第七十七話 オーガ迎撃
会議室を出て、ダンジョンに向かっている。
警備隊は兎も角。
他の探索者達は、何をやっている。
人を散々“無能”と馬鹿にしておいて、肝心な時に役に立たないとは。
使えない奴らだ。
怒りが沸き上がってくる。
「アルテスさん、待ってください!」
ギルドを出た所で、イリアに呼び止められる。
「何だ?」
「これを、持って行って下さい」
折り畳まれた青い布を押し付けられる。
「これは?」
青い布に目を落とし、尋ねる。
「ギルド長曰く、臨時処刑執行者の証しのマントだそうです。戦闘時に身に着ける様にとの事です」
「分かった」
前の様に、また身に着けないといけないのか。
戦闘の邪魔にしかならないのに。
仕方無く受け取ったマントを魔法倉庫にしまい、そのままダンジョンに向かう。
ギルドの前を含む街は、何時もと違い静まり返っている。
人通りは無く、露天や屋台も無い。
モンスターがダンジョンから出てくるのを想定して、住民を避難させているのだろう。
俺が寝ている内に、ギルドの一室に運ばれていたのはこの為か。
モンスターの氾濫が起こる度、こうしているのだろうな。
ギルド長め、俺をこきつかうつもりらしい。
報酬は、派手に吹っ掛けてやる。
ダンジョン前の広場に入る。
バリケードの構築は終わり、モンスターがダンジョンから出てきた時に備えている様だ。
入口から怪我をした警備隊員や探索者が、次々と運び出されているのが見える。
安全な所で治療をするのだろう。
どうやら、状況はかなり不味いらしい。
急いだ方がいいな。
ダンジョンに向かいながら、武具を装備する。
対オーガ用に大型パイルバンカー二基と防御に可変盾を一対装備し、左腕のパイルバンカーを外す。
最後に、臨時処刑執行者の証しのマントを装備する。
バリケードを越え、ダンジョンに向かって行く。
「おい、そっちに……」
俺を制止しようとする警備隊員の声。
だが、それは直ぐに消える。
マントの赤いギルドの紋章を見たのだろう。
背中に視線が集まるのを感じる。
それらを無視して、ダンジョンに入った。
階段を降りていくと、広間の様子が分かっていく。
「攻撃の手を緩めるな!」
「負傷者を運び出せ!」
「何でもいい。魔法を撃て!」
「数が多すぎる!」
飛び交う怒声。
響く悲鳴。
激しく響く戦闘音。
慌ただしく動く警備隊員。
攻撃魔法を放ち続ける探索者。
誰もが必死に戦っている。
そこに、通路から覗く大きなモンスターの影。
このままでは、突破されるな。
そう判断し、バリケードに向かって駆け出しながら、四肢のブレイクナックルにマナを込めて起動。
見たことも無い、ゴブリンに似た倍の身長のモンスターが、バリケードの側まで迫っているのが見える。
あれがオーガか。
「ブレイクナックル!」
手にしたこん棒をバリケードに振り降ろそうとしているオーガに、右腕のブレイクナックルを撃ち放つ。
そのまま駆け、バリケードの前で跳躍。
ブレイクナックルとこん棒が激突。
辺りに轟音が響き渡る。
一瞬の硬直の後、爆音と共に木製らしきこん棒が粉砕し、そのままオーガの顔面に命中。
「Gyaaaaaa!?」
悲鳴を上げるオーガを仰向けに倒す。
バリケードを飛び越えた俺は、仰向けに倒れたオーガの上に着地。
右の大型パイルバンカー――その尖端をオーガの顔面に突き刺し、止めを刺す。
大型パイルバンカーを引き抜くと、オーガの顔面に大穴が開いているのが見える。
それを確認した瞬間、オーガは光と共に消え去った。
その光景に、モンスターは勿論、後ろにいる警備隊や探索者達の動きが止まる。
「何やっている! 早く攻撃しろ!」
後ろを向き、惚けて動かない警備隊や探索者に怒鳴る。
我に帰った警備隊員や探索者達が攻撃魔法や弓、クロスボウでモンスターを攻撃を再開。
程無くしてバリケード前のモンスターは全滅、光と共に消え去る。
後には魔晶石とモンスターが使っていた武器、射掛けた矢とクォレルが転がっていた。
撃ち放ったブレイクナックルは、十字路に向かって飛んでいく。
眼前のモンスターを撃破した事で、後ろから歓声が上がりかけたが、直ぐに消える。
前を見ると、先の十字路からオーガが九体。
それに、数えるのも面倒な程多数のゴブリンとコボルド、オークが近付いてくる。
十字路の向こうにいる、他のより大きいオーガ二体は動く様子は無い。
「済まん……さっきので、矢とクォレルが尽きた。補給が済むまで、何とか持ちこたえてくれ」
隊長らしき男がバリケードから身を乗り出し、済まなそうに伝えてきた。
「なるべく早く終わらせろ。俺も長くは持たせられない」
オーガだけ殺れば済むと思っていたが……それ以外も相手しないといけないのか。
予想より、状況はかなり悪い様だ。
「分かった。なるべく急ぐ。後、攻撃魔法を使える奴が全員ぶっ倒れたから、しばらく援護は全く無いと思ってくれ」
そう言って、隊長らしき男はバリケードの奥へ引っ込んだ。
「冗談だろ……」
後ろからの援護は当面無い。
しばらくは、一人であの数を相手しないといけないのか。
無理しなければ、そんな芸当は出来そうもない。
そうでもして、後ろの連中の為に少しでも時間を稼がないと、バリケードを突破されて街が終わる。
援護が当てに出来ない以上、こちらから討って出るしかない。
「オーガ以外のモンスターを片付けてこい……ブレイクナックル!」
起動したままのブレイクナックル三基を、近付いてくるモンスターに向けて撃ち放つ。
放たれたブレイクナックル三基は、十字路までモンスターを薙ぎ払いながら飛翔。
既に放ったブレイクナックルと共に、モンスターに攻撃を始めた。
「これで、ある程度は削れるが……」
四基のブレイクナックルの様子を見て、そう判断する。
だが、ブレイクナックルの攻撃を越えて、近付いてくるモンスターが予想より多い。
救いは、オーガがこちらに来ない様に押さえ込んでいる事と無傷ではないという事だけか。
武器を失ったり、深手を負っているモンスターも多い。
これなら、ダガーを投げておけば片付くだろう。
魔法倉庫からダガーを取り出し、近付いてくるモンスターに次々と投擲していく。
たまに外すが、命中したモンスターは光と共に消え去っていった。
「尽きたか……」
ダガーを取り出そうとしたが出てこない。
魔法倉庫に入れていたダガーを、全て使い切った様だ。
後は、盾の裏にある四本だけ。
「チッ」
盾の裏のダガーを投擲する余裕が無い所まで、モンスターが近付いて来ていた。
素手で襲い掛かってくるゴブリンの胸に、右の大型パイルバンカーで突き刺す。
ゴブリンは、杭を突き刺されたまま光と共に消えた。
辺りを見ると、モンスターが包囲する様に動いている。
このまま殴り合うしかないか。
左からきたオークに、左のパイルバンカーを突き刺す。
正面と右からきたコボルドとゴブリンに、右の大型パイルバンカーを薙ぐ様に叩き付ける。
殺ったかどうか、確認する余裕も無い。
防御を可変盾に丸投げして、左右の大型パイルバンカーを殺到する多数のモンスターに突き刺したり、薙ぐ様に叩き付けたりして殺し続けた。
「Gyaaaaaaaaaaaa!」
近付いて来たモンスターを粗方片付けた所で、響く咆哮。
ブレイクナックルが押さえきれなくなったのか、オーガが四……五体近付いてくるのが見えた。
無理をしたのだろう。
その体は、激しく傷付いている。
横目で後ろを見ると、補給を受けた警備隊員が、バリケードに近付くモンスターに攻撃を再開していた。
「オーガを殺ってくるから、後は任せる」
攻撃している警備隊員にそう告げると、返事も聞かずに一番近いオーガに向けて駆け出した。
「Gyaaaaaa!」
俺に気付いたオーガが、咆哮しながら、こん棒を振り上げる。
それが降り下ろされる前に更に接近し、開いた口に右の大型パイルバンカーの尖端を押し込む。
作動ボタンを押し、杭を打ち出す。
辺りに響く爆発音と共に打ち出された杭が、オーガの頭を破壊しながら貫く。
頭を失ったオーガは、倒れる間も無く光と共に消えた。
「Gyaaaaaaaaaaaa!」
一体が殺られたのを見た四体のオーガが、一斉に咆哮を上げながら駆けてくる。
普通は、誰でも逃げ出したくなる光景。
――殺せ。
――破壊しろ。
俺の中の破壊衝動が、そう叫ぶ。
それに身を任せ、オーガに向けて駆け出す。
目の前のオーガを殺し尽くす為に。
錬気をしているが、“爆波”は兎も角、“気刃”や“遠当て”すら使えるだけの気が練れない。
無い物ねだりをしても、仕方無い。
使わせるか分からない腐れ甲冑の身体強化も当てには出来ない。
このまま、やれるだけやって死ぬだけだ。
『主、本機の身体強化の発動権限を現時点で主に完全に委譲します。存分に戦って下さい』
いきなり……どういう事だ?
まあいい。
身体強化を最大で発動しろ。
『了解。身体強化発動します。発動時間は九十秒』
甲冑の全ての水晶体が蒼く発光。
溢れ出す蒼い光が、全身を包み込んでいく。
同時に、吸う様にマナを消費して始める。
『カウントダウンを開始します。八十九……』
身体強化を発動した俺の移動速度が一気に上がり、右端のオーガの懐に入り込む。
その勢いを利用して、左の大型パイルバンカーを胸に突き刺す。
「Gyaaaaaaaaaaaa!?」
杭の露出している部分だけの筈が、本体の半ばまでその胸に刺さっていた。
『……八十六……』
それを振り飛ばし、その勢いを利用して、眼前のオーガに右の大型パイルバンカーをその頭に叩き付ける。
オーガの頭が弾け、血や色々な物が飛び散っていく。
『……八十四……』
それを無視して、腹部に左の大型パイルバンカーを突き刺す。
本体の半ばまで押し込みながら、その隣にいるオーガを串刺しにする様に前進。
『……八十二……』
何かが当たった感触を得ると同時に、作動ボタンを押す。
再び響く爆発音。
「Gyaaaaaaaaaaaa!?」
直ぐ側で聞こえる絶叫。
大型パイルバンカーの杭が、オーガの腹を貫いた様だ。
左の大型パイルバンカーに突き刺したままのオーガを振り飛ばす。
『……八十……』
大型パイルバンカーにより、上半身と下半身が分かたれて苦しむオーガ。
その先にいるオーガに、右の大型パイルバンカーを向けて全力で突撃。
一瞬でオーガと激突する。
「Gyaaaaaaaaaaaa!?」
辺りに響く、オーガの苦悶の叫び。
『……七十八……』
その勢いのまま壁に押し付け、左の大型パイルバンカーを突き刺す様にその口に無理矢理押し込む。
オーガの口と大型パイルバンカーから滴り落ちる血。
二基の大型パイルバンカーを引き抜くと、オーガは目から光を失い崩れ落ちた。
『……七十六……』
腐れ甲冑に、身体強化解除の指示を出す。
『了解。身体強化を解除します』
吸われる様な、マナの激しい消費が止まる。
それと同時に、水晶体の光も消え、全身を包んで青い光も消え失せた。
「ハァ……ハァ……」
昨日の“爆波”で、予想以上に気を消費していたのだろう。
疲労の回復が、何時もより遅い。
気休めにしかならないが、ヒールポーションを取り出し一気に飲み干す。
更に、消費したマナを回復する為に、マナポーションも一気に飲み干した。
倒したオーガをそのままに、十字路に向かい歩き出す。
ブレイクナックルが押さえ込んでいる四体のオーガと、その後に控えている二体のオーガを殺る為に。