第七十五話 爆波
ダンジョンに入ると同時に、左腕のブレイクナックルにマナを込めて起動。
「ブレイクナックル!」
眼前に迫っているオークに、左腕のブレイクナックルを撃ち放つ。
その間も、各種の攻撃魔法が俺に集中するが、二基の可変盾が完全に防御している。
三発目のブレイクナックルも、階段上のモンスターを薙ぎ払う様に全て倒していった。
ブレイクナックルにより、道は出来た。
後は、階段を駆け降りてモンスターを殺し尽くすだけだ。
バスタードソードを抜き、階段を駆け降りようとした俺の脳裡に、この状況を変えられそうな技が浮かび上がる。
『武神流気闘法“爆波”
爆発的に気を放出し、敵を纏めて倒す。
通常は、限界まで溜めた気を一気に放出する。
気をある程度制御でき、何度か気を解放しないと覚える事は不可能』
これは……もっと早く覚えたかった。
幾ら何でも、こんな時でなくてもいいだろう。
だが、これなら一撃で大半は倒せそうだ。
ぶっつけ本番だが、使うしか手は無い。
階段の手摺に上がり、天井の中心に向かって跳躍。
バスタードソードを広間の中心に向かって振り降ろしながら、全身の気をバスタードソードを通して一気に放出する。
武神流気闘法“爆波”。
爆発的に放たれた膨大な気が、直下のモンスターを押し潰し光に変える。
だが、“爆波”を放った結果は、それだけに留まらなかった。
広間の中心に放たれた気が波紋の様に拡がり、広間にいた全てのモンスターを纏めて薙ぎ払っていく。
溢れていたモンスターが光に変わっていく中、広間の中心へ落下する様に着地。
身体から力が抜け、そのまま跪く。
「はぁ……はぁ……」
気の解放の影響もあるのだろうが、想像以上に凄い威力だ。
あれだけいたモンスターを、一匹残さず一掃するとは。
だが、身体の消耗が激しい。
――殺せ。
――破壊しろ。
まだ、敵はいる。
殺し尽くすまで、戦わなければ。
たった一発の“爆波”で疲弊した身体を、無理矢理動かして立ち上がる。
疲弊した身体は、全身を駆け巡る膨大な気により直ぐに回復した。
気付けば、飛び回っていた筈のブレイクナックル三基が存在しない。
この忙しい時に、何処へ行った。
『ブレイクナックルは主が攻撃する際、巻き込まれない様に全基回収しました。現在は、再装備を完了しています』
四肢を確認すると、腐れ甲冑の報告通り再装備されている。
「先に行って、少しでも減らしておく。今いる奴だけで、ここを確保しろ!」
入口の方を見て、警備隊に聞こえる様に叫ぶと、通路に進む。
真っ直ぐな一本道。
先の十字路の向こうまでのモンスターは、さっきの“爆波”で綺麗に一掃された様だ。
魔晶石や武具等の戦利品が転がっているが、無視して十字路手前まで進んで行く。
一本道を途中まで進むと、十字路の左右から多数のモンスターが溢れる様に出てきた。
「ちっ……一体、どれだけいるんだ」
眼前に見えるだけで数十体以上。
正面からも、多数のモンスターがやって来るのが遠目で分かる。
数えるのも、考えるのも馬鹿馬鹿しくなる程の数。
やって来る敵を、全て殺し尽くせばいいだけだ。
“爆波”を使うには、まだ気が回復していない様だ。
気を解放している今なら、しばらくしたらもう一度“爆波”を使えるだろう。
それまで持ちこたえて、“爆波”を叩き込めばいい。
その時間を稼ぐ手段はあるのだから。
「ブレイクナックル!」
四肢のブレイクナックルにマナを込め、全基起動。
モンスターに向けて撃ち放つ。
四基のブレイクナックルは、それぞれ怨霊の意思のまま、思い思いのモンスターへ向かって行った。
モンスターを次々と倒していくブレイクナックル。
だが、全てのモンスターを倒しきるのは、数が多すぎて流石に無理の様だ。
ブレイクナックルの攻撃を潜り抜けた一部のモンスターが、傷付きながらもこちらに近付いている。
「久し振りだが、やるか」
それを確認すると、バスタードソードを左手に持ち変え、魔法倉庫から投擲用のダガーを取り出す。
そして、一番近付いているオークの胸を狙って投擲する。
手にした時点で気を纏っていたダガーは、狙い通りオークの胸に命中。
既に傷付いていたオークは、光となって消え去る。
「……殺れる」
ブレイクナックルを抜けてきたモンスターは、まだまだいる。
再び、魔法倉庫から取り出した投擲用のダガーを、近付いてきたモンスターへ投擲。
魔法倉庫に入れている投擲用のダガーが尽きるまで、それを繰り返し続けた。
「ダガーが尽きたか……」
眼前には、倒したモンスターが残した魔晶石や武具、投擲したダガーが転がっている。
ダガーだけでも、回収した方がいいだろうか。
ブレイクナックルは、モンスターを倒している最中。
“遠当て”は、“爆波”の為に使う訳にはいかない。
気やマナを使わないダガーは、最後の保険として必要になる。
となると、やはり回収しなければならないか。
十字路の様子を窺いながら、ダガーを回収していく。
パイルバンカーに使う為、魔晶石も拾っていく。
武具は全てどこかしら破損していたので、そのまま放置しておく事にする。
ダガーの回収を始めた頃から、ブレイクナックルを抜けてくるモンスターはいなくなる。
そして、回収が終わる頃には、十字路から現れるモンスターが途絶えた。
「取り敢えず……終わった様だな」
十字路まで進み、モンスターが近辺にいないのを確認した。
だが、遠くの方から微かに戦闘音やモンスターの咆哮、叫び声が聞こえてくる。
モンスター同士で、同士討ちでもしているのだろう。
しばらくは、この状態が続きそうだ。
未だ飛び回っている、ブレイクナックル四基を回収する。
しばらく敵が現れそうに無いので、魔晶石も拾っていく。
「これから、どうするか」
このまま、モンスターが現れるのを待つのも芸がない。
とは言え、モンスターを探し回るのも面倒だ。
そんな事は、他の奴にやらせればいい。
それに、今日始めて見たモンスターの事もある。
何の情報も無く戦うのは無謀だ。
何時も、力ずくで何とか出来るとは思えない。
ダンジョンから出たら、ギルドの資料庫で情報を調べればいいだろう。
「そろそろ、朝飯の時間か……」
腹時計の訴えを口にした途端、限界を超えて溢れていた気が急速に弱まっていく。
「気が落ちている!?」
どうなっている?
俺は、まだ戦える!
『気の解放時に疲弊しきった場合、生命維持の為、本能的に錬気を抑える。しばらく休養すれば、問題無い。食事は三食摂り、体調管理に留意しろ』
突然、脳裡に浮かび上がる情報。
それと同時に、全身から力が抜けていく。
殺せ、破壊しろと叫んでいた破壊衝動も消え失せる。
「ここまでか……」
錬気で発生する気も最低限。
疲労も限界……動くのがやっとか。
破壊衝動も息を潜めている以上、戦う気力も残っていない。
これ以上の戦闘は不可能だ。
仕方無い。
朝飯を食いに帰ろうか。
疲弊した身体を引き摺る様にして、入口に向かう。
途中、近くにある魔晶石を拾いつつだが。
遠目に、警備隊が通路と広間の境にバリケードを構築しているのが見える。
作業している警備員の数はそう多くない。
こんなにのんびりしていて大丈夫か?
またモンスターが溢れかえったら、他の探索者にやらせておけばいいか。
これ以上、関わる気は無い。
関わったら、碌な事にならない。
構築中のバリケードを潜り抜け、階段前の広間に入る。
広間には様々な物が運び込まれていた。
何かの準備をしているのか、警備隊員達が慌ただしく動いている。
その警備隊員の邪魔にならない様に、階段に向かう。
その途中で、六人組の探索者パーティーとすれ違った。
俺を見て何か話している様だか、内容は聞こえないので全く分からない。
俺にとって、どうでもいい事だろう。
気にする必要は無い。
ダンジョンの様子を見にいくのだろう。
そいつらは、俺と入れ違う様にバリケードから出ていった。
疲弊しきった身体を手摺に寄り掛かる様にして、階段を上がっていく。
次第に、入口から青い空が見えてくる。
射し込んでくる暖かい陽の光が、身体を照らしていくのを感じながらダンジョンを出た。
入口前の広場も階段前の広間同様、入口を広場の中心からバリケードを構築して囲っている。
警備隊の詰所の窓は壊れ、硝子が無い。
壁も一ヶ所、丸い穴が空いている。
まあ、俺のした事だが。
バリケードの向こうでは警備隊員達が、準備に追われているのが見える。
ギルドから運び込んだだろう物が、積み上げられていた。
入口横の左右の壁の側は人だかりも無く、板状のものがそそり立っている。
人だかりの原因は、これだったのか。
何なのだろう。
見に行きたい所だが、今は朝飯が優先だ。
夜の散策の目的を果たせなかったのは残念だが、今の疲弊しきった状態では仕方無い。
宿に帰るのも辛い。
今は、疲労回復を優先しなければ。
バリケードの向こうにあるので、どのみち見に行けないが。
二度手間になるが、また後日見に行くとしよう。
入口横の板状のものを見ながら装備を収納し、広場を後にした。
疲弊しきった状態だが、何とか宿に辿り着いた。
ふらふらの状態で入ってきた俺を見て驚いた従業員を適当にごまかし、食堂に行く。
朝飯を貪る様に食い、昼飯の弁当を受け取ってから何とか部屋に戻った。
「……苦しい」
食い過ぎたのだろうか、胃が苦しい。
空腹と疲労回復の為に、無理矢理二人前食ったのは失敗だったか。
だが、反省はするが、後悔はしない。
空腹が満たされ、満足したから。
部屋に戻った途端、眠気が襲ってきた。
「ね、眠い……」
満腹感から生じた眠気。 疲弊しきった俺に、抗う手段は無かった。
『気の解放を行い、“爆波”を始めて放ったそなたには必要な休息だ。そのまま、眠るがよい』
思いやる様な、安心感を与える声。
それを聞き、力尽きた俺は何とか寝床に倒れ込み、そのまま眠りに落ちた。




