陣が刻まれています。その為、魔法も物理攻撃でも傷付く事はありません」

 

 なるほど。便利だが金が掛かってそうだ。

 

「因みに攻撃魔法が壁に衝突した際に壁が一瞬光ったのは、魔法吸収の効果です。ですが、初級レベルの魔法で光る事はあり得ません。中級レベル以上でしか起こらない現象です。つまり、先程使った魔法の威力は中級レベルということになります」

 

 俺が習得した魔法について、もう聞かない様にしてくれるのはありがたい。

 イリアの説明のおかげで、混沌魔法と他の属性魔法の威力の違いは判った。

 後は、俺が魔法を使いこなせる様に成ればいいだけの話だろう。

 

「とりあえず、少しでも上手く使える様に特訓ですね。先程渡したマナポーションを使いきるまで頑張ってください」

 

 カオス・ボルトの確認を終え、武闘訓練場へ移動しようとした俺の左肩をイリアが掴む。

 見た目からは想像出来ない力強さで、左肩の骨が軋む。

 

「くっ」

 

 左肩の痛みに呻きつつイリアのいる方に振り向く。

 彼女は、にこやかな表情をしていたが目は笑っていない。

 背後には、両手で反りのある剣を構えた恐ろしい顔つきの鬼女が屹立している。

 その恐怖に拒否する事を諦め、的に向き直る。

 そして、マナポーションを十本使い切るまでカオス・ボルトを放ち続けるのだった。

 

 

 

 

 女を敵に回すな。敵に回したらロクな事にならない。

 

 俺の魂に、この教訓が恐怖と共に刻み込まれた。


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