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第八十二話 あの世への旅立ち

 焼けつく様な身体の熱さ。

 それを感じて、目が覚める。


「ここは……?」


 辺りを見回す。

 落ち着いた装飾が施された室内。

 見える範囲に人はいない。

 正面には応接用らしき、テーブルとソファーが見える。

 テーブルの上には、先程まで話をしていたのだろう。

 飲み物入りのカップが二つ、対面する様に置かれている。


 どうやら、ここは何処かの応接室の様だ。


 身体の状態を確認する。

 見える範囲では眠る前と変わらず、身体が鈍色の何かに拘束されたまま。

 まだ、吊り下げられているらしい。

 今気付いたが、蓑虫の様だな。

 それは、置いておくとして。

 頭を反らして上を見上げれば、鈍色の円盤みたいなものが浮かんでいた。

 そこから、鈍色の線が下に伸びている。

 どうやら、俺はこの線で吊るされている様だ。

 首から下は全く動かない。

 だが、感覚は戻っている様だ。

 そうでなければ、今も感じ続けている身体の熱さを説明出来ない。

 それに、全身に痛みが無くなっている。

 どういう事だ?


『現在、マスターの身体は、原因不明ですが再構築の最中です。その為、身体が異常に発熱している状態になっています。一応、戦闘さえしなければ何の問題無い状態まで回復してます。私は何もしていませんので、その点はお忘れなく。身体が動かないのは、拘束されている為です』


 俺を蓑虫の様にしているこの拘束具を解けば、動けるという事か。


『残念ですが、自力での解除は不可能です。大人しくした方が身の為ですが……』


 動けるなら、何時までもこんな状態(蓑虫)でいる気は無い。

 錬気して循環する気の量を上げ、身体を強化。

 力ずくで拘束具を解除しに掛かる。


「クッ。この程度では無理か……」


 引き千切ろうとしたが、僅かな隙間すら出来ない。


 限界まで錬気して、もう一度だ。


「ハアァァァァァ!」


 再び錬気して、発生する気の量を限界まで引き上げる。

 更に気を練り上げ、その質を限界まで上げつつ循環させていく。

 時間を掛けて高めた気の力をもって、再度俺を蓑虫の様に吊るしている拘束具の解除に掛かった。


「ぐ……ぐぐ……」


 無理矢理拘束を解こうと、引き千切ろうと四肢を動かす。

 だが、前回同様全く身動き出来なかった。


「ハァ……ハァ……引き千切るのは無理か……」


 結局、力ずくで拘束を解くのは無理だと分かっただけか。

 これは、管理者に解除させるしかない様だな。

 錬気と循環の練習が出来たと思う事にする。

 そう思わなければ、やってられない。


「さて、どうするか……」


 このまま、蓑虫みたいに吊るされているままというのも芸が無さ過ぎる。

 と言うより、暇だ。

 錬気と循環の練習をしたから、放出の練習もしておこうか。

 どうせ吊るされているので、線の長さ以上に動く事は無いだろう。


 気を左肩から後ろに放出する。

 ゆっくりと、身体が右向きに回転していった。

 それにつれ、目に映る室内の光景が左に流れていく。

 扉が正面になった所で、右肩から後ろに気を放出して回転を止めた。


 背中から気を放出。

 身体が、扉に向かって前進していく。

 線の長さ故、直ぐに前進出来なくなると思ったが、そのまま扉の前まで進んでいった。


「取っ手を何とか出来たらな……」


 拘束されている状態では、扉を開く事は出来ない。

 このまま(蓑虫)でも移動出来ると分かると、外に出たくなってきた。


「ぶち破るか……」


 扉を破壊する事になるが、仕方無い。

 扉を見ると、豪華な装飾が施されている。

 結構、高価そうだな。

 後で弁償しろと言われるのも面倒だ。

 扉をぶち破ってこの部屋から出るのは止めておこう。


 拘束具を引っ張りながら、室内を縦横無尽に移動し始める。

 調度品に接触しない様に注意しながら、細かく向きを変えたり横滑りしたりして動く。

 動いている内に、何故か楽しくなっていった。


 これは……子供の頃感じた、出来なかった事が出来るようになった時の嬉しさ。

 まさか、昔の事を思い出しかけているのか。

 記憶の底に沈め、二度と思い出すつもりも無かった思い出を。

 あの日、それまでの全てと共に捨て去った俺には不要な物。

 今一度……いや、もう二度と出てこない様、完全に消し去らねば。

 だが、今の所、そう都合良く記憶を消す方法に心当たりは無い。

 取り敢えず、記憶の底に沈めておくか。

 何時の日か……必ず消し去ってやる。



 捨て去った筈の過去の記憶を押さえ込んだ後、練習を再開する。

 思い通りに行き過ぎて、調子に乗っていたのだろう。

 しばらく続けている内に、気の制御を失敗した。


「あ……不味い!?」


 頭から、勢いよく扉に激突していく。

 激しい音を立てて、扉を押し破る。

 そのままの勢いで、再び激しい音を立てて壁に激突してようやく止まった。


「痛っ……失敗したな」


 頭の痛みに顔をしかめながら、調子に乗っていた事を反省する。

 練習でこれでは、戦闘で使うのはまだ無理の様だ。

 だが、思い通りに動ける様になれば、確実に戦闘の幅が広がる筈。


 思い浮かぶだけでも、色々出てくるな。

 その実現にはまだ程遠いが。

 もっと気の制御力を上げなければ。



「何をやっているのですか……」


 背後から聞こえた、呆れ交じりの聞き覚えがある女の声。

 吊り下げられたままの俺の向きを変えようとするのか、右肩に手を置いた。

 そのまま腕を引き、俺の向きを変える。

 腕を引く力が強かったのだろう。

 俺の身体は向きを変えるだけに留まらず、回転し始めた。

 視界に映る光景が、右から左へ高速で流れて行く。

 その最中で一瞬見えた、俺を回転させた犯人の姿。

 それは、管理者の淫乱メイドだった。


「これは……失敗しましたか」


 呑気に言ってくれるな。

 それに、いい加減目が回ってきた。


「さっさと止めろ! この淫乱メイド!」


「……目を回して大人しくしていただいていた方が、運ぶ時静かそうですね。しばらく、そのまま回っていてください」


 その言葉と共に、俺に更なる回転を加えていく。


「ふ……ざ……け……る……な!」


 目の前の光景の移り変わる速度が更に上がった。

 回転を止める様に気を放出するが焼け石に水。

 淫乱メイドが回転を掛け続けている為、回転速度が上がり続けていた。

 回転させ続けられている所為か、次第に意識が遠くなっていく。

 目の前が真っ白になった途端、強い衝撃と共に飛ばされた様な感じを受ける。

 それで、失いかけた意識を取り戻す。


「ここは……」


 目の前には通路が伸びている。

 右側には、開け放たれた扉。

 メイド服を着た女が、鈍色の円盤に吊り下げられた何かを回転させながら移動しているのが見える。


 あのメイド服の女は、淫乱メイドの筈。

 おそらく、吊り下げられているのは俺なのだろうな。

 だが……俺はここにいる。

 どうなっている?


「貴方は死んでいます」


 俺の疑問に答える様に、背後から掛けられた声。

 振り返り、声の主を確認する。

 漆黒のローブを纏い、柄の長い鎌を手にしている。

 顔には、髑髏どくろを象った仮面。

 もしかして、こいつは死神というやつなのだろうか。


「死んだ? 俺は死んだのか……」


 実感は無いが、確かに死んでいるのだろうな。

 吊り下げられている俺を、ぷかぷか浮かびながら見ているのだから。


「はい。あんな死に方をした人は、貴方が初めてです」


 呆れた感じの声。


「そうか……本当に、俺は死んだんだな。まあ、それはいいとして。あんたは何者だ?」


「私は死神。貴方の魂を迎えに来ました」


 本当に死神だったとは。

 それが迎えに来たという事は……このままあの世に逝けば、腐れ甲冑との繋がりが完全に切れる筈。

 なら、答えは決まっている。

 この機会を逃す訳にはいかない。

 さっさとあの世に行き、腐れ甲冑との繋がりを完全に断ち切るだけだ。


「なら、さっさと行こうか」


「えっ!? いいのですか?」


 あの世行きを催促したら驚かれるとは。


「何故、驚く? 幾らごねても、生き返る訳では無いだろ。なら、さっさと行くに限る。未練があっても諦めがつくからな」


「確かにその通りなのですが……。殆んどの方は自分が死んだ事を認められず、未練がましくごねられますので……」


「俺にだって……未練はある。だが、死んでしまった以上どうする事も出来ない。ごね出す前に、さっさとあの世に連れて行け」


「……分かりました。自ら冥界に連れて行けと言うとは。貴方は変わった方ですね」


 死神はそう言うと、手にしている鎌を俺の足の下に向けて薙ぐ様に振るう。

 振るわれた鎌は、足の下に達した所で動きが止まった。


「そんな!? 魂の緒が、死神のデスサイズで切れないなんて……」


 魂の緒?

 何だそれは。


 浮かんだ疑問をそのまま口にする。


「魂の緒とは、簡単に言うと魂と肉体を繋ぐものです。死者を冥界に連れていく際、死神の鎌で魂の緒を断ち切り肉体と魂を分かつのですが……何故魂の緒が切れないの!?」


 落ち着きかけた死神が、いきなり叫び出す。


 死神の話からすると、魂の緒を切って魂と肉体を分けないと、俺はあの世に行けないらしい。


「その鎌を俺に貸せ。俺が、自分で魂の緒を切ってやる」


「えっ!?」


 混乱し掛かっている死神から死神の鎌を奪い取り、そのまま足の下に向けて薙ぐ様に振るう。

 だが、死神の時と同様、足の下で何かにぶつかった様に死神の鎌が止まった。

 俺には見えないが、これが魂の緒なのだろう。


 普通に断ち切れないなら、強化するだけだ。

 魂だけの存在になった今の状態で使えるか分からないが、試してみるか。


 エンチャント・カオスのの魔法で死神の鎌を強化。

 同時に、気を込めていく。

 死神の鎌の刃が虹色に輝き、気が込められていくのを感じる。

 混沌魔法も気も使えないかと思っていたが、上手くいった様だ。


 これなら……魂の緒を断ち切れるだろう。


「……」


 何か言いたそうにしている死神が見守る中、死神の鎌を再び魂の緒に降り下ろす。

 虹色に輝く刃が、先程と同じ軌道を描く。


「グッ……」


 虹色の刃が足の下を通過した瞬間、何とも言えない激痛が全身を襲う。

 死神が身動ぎもせずこちらを見ているが、返事をする余裕も無い。

 借り物の死神の鎌を落とさない様に両手で掴む。

 更に、抱え込んで確実にする。

 激痛はしばらく続き、その間は身動きすら出来なかった。


「ハァ……ハァ……返すぞ」


 激痛が治まると直ぐに、死神に借りた死神の鎌を投げ返す。


「えっ!? キャアッ!?」


 投げ返されれとは思って無かったのか。

 死神が慌てて、死神の鎌の柄をつかんでいる。


「これでいいのだろう? そろそろあの世へ行こうか」


「……確かに魂の緒は断ち切られていますね」


 俺の足の下を見ながら、死神が魂の緒の状態を確認している。


「そうですね。では、逝きましょうか」


 その言葉と共に、死神の体が浮き上がっていく。

 天井を突き抜けようとした所で、俺も死神に引っ張られる様に天井を突き抜けた。


 こうして、俺はあの世――冥界へ旅立った。


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