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第八十五話 起床

「グアアアアァァァァッ!?」


 全身に走った、突然の激痛に耐えられずに思わず絶叫。

 自ら上げた叫び声で、目を覚ます。


「何だったんだ……あの激痛は……」


 身体を起こしながら、俺を目覚めさせた激痛について呟く。


『あの痛みは、本来人が生まれる際に感じる最初の感覚。赤子が生まれた際に泣くのは、それが原因である』


 不意に、脳裡に浮かび上がってきた情報。

 おそらく、“混沌魔法大全 完全版”により刻み込まれた知識だろう。

 そもそも、俺はそんな事を知らない。


「ここは何処だ?」


 拘束され、簔虫の様に吊るされた挙げ句、淫乱メイドによってふざけた死に方をして冥界に逝った。

 そして……冥界から帰る時に意識を失って……。

 どうやら……俺は生き返ったらしい。

 死ぬ直前の記憶では吊るされていた筈だが、何故寝台に転がっていたのか。

 多分、冥界に行っている間に拘束を解かれた上で寝かされていたのだろう。


 まず目に映ったのは、簡素な木製の扉。

 視線を動かし、周囲を確認する。

 簡素な壁面に机。

 扉の反対側には両開きの窓。

 安宿の部屋の様だ。

 唯一違うのは、きれいに清掃されていて清潔だということ。

 窓から窺える外は、闇に覆われ、満月と星が輝いている。


 死んでから何日経っているか分からないが、夜の様だ。


 立ち上がり、軽く身体を動かして状態を確認。


 動作には、何の問題も無い。

 だが、若干だるさを覚える。

 短期間に、三度も生死を繰り返したからだろうか。

 そして……空腹感。

 そう言えば、最後に飯を食ったのは何時だったか。

 記憶を辿る。

 たしか……モンスター氾濫前の晩だったな。

 その後、深夜徘徊してたらモンスターがダンジョンから出てくるのを発見。

 戦闘しては死にを、二回繰り返したのか。

 そう言えば、俺は何日飯を食って無いんだ?


『お目覚めになりましたかマスター。自ら魂の緒を切って冥界に逝くなんて。一体、何を考えているのですか!』


 腐れ甲冑か。

 知っていて、あえて聞くのか?

 仕方無い……言ってやるか。

 お前の呪縛を断ち切り、人として死ぬ為だ。


『……』


 何故、黙る?

 取り敢えず、お前……いやお前を造った連中のお望み通り帰ってきたぞ。

 文句無いだろう。

 折角の機会だったが、冥界の神に阻止された挙げ句、二度と冥界の入口にすら近付けなくされたらしいが。

 新しい手段を見つけ、人で無くなる前に必ず冥界に逝く。


『……三柱の女神に暴言を吐き、悪い意味で神々に目を付けられたマスターの望みが叶う事はありません。諦めて下さい』


 一度逝った以上、また逝ける筈。

 諦めてたまるか。


『……(冥界の神に施された、マスターの記憶改竄は問題無い様ですね)』


 これ以上、腐れ甲冑の相手をしている暇は無い。

 一度食事の事を考えたからか、空腹感が次第に増していくのを感じる。

 携帯食は魔法倉庫に入れてあるが、食べる気にならない。

 あれは、ダンジョンをさ迷っている時に仕方無く食うものだ。

 誰かが食事を持ってくるのを待っている余裕はない。

 急いで、何か食いに行かなければ。


 何日振りか分からない食事を確保する為、部屋を後にした。



 木製の扉を軋む音を聞きながら開け、廊下に出る。

 壁の壁面に設置されている照明により、廊下は左右に伸びている。

 右側は特に変わった所は無い。

 左側は、隣の部屋の扉は無く、その向かいの壁は破壊され大穴が空いている。


 何か……見覚えがある壊れ方だな。

 何時だったか?

 ……思い出した。

 毒入りの飯を食わせてくれた礼に、ブレイクナックルを撃ち込んだな。

 それが勢い余って、扉と壁を破壊したのだった。

 扉と壁の修理代を払わなくて済んだのと、色々あって記憶の片隅にすら残っていなかったか。

 ……と言う事は、ここはギルドの様だ。

 左側に行けば、何とか飯にありつけるだろう。


 照明に照らされている廊下を左に進んで行った。



 受付の広間に近付いていくにつれ、業務を停止している筈が普段以上に騒がしい様子が伝わってくる。


 何があった?

 行ってみれば分かるだろう。


 下手に考えるより、見た方が早い。


 そう判断し、先に進んでいった。


 受付の広間に入る。

 まず目に映るのは、足の踏み場も無いほど床一面に寝かされた多数の怪我人。

 それを治療している神官や医者。

 天井付近には、髑髏の仮面をつけ大鎌を手にした黒いローブを纏ったものが、多数浮かんでいる。

 それらは、怪我人から浮いてきた光球に繋がっている緒を手にした大鎌で切ると、光球を連れてこの場を離れていく。


「死神が見えてるのか……ここは、奴らの魂の狩場みたいだな」


 腐れ甲冑――正確には腐れ甲冑を造った連中――に造り変えられたこの身体。

 死神や幽霊が見える様になろうが、今更驚きはしない。

 何故見える様になったのかは、考えるだけ時間の無駄だ。

 その事実だけを受け入れよう。

 飯を確保し、空腹を満たす方が先だ。


 寝かされている怪我人を踏まない様に注意しながら、出入口に向かう。

 俺が踏んづけたせいで死んだら後味が悪い。

 途中、神官や医者が必死に治療しているが、その甲斐も無く死んでいく光景をあちこちで見かける。


 ここに運び込まれている奴の大半が、冥界に逝っている気がしてならないが。

 それを場の空気を読まずに口にするほど、俺も無神経ではない。

 どうやら、モンスターの氾濫はまだ終わっていない様だ。

 何度も死んで、ある程度片付けたと言うのに。

 他の連中は何をやっている。

 この分だと、また無茶をしなければならないらしい。

 正確には、ギルド長にやらされるのだが。


「そこの君、この遺体を訓練場の遺体安置所まで運んでくれ」


 背後から掛けられた、男の声。


「急いでいるんだ。手の空いている他の奴に頼むんだな」


 悪いが、遺体運びに付き合っている暇は無い。

 早く飯を食ってから、氾濫しているモンスターを倒さなければ。


 振り返らずにそう言い放ち、先に進む。


「待て。ここにいるのなら私の指示に従え」


 さっきの声の奴が追い掛けて来た様だ。

 これはまた、偉そうな奴だな。

 声から判断すると、俺と同じぐらいか。

 関わると面倒そうだが、仕方無い。


「俺は怪我で転がっている奴らと同じ探索者だ。あんたの相手をしている暇は無い。俺の相手をするより、怪我人の治療をしろ。天井辺りに死神がうようよしている。早くしないと、全員あの世行きだ」


 足を止めて左手の紋様を見せながら、そう言い放つと再び歩き出す。


 これ以上、こいつの相手をする気は無い。

 しつこく付きまとってくる様なら、怪我人より先に冥界に送ってやろう。


 歩きながら、武具を装備。


 腐れ甲冑、ブレイクナックル、バスタードソード。

 取り敢えず……これぐらいでいいだろう。


 装備した武具の具合を確認しながらギルドを出た。



 寝かされていた部屋の窓から確認していたが、空には満月と星が輝いていた。

 ダンジョンの方を見やる。

 入口前の広場には多数の篝火が置かれ、辺りを煌々と照らす。

 ダンジョンの入口から、肩に担がれたり担架に載せられた怪我人が運び出されていく。

 広場の入口近くでは、肩に担がれて運び出された怪我人が治療を受けている。

 担架で運び出された怪我人は、そのままこちらに運ばれて来た。


 おそらく、ギルドで治療を受けるのだろう。


 道路を渡り、ダンジョン前の広場に入る。

 前に見た時は、構築中だったバリケードによる防御陣地が完成していた。

 だが、陣地に人気ひとけは無い。

 ダンジョンの入口からは、微かに戦闘中らしき音が聞こえてくる。

 今の所は、ダンジョン内で迎撃出来ているらしい。

 俺が窓を破壊した警備員詰所は、窓があった所から明かりが洩れている。


 誰かいるのだろう。

 飯にありつけるかもしれない。

 駄目でも、どこで食えるか分かるだろう。

 取り敢えず、行ってみるか。



 詰所の扉を開き、中に入る。

 中央に置かれたテーブル。

 その上には地図らしき羊皮紙が広げられ、数人のどこかで見覚えのある者達が周りを囲んで議論している。

 その内の一人が俺に気付いて、こちらに向かってきた。


「おはよう、アルテス君。ようやく起きたのか」


 ギルド長か。

 ……と言うことは、他のここにいる奴らはギルドの幹部達の様だ。

 てっきり、ギルドの奥でふんぞり返っているとばかり思っていたが。

 まさか、現場に出張っているとは。


「何か、失礼な事を考えていないかね?」


「いや……別に。それより、俺が死んでからどれ位経った? それと、飯はどこで食える」


 誤魔化す様に、捲し立てる。


「まあいい。確か……五時間ぐらいかな。君が冥界に行ってから、ここに来るまでだが。食事は入口横に弁当が積まれているから、それを食べたまえ」


 俺の様子に呆れたのだろう。

 ギルド長は苦笑しながら、俺の問いにあっさりと答えた。

 テーブルを囲んでいるギルド幹部達も、こちらを見ないようにして肩を震わせて笑っている。


 不快さを無視して、ギルド長の言葉が本当か左右を確認しておく。

 何が入っているか分からないが、食べ物が入っている紙袋と水筒。

 紙袋の中身は、食べやすいものだろう。

 それらが、左右に置かれている手押し車に満載されている。


 これだけ沢山あるなら、ある程度持っていっても構わないだろう。


 そう判断し、紙袋を十袋と水筒を十本程、魔法倉庫へ放り込んでいく。

 それから、直ぐ食べる分として紙袋一袋と水筒一本を手にして詰所から出る……


「何処にいくのかね、アルテス君?」


 ……筈が、ギルド長に襟首を掴まれる。


 何故、逃がさない為に毎回襟首を掴む。


「モンスターの迎撃だが? 一人でも頭数が多い方がいいだろう」


「君にしては、珍しく殊勝な行動だね。だが、今の状況を知ってからで構わないよ。臨時とは言え、君は処刑執行者イレイザー。一応はギルドの職員扱いだから、現状の説明を聞いてもらうよ」


 現状など、知る必要は無い。

 俺に出来るのは、目の前の敵を倒す事だけなのだから。

 それに、処刑執行者イレイザーが、ギルドの職員だったとは。

 知らなくてもいい事を、また知ってしまった。


「説明など必要無い。時間の無駄だ」


 さっさとダンジョンに行きたい俺は、説明を拒否する。


「いや、じっくりたっぷり説明させてもらうよ。ダンジョンの管理者と打ち合わせた事もある。それで、君には色々と動いてもらう予定になっている」


 ギルド長は、俺の拒絶を無視して話を続ける。


 打ち合わせだと?

 俺が冥界に向かっている間に、管理者とギルド長は一体何を決めた?

 関わって、碌な事にならなかった奴二人が組んでいる。

 俺にとって、碌な事でないのは確かだ。

 何とか逃げなければ。


「ここに来るまでに見掛けたが、怪我人だらけだった。ギルドの方も、治療が間に合わなくて死人だらけだ。この調子だと、グランディアの探索者は全滅するぞ」


 俺は、他人がいくら死のうがどうでもいい。


 見た事と思ってもいない事を交えて話し、何とか逃げようと試みた。


「最悪、このグランディアが滅びなければ構わないよ。ここで死ぬなら、彼らはそれまでだったと言う事だ」


 いくら死のうが構わない。

 そう言い切った事に驚く。


「こちらで説明しようか」

 ギルド長の言葉に驚いたままの俺は、そのまま引き摺られていった。


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