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第七十六話 緊急会議

「お……さ……ル……」


 五月蝿いな。

 眠いんだ。

 もう少し寝させてくれ。


「あと……三日、寝させてくれ……」


 そう言って、寝返りをうつ。

 そのまま、再び眠りに落ちる。



 疲労が完全に抜けたからか、目を覚ました。

 よく眠ったが、身体は非常に重い。

 気を暴走させて、無理矢理解放したのが原因だろう。

 この状態では、ダンジョンに潜るのは自殺行為か。


「ここは……。見覚えのある天井だ。だが、宿では無いな」


 目を開いて、最初に見えたもの。

 記憶が確かなら、ギルドの一室のものだ。

 身体を起こして、部屋を見渡す。

 扉の無い入口。

 その先に見える、破壊された壁。

 更に先に見える、見覚えのある魔法陣。

 全て、ギルドでしか見覚えがないものだ。


「何故、ギルドにいる!?」


 俺は、宿の部屋で力尽きてそのまま眠っていた筈だ。

 それがどうして、ギルドの一室で寝ていたのか。

 多分、寝ている間に、ギルドのこの部屋に運び込まれたのだろう。

 ギルドは、俺に用は無い筈だ。

 当然、俺もギルドに用は無い。

 ギルドにいる理由を考えても仕方無い。

 取り敢えず、宿に帰って飯でも食おう。


 寝床から起き上がり、部屋を出る。

 通路を進み、受付のある広間へ。

 なるべく職員の目に着かない様に、出入口に向かう。

 開けっ放しの出入口を抜け、ギルドから出た。


 厚い雲が空を覆い、今にも雨が降りそうな曇り空。

 おまけに、雷が落ちそうだ。


 ギルド長に捕まらない内に、宿に帰るか。

 飯を食ってから、もう一寝入りしよう。


 ギルドの門を通った所で、このグランディアで一番関わりたくない人間――ギルド長――と遭遇した。

 その後ろに、幹部らしい者達を引き連れている。

 何処かに行っていたのだろう。


「アルテス君、何処に行くのかね?」


 ギルド長に関わったら負けだ。

 何に負けるのかは分からないが、碌な事にならないのは確かだ。

 早く宿に帰って、飯を食ってから一寝入りして体調を整えよう。


 数日前から更にやつれているギルド長を無視して、宿に向かう……。


「ア〜ル〜テ〜ス〜さ〜ん、何処に〜行くんですか〜」


 ……筈だったが、襟を掴まれ前に進めない。

 聴こえてくる、凍てついたイリアの声。

 背後から、逃げ出したくなる程の恐怖と怒気を放っている。

 逃げ出したい所だが、何時もの様に襟を掴まれ、それも儘ならない。

 仕方無い。

 正直に話して解放してもらおうか。


「宿に帰って、飯を食いにだが」


「そうですか。それは仕方無いですね……」


 今回は、納得してくれたらしい。


「……って言う訳無いでしょう!」


 どうやら、上手くいく訳無かった様だ。

 直ぐ後ろからの叫び声で耳が痛い。

 目の前にいるギルド長達も、突然の叫び声に耳を押さえ損ない、顔をしかめている。

 ギルド長は兎も角、ギルド長が連れている幹部連中には悪い事をしたかもな。


「部屋に戻って下さいね」


 目だけ笑ってない笑顔でそう言うと、俺をギルドへ引き摺り始めた。


「イリア管理官、彼を部屋に戻さなくていい。これから緊急会議を開く。彼を会議室に連れて……いや、引き摺って行き、そのまま逃げない様に監視してもらおう」


 ギルド長が、イリアに負けない笑顔で指示を出す。


「分かりました」


「何故、俺が会議に出ないといけない。出る理由が無い」


 何としても、逃げなければ。

 関わったら碌な事にならないのは分かっている。

 どうやって、この状況から逃げるか。


「アルテス君……君には会議に出る義務がある。初期対応をしたのは君だと、報告を受けている。君には残念だが、逃がす気は全く無い。逃げた場合は、全ての処刑執行者イレイザーを総動員して君を捕まえるから」


 何故、考えている事が分かった?

 俺に、処刑執行者イレイザーを総動員してまで捕まえる価値はない筈だ。


「口から出ているのだが。まあいい。会議室に行こうか。イリア君一人では少し不安だから、私も彼を掴んで行こうか」


 また、思った事を口に出していたのか。

 一生直る気がしないな。


 後ろに回ったギルド長が俺の襟首を掴み、イリアと共に引き摺り出した。


「助けてくれ」


 目の前にいるギルド幹部達に助けを求める。


「無理だ」


「諦めて、引き摺られてくれ」


「誰もギルド長を止められん」


「ギルド長のストレス発散の為、生け贄になってくれ」


 など、ふざけた答えが返ってくる。

 その後、一様に拝むのは止めろ。


 そのまま、ギルド内を引き摺り回されながら会議室に向かっている様だ。


 途中、見掛けた職員に助けを求めるが、目を逸らされるか、可哀想な目で見た後で拝まれるかで救いの手が無い。

 後を着いてくるギルド幹部達は、俺から目を逸らした上で無視している。


 助けは無い様だ。

 助かるには、二人を説得するしかない。


「逃げないから、いい加減放してくれないか」


「駄目です」


「駄目だ」


「「君(貴方)を引き摺るのが楽しいから止める気は無い(ありません)」」


 拒否の後、ギルド長とイリアがほぼ同じ科白を重なる様に返した。


 流石に父娘と言った所か。

 息が合っている。


 などと感心していると、両開きの扉の前で止まった。

 扉を開け、俺を引き摺りながら中に入っていく。

 此所が会議室の様だ。

 中心に大きな長方形の机。

 大人数が座れるだけの数の椅子が規則正しく並んでいる。

 椅子の大半には、会議に参加する者が既に座っている。

 空いているのは、ギルド長と幹部達の分らしい。

 参加予定外の俺とイリアが座る所は無いだろう。


「アルテス君、イリア管理官。二人は私の後ろに」


 これ以上引き摺られるのは嫌だ。

 自分からギルド長の席の斜め後ろに、イリアを引き摺りながら移動。

 イリアに襟を掴まれている為、逃げられない。

 後ろの壁にもたれかかり、会議を見物する事にした。



「これより、会議を始めます。今回の議題は、昨日未明に発生したモンスターの氾濫について。当時の当直隊隊長に、これまでの経緯を説明して貰います」


「はっ。警備隊第四小隊長テケトです。事態の始まりは……」


 俺から見て、左側の一番奥にいたおっさんが立ち上がる。

 俺を見て一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに説明を始めた。


 あれは、昨日の事だったのか。

 たった一日しか寝てなかったらしい。

 後二日は寝ていたかったな。

 見ているだけなのは暇だ。

 思わず、欠伸が出る。

 視線を感じ、その方を見ると、会議室に来た時から席に着いていた職員がこちらを睨み付けている。


 文句があるなら、俺を引き摺ってきたギルド長に言え。


「……モンスターは、ゴブリン、オーク、コボルド、オーガが混在しています。オーガを何とかしなければ、二、三日中には入口の広間前に構築した防衛線は突破され、ダンジョンから出てくるでしょう」


 あのでかい奴は、オーガと言うのか。

 “無能の中の無能”――“無能”だと思っていた――でソロの俺では、気闘法を使えなければ地下五階が限度だっただろう。

 しかも、当面は地下一階で魔法武具に慣らすつもりだった。

 なので、地下六階以降で遭遇するモンスターの事は一切調べていない。

 それが、こんな所で仇になるとは。

 こんなことなら、知識として地下五十階まで調べておくべきだったな。


「……ギルドの強制命令で迎撃に昨日参加した紫以上のパーティー、赤十二、紫二十。この内、内部の偵察に送り出した赤パーティー六つの内、三つが半壊。紫のパーティー十の内二つが半壊しました。残りは未帰還です。おそらく……全滅したと思われます。警備隊も第一から十五、全ての隊で死者はいないものの、負傷者は二割に達しています。ギルド長、黒の探索者と処刑執行者イレイザーの出動を要請します」


「テケト君、黒は現在、私の要請で他の迷宮都市に向かっている。帰ってくるのは早くて二ヶ月後だ。処刑執行者イレイザーは基本的に対人戦闘に特化しているから、今回の件では余り役に立たない。引退した元探索者にも声を掛けてはいるが、何人来てくれるか分からん。オーガを倒せそうな臨時処刑執行者イレイザーなら一人いるが……」


 そこで、俺に一瞬視線を向けるギルド長。


「では、その臨時処刑執行者イレイザーだけでも、大至急派遣して下さい」


 また、碌でも無い事になりそうだ。

 ギルドの前で、ギルド長と鉢合わせしたのが失敗か。


「アルテス君……行ってくれるね?」


 やはり、碌でもない事になるのか。

 ギルド長には、無理だとはっきり言っておかなければ。


「ギルド長、何度も言っているが……寝言は寝て言え。いや、寝てても言うな。昨日の朝から、さっきまで丸一日寝てたんだ。それでも、今日は無理だ。最低でも、明日にならないとな。そもそも、“無能の中の無能”に頼る事自体おかしい。お前ら、頭は大丈夫か?」


 俺の発言に、会議室は騒然とする。

 俺を睨み付けていた奴らが特に五月蝿い。


「アルテス君、君は“無能”ではなかったのか。何時、“無能の中の無能”だと判った?」


「一昨日からだ。気にするな。気にしたら禿げるぞ。あんたは裏で色々やっているみたいだから、既に禿げ始めていたか」


「君程、派手にやっていないと思うがね。ダンジョンの壁を破壊したりとか、ゴブリンキングの集団を全滅してゴブリンの氾濫を起こしたりとか、自分が起こしたゴブリンの氾濫を片付けたりとか、女の魔族を倒して“くっころさん”にしたりとか、五人組の魔族と戦闘して男は殺し、女を“くっころさん”にしたりとか、“くっころさん”を殺そうとして女神の怒りを買い神罰として“くっころさん製造者メーカー”の称号を与えられたりとか、女神二柱を言葉攻めで泣かしたりとか、その事で更に神罰を追加されたりとか、私にはそこまでの非常識は無理だな。流石だよ」


 ギルド長が話す、俺がやった事を聞いて騒然としていた場が静まり返る。


「何でそんなことを知っている? まあいい。敵は全て殺す。それが出来ないなら叩き潰す。敵が、例え神だろうが何だろうが関係無い」


 俺の言葉で、この場にいる者の表情が凍り付く。

 神相手でも戦うと言ったからだろう。

 あり得ないものを見たという、畏怖の表情に変わっていった。


「“ダンジョンの出来事を楽しく伝える”が謳い文句のダンジョンニュースを見たからだ。ゴシップだと思っていたが、本当に全部やっていたとは……」


 呆れた表情のギルド長。


「ダンジョンニュース? 何だ、それは!?」


「知らないのかね。四日前に突然出現した、ダンジョン入口横の石板の事だ」


「ああ、あの石板か。人だかりで、全く近付けなかったな」


 何が記載されているか、今度よく確認しておかなければ。


「私も、報告は受けていたのだが。ようやく、今日初めて見たよ」


 俺とギルド長以外、口を開かず静まり返っている会議室。

 突然、大きな音と共に開け放たれる扉。

 そこから、警備隊員が駆け込んでくる。


「緊急報告……防衛線に、オーガ十二体接近中。至急、増援を要請します」


 それだけを伝えた警備隊員は、力尽きたのか崩れ落ちた。

 直ぐそばにいたギルド幹部が駆け寄り、崩れ落ちた警備隊員の状態を見る。


「気を失っただけです。何処かで休ませてやります」


 そう言い、警備隊員を担いで会議室を出ていった。


「……という事だ。アルテス君、行ってもらうよ。街が壊滅するかどうかの瀬戸際だ。拒否は認めない。もっとも、行かないと君も困ると思うがね」


 要するに、無理してでもオーガを倒すしかないと言う事か。


「……仕方無い。そのオーガは何とか倒すが、後はお前らで何とかしろ」


 そう言い捨て、会議室を後にする。

 そして、そのままダンジョンに向かった。


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