第八十話 鬼女迎撃
「貴様が……我が切り札を倒した男か!」
ファイアリザードを倒し、休息の為に戻る俺の背後から聞こえる、怒りに満ちた絶叫。
関わったら、碌な事にならない。
俺の勘が、そう告げる。
勘に従い、後ろの奴の叫びを無視して歩いていく。
「貴様! 無視するな!」
五月蝿いのを我慢して、無視を続けた。
相手をしたら碌な事にならないのは、幾度もの経験から分かっている。
喚き続けているのを、ひたすら無視し続けた。
唐突に響き渡る金属音。
振り返って、何が起こったか確認する。
見れば、顔を完全に覆う兜に、豪華な装飾が施された全身鎧を纏った者が俺に長剣で斬り掛かっていた。
だが、可変盾に阻まれ、その刃は俺に届かない。
「面倒だ……失せろ!」
攻撃してきた以上、戦わない訳にはいかないか。
気を右拳に集中させ、全身鎧の奴の胸部に武神流気闘法“正拳”を叩き込む。
「ギャフッ!?」
鎧の胸部が、拳の形に凹んでいく。
そのまま続けて、右拳から気を爆発的に放出。
武神流気闘法“爆波”で、そのまま十字路の向こうに吹き飛ばし、壁に叩き付けた。
今気付いたが、奴の声は女の声の様だったが。
まあ、気のせいか。
それに、あれで死んだ筈だ。
もし、奴が女で生きていたとしても、怒り狂っていたから“くっころさん”にならないだろう。
敵は殺す。
だが、“くっころさん”は要らない。
性別が不明な以上、確実に“くっころさん”を増やしてしまう危険は犯せない。
駄女邪神に駄女神共め。
本当に……ふざけた真似をしてくれたよ。
今度俺の前に降臨したら、必ず殺してやる。
態々、生死確認をするのも面倒だ。
奴に背を向け、再び入口前の広間に歩いていく。
「待て! まだ終わっていない!!」
その叫びと共に、背後から強大な力が膨れ上がるのを感じた。
振り返り、十字路の向こうを遠見する。
鬼の形相の女が、赤く長い髪を振り乱しながら、凄まじい勢いでこちらに駆けて来ていた。
「こっち来んな! そいつは、多分魔族だ。お前が逃げたら、街が滅びるだろうが!!」
迫り来る鬼女を見て逃げ出そうとした俺は、バリケードの方から怒鳴り付けれる。
「あんなの相手する気にならない!」
鬼女に指を差しながら、いい放つ。
あれの相手は御免だ。
意地でも逃げさせてもらう。
「お前が怒らせたからだろうが! 責任取って、何とかしろ!」
「知らん! 息の根止められないんだ! これ以上“くっころさん”を増やしたく無い!!」
「それぐらい我慢しろ! ……“くっころさん”だと!?」
「隊長、コントはそれぐらいにして下さい。それより……」
話に割り込んできた警備隊員が、通路の先を示す。
それに釣られて、通路の先を見る。
「逃げるなー!」
怒り狂った鬼女が、目の前に迫っていた。
纏っていた全身鎧の胴体部分は砕け散り、鎧下は剥き出し。
手甲と脚甲は、傷だらけながら原型を留めている。
長剣を翳し、鎧下を押し上げる巨乳を激しく上下に揺らしながらだ。
あれだけやって、まだ生きているのか。
しぶといな。
「仕方無い。やれるか分からんが、止めを刺すか……」
大型パイルバンカーの杭に、エンチャント・カオスの魔法。
更に、気を込めながら大型パイルバンカーを叩き付ける時機を待つ。
「死ね!」
長剣を振り下ろし、斬り掛かる鬼女。
その直後、金属同士の激突音が辺りに響く。
先程同様、再び可変盾に防がれる。
今だ。
「お前が死ね!」
相手したくないのに、しつこい。
その怒りを込めて叫ぶ。
鬼女のがら空きになった胸部に、大型パイルバンカーを叩き付ける。
そのまま作動ボタンを押し、虹色に輝く杭を打ち込む。
それに合わせ、気を放出。
辺りに響く爆発音。
「ギャアアアァァッ!」
爆発音に紛れ、辛うじて聞こえた鬼女の悲鳴。
だが、虹色に輝く杭は鬼女を貫けない。
衝撃と放たれた気が、着ていた鎧下を布片に変えたものの、鬼女を壁に叩き付けるだけに終わった。
「チッ……あれでも駄目か」
壁に叩き付けられた鬼女は、口から大量の血を吐きながら崩れ落ちていく。
大型パイルバンカーの杭は、何かで防がれた様だ。
その何かは分からない。
だが、放った気と衝撃までは防げていないらしく、口から大量の血を吐き出している。
それなら……死ぬまで続けるだけだ。
壁に叩き付けられ、激しく揺れていた胸から下腹部の茂みまでがあらわになっている鬼女に駆け寄る。
そして、その勢いも利用した二発目の大型パイルバンカーを胸部に打ち込む。
再び、辺りに響く爆発音。
だが、巨乳が激しく揺れ血を吐くだけで、光と共に消える気配が無い。
「……しぶといな」
そのまま、爆発音を響かせながら打ち込み続けた。
既に、九度打ち込んだ。
ここまで連続して打ち込んだにも拘わらず、死ぬ気配が一向に無い。
流石に、爆発音で耳が痛くなってきた。
項垂れた鬼女の額が、ぼんやりと光っている様に見える。
そんな事、気にする必要も無い。
どうせ止めを刺すのだから。
そして、十度目となる大型パイルバンカーの打ち込み。
「いい加減……死ね!」
叫びと共に、大型パイルバンカーを鬼女の胸に叩き付ける。
『いい加減にしなさい! この者は、“くっころさん”になりました。止めを刺すのは諦めなさい!』
聞き覚えのある女の声と共に、鬼女の胸の前に現れた魔法陣が大型パイルバンカーの尖端を受け止めた。
「ぶち抜け!」
突如出現した魔法陣に構わず作動ボタンを押し、大型パイルバンカーの杭を打ち込む。
幾度となく響いた爆発音。
打ち出された杭が、魔法陣に罅を入れる。
『無駄です』
その言葉が聞こえた後、見えない何かにより弾き飛ばされ、反対側の壁に叩き付けられた。
「グフッ!?」
衝撃により、肺から空気が強制的に吐き出される。
身体から力が抜け、そのまま崩れ落ちた。
「……まだだ」
――殺せ。
――破壊しろ。
まだ、鬼女は生きている。
破壊衝動が、今度こそ止めを刺せと咆哮し続ける。
大型パイルバンカーを支えに、ゆっくりと立ち上がる。
「何処だ……」
動けない筈の鬼女の姿が、消えていた。
血だまりが、鬼女が其所にいた事を証明している。 万が一動けたとしても、そう遠くへは行けない筈。
辺りを見渡すと、視界の左。
メイド服を着た女二人が、何かを載せた台車を左右から押し、この場を去るのが見える。
何故、こんな所にメイドがいる?
前にも、こんな光景を見た気がするな。
「待て! 逃がさん!」
メイドに気をとられている場合では無かった。
慌てて追いかけようとしたが、俺の身体が動かない。
見れば、身体が黒い何かによって拘束されている。
「どうなっている!?」
「“影縛鎖”……。申し訳ありませんが、お館様の動きを封じさせていただきました」
背後から聞こえる女の声。
お館様?
どういう事だ。
そんな呼ばれ方をされる覚えは無い。
黒い拘束から逃れようとするが、足掻けば足掻くほど拘束が強まっていく。
「くっ、」
「お館様、あの者に止めを刺すのは諦めて下さい。既に、“くっころさん”になっています。次に攻撃をすれば、再び神罰が下されてしまいますのでお止めください」
神罰など、知ったことではない。
敵は、後腐れ無い様に殺す。
「誰かは知らんが、引っ込んでろ!」
身体強化を最大で発動する様、腐れ甲冑に指示する。
『……了解。……身体強化発動します。発動時間は百七十秒。カウントダウン、開始します』
吸われる様な、マナの消費を感じる。
同時に、甲冑各部の水晶体が発光。
蒼い光が、全身を包んでいく。
『……百六十九……』
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!」
拘束を力ずくで解き始める。
『……百六十六……』
足掻くと、拘束が少し緩んだ。
だが、この程度では身体強化が終わるまでに拘束を解く事は出来ない。
まだ、手はある。
『……百六十二……』
錬気する気の質と量を、限界まで上げる。
全身を循環させ、更に身体を強化。
再度、拘束を力ずくで解除に掛かる。
無理矢理身体を動かす度に、何かが砕ける音が辺りに響く。
『……六十六……』
「時間は食ったが……まだ行ける」
そのまま、砕ける音を響かせながら、力ずくで拘束を解除していった。
『……五十九……』
「そんな……上位竜すら完全に拘束する“影縛鎖”を力ずくで解除するなんて……流石はお館様……」
何か聞こえた様だが、どうでもいい。
拘束を解除した俺は、場違いなメイドに運ばれていく鬼女の追撃する。
『……五十六……』
「そこか……」
十字路を越え、更に先に向かっていくのが見える。
メイドなどという、ダンジョンに相応しくないものが二人も闊歩しているのだ。
余程の馬鹿で無い限り、直ぐに見付けられる。
二人のメイドを目印に、全力で駆け出す。
『……五十三……』
鬼女とそれを台車で左右から押して運ぶメイド二人に、通路の角を曲がる前に追い付く。
俺が追い付いた事に気付いた二人のメイドは、押していた台車を即座に放棄。
驚愕の表情を浮かべながら、台車から急速に離れて行く。
何故、離れて行く?
気にしても、仕方無いか。
邪魔されないのはありがたい。
止めを刺しやすくなったのは確かだ。
『……五十……』
追い掛けた勢いをも利用し、鬼女の腹部に大型パイルバンカーの尖端を叩き付ける。
だが、それは鬼女を守るように出現する魔法陣によって防がれてしまう。
同時に、痺れる様な衝撃が右腕に走った。
「ぐっ……!?」
『……四十八……』
防がれるのは予想通り。
本命はここからだ。
「ぶち抜け! パイル……バンカー!!」
右腕の痺れを無視して、今の俺の全てを注ぎ込んだ一撃を咆哮と共に放つ。
爆発音と共に、ありったけの気を込めた虹色に輝く杭が打ち出された。
『……四十六……』
虹色に輝く杭は、行く手を遮っていた魔法陣を硝子の様に粉砕。
だが、直ぐに新たな魔法陣が待ち受けていたかの様に現れ、虹色に輝く杭に砕かれる。
『……四十五……』
「面倒だな……だが、全て破壊すればいいだけだ!」
大型パイルバンカーの作動ボタンを押し込み、杭を打ち出し続ける。
爆発音が鳴り響き、鬼女を守るように現れる魔法陣を粉砕し続けた。
『……八……』
「時間が無い……何時になったら、無くなる?」
身体強化の限界が近付いている。
しかも、幾ら砕いても現れる魔法陣に苛立ちが抑え切れない。
『……五……』
「これで終わらせる!」
最後となる一撃。
爆発音を響かせ、虹色に輝く杭を打ち出す。
同時に、残っている全ての気を大型パイルバンカーの杭を通して爆発的に放出。
武神流気闘法“爆波”を杭を利用して、一点に集中して撃ち放つ。
『……三……』
鬼女を守る魔法陣が、瞬時に砕け散った。
「これで終わりだ!」
『……二……』
虹色に輝く杭が鬼女の腹部を貫き、今度こそ止めを刺す事を確信する。
……が、再び現れた魔法陣に接触した瞬間、魔法陣が発光。
『……一……』
辺りを覆い尽くす程溢れ出した光に、視界を奪われた。




