第七十一話 修行
駄女神アテナの降臨を阻止して機能を停止したブレイクナックルと、五人組からの戦利品を回収して回る。
駄女邪神ミラが去った途端、全身に溢れていた謎の力は元々存在しなかったかの如く消え去った。
腐れ甲冑とブレイクナックルの色は元に戻り、バスタードソードも元の姿に戻っている。
戦利品は、剣士の長剣と鎧、大男の大剣と鎧。
後は、鎧の中から出てきた人の頭程の大きさの魔晶石が二つ。
これだけだった。
魔法使い二人が使っていた杖も転がっていた筈だが、影も形も無い。
おそらくは駄女神アルテミスにより、三人と共に管理者の所へ送られたのだろう。
余計な真似をしてくれる。
パイルバンカーを使う為に、魔晶石をギルドに納められない俺の貴重な収入源を。
駄女神め……絶対許さない。
今度ダンジョンに降臨してきたら、必ず殺してやる。
魔族で、初めてお目にかかる大きさの魔晶石だった。
駄女神とは言え神ならば、その数倍の大きさの物を手に入れられるだろう。
一体、どれ程の大金になるのか。
興味は尽きない。
そう言えば、何故、駄女神達は直ぐ降臨出来なかったのか?
二柱共、光の球からゆっくりと人の形をとっていった。
普通なら、直ぐに降臨出来る筈だ。
ダンジョンには、神の降臨を妨害する何かがあるのだろうか。
疑問に思うが、答えを知る事は無いだろうな。
終わった事を何時までも気にしてはいられない。
先ずは、大型パイルバンカーに魔族を殺って得た魔晶石を入れておくか。
『主、大型パイルバンカーへの魔晶石の装填は既に終了しています』
珍しく気が利くな。
『この程度の事で、主の手を煩わせる必要はありませんから。それと、可変盾と大型パイルバンカーを収納します』
その宣言に合わせる様に、可変盾と大型パイルバンカーが消え去った。
腐れ甲冑は、何か変な物を食べたのだろうか。
いや、流石に……それは無いだろう。
これからどうするか。
取り敢えず、ここから出るか。
入口に向かい、歩き出す。
入口を抜け、ほぼ一本道の通路を進む。
歩きながら、さっきの事を考える。
駄女神アテナ降臨の際に、突然沸き上がってきた謎の力。
駄女邪神ミラが去ると共に消え去ったが。
その力は、駄女神とは言え神を殺せる程強大。
駄女邪神ミラが言っていた事なので、話半分だろうが。
それでも、上位竜辺りは簡単に殺れるだろう。
だが、それを当てにする訳にはいかない。
必要な時に使えない力など、無いのと何も変わらないのだから。
使える時に使うしかないだろう。
後は……バスタードソードの変化だ。
鞘から抜き謎の力が流れ込んだ途端、光と共に姿を変えた。
そして、謎の力の消失と共に元に戻ったが。
姿が変わる瞬間に聞こえた、俺を、“我が主様”と呼ぶ声。
バスタードソードが、知性ある武具に進化したとでも言うのか。
長き間大切に使われていた武具が、使い手の想いを糧に進化するというお伽噺や言い伝えはある。
だが、俺のバスタードソードは一月位しか使っていない。
だから、それはありえない。
おそらく、あの謎の力で進化したのだろう。
それ以外、理由を説明出来ない。
これ以上は、考えても無駄だろう。
そうしている内に、人影を見た丁字路まで戻ってきた。
さて……どうするか。
このまま戻って、大型パイルバンカーの試し打ちに一階の主の所へ行ってもいい。
もしくは、人影を追ってみるのもいいだろう。
考えるのも面倒だ。
硬貨を投げて決めるか。
硬貨を取り出そうとした所で、右側の隅にまた人影を見る。
俺を誘い出したいのか?
的を探して、ダンジョンを徘徊するのも面倒だ。
お望み通り、誘いに乗ってやろう。
罠があっても、罠ごと叩き潰すだけだ。
右に伸びる通路に入り、人影の追跡を始めた。
真っ直ぐ伸びる通路を歩きながら、内包マナ量を確認する。
大体……五割位か。
マナを回復させるため、魔法倉庫からマナポーションを取り出して一気に飲み干す。
周囲を警戒しながら、バスタードソードの高速振動機能について考える。
二回の戦闘で、実戦での威力と大体の消費マナ量は把握した。
確かに威力はあるが、俺のマナ量では消費量が大き過ぎる。
昨日も大将に散々練習させられて、最初よりは遥かに増しになった。
もっと消費を抑えないと、切り札としてはともかく、強い敵との戦闘では使い物にならない。
起動と停止の時機を見極め、マナ消費を最小限にするしかないだろう。
こればかりは、練習して慣れるしかない。
長く続いた通路が途切れ、広がった地面が目に入る。
どうやら、終点の様だ。
中は、ギルドの武闘訓練場位の広さ。
天井は、主の間位の高さ。
戦闘になっても、問題無く戦えるだろう。
モンスターはおろか、鼠一匹いない。
幻覚でも見たのだろうか。
色々あって、疲れが溜まっていた様だ。
鼠がいても、直ぐゴブリンの腹の中に収まっているだろう。
何も無い以上、もうここに用は無い。
他へ、試し切りの的を探しに行くとするか。
移動する為に動き始めた所で、急に空腹感を覚える。
そう言えば、まだ昼飯を食って無かったな。
色々あって、食うのを忘れていた。
腹が減っては戦が出来ぬ。
腹拵えして、後の的探しに備えるか。
壁まで移動し、背中を預ける。
魔法倉庫から弁当の包みを取り出し、包みを開く。
今日の昼飯は、ベーコンとレタスとトマトを挟んだベーコンサンドの様だ。
取り敢えず、それにかぶりつく。
疲れている為か、味が全く感じられない。
駄女神共め……許さん。
ダンジョン探索中、唯一の楽しみを奪いやがって。
絶対に許さない。
食い物の恨み、思い知らせてやる。
駄女神共への怒りをぶつける様に、ベーコンサンドを食い千切っては咀嚼し続けた。
味を感じられない昼食を無理矢理捩じ込む様に済ませ、水筒の水を飲んでから一息つく。
「そろそろ……行くか」
腹も落ち着いてきたので、試し切りの的探しを再開する。
この部屋を離れようと十歩手前まで入口に近付いた途端。
通路の天井が落ち、入口を塞いでしまった。
「モンスタートラップルームか!?」
慌てて振り向き、暫く警戒するが、モンスターが現れる様子は全く無い。
「閉じ込めるだけの罠か……」
周囲への警戒を緩め、塞がれた入口を確認する。
見た目は、ダンジョンの壁面と何ら変わらない。
叩いて確認してみたが、厚みは結構ありそうだ。
前にダンジョンの壁を破壊した時は、壁がそう厚くなかったのとパイルバンカーにありったけの強化をしていた。
だが、今回は入口を塞いでいる壁が分厚い為、ありったけの強化をしたパイルバンカーでも壁を破壊して脱出するのは無理そうだ。
モンスタートラップルームで無いのなら、暫くすれば落ちてきた天井も元に戻る筈。
無駄な努力をするより、出られる様になるまで待った方がいいだろう。
待っている間、暇になるな。
だが、ぼんやり待っていても仕方ない。
それなら、何かの練習をした方が有意義だ。
練習しないといけない事は多い。
何の練習をするか。
魔法は、戦闘時に使えないと困るので却下。
素振り等、身体を動かすのは、疲れるのでこれも却下。
残っているのは、気の制御だけか。
集中は、よく使っているからいいだろう。
放出は……あまり使った覚えが無い。
あまり使ってない、放出の練習をするか。
身体が地面から少し浮く程度に気を放出し、その状態を維持する。
跳躍する時と異なり、継続して放出しなければならないので制御が難しい。
少しでも気が緩んだら、地面に足が着いたり、高く浮き上がったりと上手くいかない。
練習を続けていく内に、少しづつだが浮き上がった状態を継続できる時間が伸びていった。
この状態で移動できたら、地面に仕掛けられた罠に掛からないのではないか?
下の階では、そういう罠が多いらしい。
俺が、それに引っ掛かる可能性は高いだろう。
いや、既に何度か引っ掛かっていた。
練習する価値はあるか。
真下に放出していた気の向きを、少し後方に変えてみる。
すると、浮いたままでゆっくりと前進し始めた。
気の向きを更に後方に変えたら、もっと速くならないか。
試してみると、前よりかなり速くなった。
まるで、氷の上を滑走しているみたいだ。
ふと、今の様子を想像してみる。
立ったままで、足を動かさずに移動している状態。
傍から見たら、不気味だろうな。
気付けば、眼前に壁が迫っている。
だが、向きを変える事が出来ない。
不味い、ぶつかる。
そう思った時には、既に壁に激突していた。
その反動で背中から倒れ込んだ。
「ぐっ……調子に乗りすぎたか」
頭を振りながら、立ち上がる。
「取り敢えず、向きを変えられないと使えないな」
調子に乗っていた事を反省し、向きを変える方法を考える。
身体を動かす。
これは、体勢を崩して転倒するだろう。
使える魔法にそんな便利なものは無いので、魔法は論外。
気の放出で何とかするしかないだろう。
とは言え、何も思い付かない。
なので、これまでやってきた気の使い方を思い出していく。
循環、集中、放出、気を込める。
取り敢えず四つか。
循環は、気を全身に巡らせる。
集中は、気を一点に集める。
放出は、気を身体から出す。
気を込めるは、そのままだ。
よく、パイルバンカーに気を込めているな。
その時の気の流れを思い出してみるか。
確か……左腕から気を流す様にしていたな。
左腕から流す……それは、腕から気を出している事になる。
それなら……腕以外からでも気を出せる筈だ。
試してみるか。
気を真下に放出して、身体を少し浮かせる。
浮いたまま、左肩から前に軽く気を放出。
思っていたより、簡単に出来たな。
身体は、少しだけ左に向きを変える。
続けて、右肩から気を放出。
少しだけ右を向き、最初に戻った。
身体の各部からの気の放出。
これは……使い方次第で色々出来そうだ。
戦闘時の回避を含めた動きは勿論、攻撃や防御にも使えるだろう。
これもまた、使いこなせる様にならないと。
一息いれ、水を飲みながら、入口の封鎖が解かれていないか確認する。
練習を始めてから、二時間以上経つ。
そろそろ解除されてもいい頃だ。
入口があった場所を見るが、未だ封鎖は解かれていない。
「まだか……」
溜息をついてから、練習を再開する。
今度は滑走と跳躍、気による姿勢制御を織り交ぜた、より実戦を想定した動きを。




