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第七十二話 もう一つの可変盾

 入口が封鎖されてから四時間が経った。

 未だ、入口の封鎖が解かれる気配は無い。

 気を使った動きの練習の結果は、取り敢えず使える所までにはなった。

 後は、実戦で試すしかないだろう。

 そう言えば、四時間ほぼぶっ通しで気を使っていたが、何故か疲れが無い。

 今頃になって気付いたが、明らかにおかしい。

 “無能”は、気の扱いに向いているのではないか。

 前に腐れ甲冑を狙って襲撃してきた探索者達は魔法は使っていたが、気を使った様子は無かった。

 その事から、そう予想した。

 “無能”の中の“無能”の俺は、ただの“無能”以上に気を扱えるのだろう。

 だが、これは異常過ぎる。

 数日前なら、確実にぶっ倒れている筈だ。

 一体、俺の身体に何が起こっているのか。


 何が起ころうと、受け入れる。


 混沌の力を手に入れる為、そう覚悟を決めた。

 ただし、“くっころさん”については除くが。

 無理矢理、人間を辞めさせられた俺でもこれはありえない。

 十分使い続けるのも無理だったのに、数日で休憩を多少挟んだとは言え、四時間使い続けるのはどう考えても無理な筈だ。


 そこまで考えた所で、ふと気付く。

 そろそろダンジョンから出ないと、晩飯にありつけなくなる。

 昨日を除いたここ数日、宿の食堂の暖かくて旨い晩飯を食っていない。

 食べられる時に食べておかないと、後で後悔するのが見えている。

 急いでダンジョンから出なければ。


 取り敢えず、入口があった場所へ移動する。

 まだ、入口の封鎖は解かれていない。


 今の俺に、封鎖が解かれるのを待つ余裕は無い。

 目の前の障害物を破壊して帰るだけだ。


 左腕のパイルバンカーでは、こいつを破壊するのは無理だな。

 入口を塞ぐ通路の天井だった壁を見て、そう判断する。

 これを破壊出来そうなのは、大将に押し付けられた大型パイルバンカーだけか。

 こいつの初仕事が、まさかダンジョンの壁の破壊とはな。


 魔法倉庫から大型パイルバンカーを取り出し、右手で持ち手を持つ。


「くっ……重すぎる」


 本体の長さが、俺の足下から肩まで。

 打ち出す杭も、俺の拳ぐらいの太さ。

 おそらく、その長さは本体と同じ位か少し短い位だろう。

 当然ながら、俺ではその重量を支えきれず、尖端が地面に落ちる。

 左手で支えて持ち上げようとしたら、不意に軽くなった。


 何が起こった?


 持ち手から視線を動かして大型パイルバンカーを見ると、右肩の水晶体が発光している。

 そこから伸びた光が、大型パイルバンカーを支えていた。


マスター、無理をしないでください。大型パイルバンカーは、私が保持するのが前提の装備です』


 呆れた様な腐れ甲冑の声。


 モンスターがいないから、こいつを自力で使うのはいい鍛練になる。

 今は無理でも、こいつを振り回せる様になって、何時か大将をぶん殴ってやるつもりだ。


『……当面は無理です。身体能力と経験、共にマスターより遥かに上です』


 そんな事、分かっているさ。

 だからこそ、その為に鍛えている。


 取り敢えずは、腐れ甲冑に感謝しておくか。


 大型パイルバンカーが、何の不自由も無く思い通りに動くのを確認。

 入口を塞いでいる天井だった壁に、大型パイルバンカーの尖端を押し付ける。

 杭に、気を込めつつエンチャント・カオスの魔法を掛ける。

 杭が虹色に輝く。


 大将……こいつの威力が、あんたの大口でない事を祈るぞ。


 持ち手の作動釦を押し込み、虹色に輝く杭を打ち込んだ。

 同時に、大型パイルバンカーに込めていた気を放出する。


 立て続けに響く、爆発音と激突音。


 爆発音は、大型パイルバンカーの作動釦を押し込んだ時。

 激突音は、気と魔法で強化された杭が壁を穿ったもの。


 穿たれて出来た穴を中心にして、罅が全体に拡がっていく。

 そして、罅が大きくなると音を立てて崩れだす。

 砕かれて出来た大量の瓦礫が、こちらに崩れ落ちてくる。

 それを後ろに下がり、辛うじて避けた。


「やったか?」


 目の前の瓦礫の山が邪魔で、通路が見えない。

 取り敢えず、ある程度の瓦礫を取り除かないと駄目だろう。

 確認は勿論、出る事も出来ない。

 破壊しきれてなければ、もう一度パイルバンカーを叩き込むだけだ。

 出来れば、あの轟音を連続して聞くのは勘弁して欲しいが。



 面倒な作業が出来た事に溜息を吐く。

 やらないと、晩飯にありつけなくなるのだから。


 大型パイルバンカーを魔法倉庫に収納する。

 瓦礫を取り除くのには邪魔だからだ。

 何とか通れる位まで瓦礫を取り除きながら、進んでいく。

 細かく砕かれているからまだ楽に進めるが、数が多い。

 瓦礫の三分の一を取り除いた所で、瓦礫の隙間から通路とその先にある岩肌が垣間見えた。

 大型パイルバンカーは、壁を完全に破壊していた様だ。

 大将が言っていた事は、大口では無かったらしい。

 邪魔な瓦礫を取り除き、通路に出る。


「やっと出られたか……」


 罠に掛かった運の悪さに溜息を吐く。

 収穫もあったから、完全に悪かったとは言えないが。


 さっさと帰ろう。

 暖かくて旨い晩飯が待っている。

 何度も食べ損なう訳にはいかないのだから。



 通路を入口に向かって進んでいく。

 全くモンスターと遭遇しないので、順調に進んでいる。

 早くダンジョンから出たいのでありがたい。


 入口まで後少しという所で、前方から戦闘をしているらしい金属音が聞こえてきた。

 確かこの先は……一本道だったな。

 今なら回り道すれば、戦闘に巻き込まれずに済む。

 そうすると、かなり遠回りになるか。

 早く帰って晩飯を食いたい以上、選択肢には入らない。

 戦闘を無視して、強行突破するだけだ。


 そう判断し、一本道を進む。

 進むにつれて、音は大きくなり、声も聞こえてくる。

 何かが、地面を叩く音。

 モンスターの威嚇する様な咆哮。

 探索者達の追い詰められた様な声。


 モンスターに気付かれない所まで近付き、状況を確認する。


 通路の壁に追い詰められた探索者が四人。

 それを囲んでいるモンスターが八体。

 通路を完全に塞いでいる。

 探索者達が倒したのだろう。

 モンスターが持っていた小剣が三本、地面に転がっている。


 気付かれずに通り抜けるのは、無理そうだ。

 そう判断する。


 早く帰るには、モンスターを倒すしかないか。


 モンスターを確認する。

 オークが四体、槍を持っている。

 ホブゴブリンが三体、こん棒を持っている。

 稀少種らしき、三本の角を生やした黒色の肌のゴブリンが一体。

 左手に長剣、右肩に盾を装備している。

 盾は何処かで見たような気がするが、気のせいだろう。

 四人の探索者は、革製の鎧に手甲と足甲。

 小剣と盾や弓を装備している。

 おそらく、俺と同じ新米探索者だろう。


 焦れたのだろうか。

 モンスター共が、一斉に探索者達に襲い掛かった。


 不味い。

 探索者達を囮にして、奇襲するつもりだったのだが。

 探索者達が殺られたら、モンスターを殲滅出来ても晩飯に間に合わない。


 バスタードソードを抜き、全力で駆け出す。

 ある程度戦場に近付いた所で、左端のオークに武神流気闘法“遠当て”を放つ。


「伏せろ!」


 怒鳴る様に、四人の探索者へ声を掛けた。

 これから放つ攻撃の巻き添えになっても、文句を言われない為だ。

 バスタードソードに気を込め、左から横薙ぎに振るいながら気を放出。


 武神流気闘法“気刃”。


 伸ばした気の刃で、一気に通路上のモンスターを薙ぎ倒す。

 気の刃が、左側から中央のオークとホブゴブリンの腕や胴を次々と斬り払っていく。

 右端にいた稀少種のゴブリンだけは、右肩の盾が形を変え、見えない筈の気の刃を完全に防ぐ。

 だが、そのまま壁に叩き付けられていた。


「防いだだと……」


 普通の盾なら、盾ごと斬り殺している筈。

 受ける攻撃により、盾が形を変えて防御している。

 形も機能も、俺の可変盾と同じだ。

 まさかとは思うが、あれは可変盾なのか。


『その通りです、マスター。あの盾は、マスターの持つ可変盾の対となるものです。あれを倒して戴ければ、後はこちらで使える様に処理します』


 腐れ甲冑め。

 簡単に言ってくれる。

 前に、何れだけ苦労したか忘れてないか。

 だが、既に一度戦っている。

 防御しきれなくしてやればいいだけだ。

 前とは違い、今は手段がある。


 稀少種のゴブリンに向かいながら、四肢のブレイクナックルにマナを込めていく。


「ブレイクナックル!」


 邪魔な可変盾を抑え込め。

 そう命令し、撃ち放つ。

 四基のブレイクナックルは、稀少種のゴブリン。

 それを守る可変盾に殺到する様に向かっていく。


 横目で探索者達の方を見る。

 伏せたまま、茫然とこちらを見ていた。

 だが、“遠当て”を撃ち込んだオークの姿が無い。

 多分、倒したのだろう。

 倒せて無くても、俺の知った事ではない。

 あいつらが対処すればいいだけだ。


 俺に気付いたのだろう。

 稀少種のゴブリンが俺の方を向き、両手で長剣を構えた。

 その目は、赤く染まっている。


 前の時と同じか。

 まるで、何かに支配されているかの様だ。


マスター、その通りです。可変盾があのモンスターを支配し、操っています。目的はただ一つ。マスターの元に行く為です』


 つまり、この場で倒しておかないと傍迷惑だという事だな。

 どのみち殺るから、問題無いが。


 金属同士の激突音が、辺りに連続して響く。

 ブレイクナックル四基が、可変盾に攻撃を始めた様だ。

 今の内に、稀少種のゴブリンを始末するか。

 稀少種のゴブリンは俺を警戒しているものの、仕掛けて来ない。

 俺もこいつ相手に時間を掛けて遊んでいる暇はない。


 稀少種のゴブリンが、自分の間合いに入ったのか斬り掛かってくる。

 長剣を盾で受け流し、パイルバンカーを頭に打ち込もうとしたが。

 辺りに響く、長剣と盾が産み出す甲高い金属音。


「グッ……」


 だが、異常な膂力で押し潰されそうになる。

 バスタードソードを首筋に叩き込もうとするも、それを察知したのか直ぐ後ろに下がった。


 厄介だ。


 眼前の稀少種のゴブリンを、そう判断する。

 隙が無く、守りも堅そうだ。

 小細工が通用しそうに無いな。

 力ずくで、殺るしかないか。


 バスタードソードを稀少種のゴブリンに叩きつけた。

 稀少種のゴブリンは、それを後ろに下がって避けようとする。


 だが、俺の攻撃は終わっていない。


 そのまま左腕を稀少種のゴブリンに向け、武神流気闘法“遠当て”を放つ。


「Gyaaaaaaaa!?」


 辺りに、稀少種のゴブリンの悲鳴が響いた。

 “遠当て”を食らい、仰向けに倒れた稀少種のゴブリン。

 止めを刺すべく近付いた俺の前で、光となって消え去った。

 後に、拳大の魔晶石と長剣を残して。


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