第六十九話 くっころさん製造者( メーカー)
「馬鹿な!? 条件は満たしてない筈だ!」
目の前で起こったあり得ない出来事に、思わず絶叫する。
この魔法使いの女は、まだ”くっころさん“になる条件を満たしていない。
否……意識を失っている以上、条件を満たせない筈だ。
一体、何がどうなっている?
訳が分からない。
目の前に現れた魔法陣は、前に見た“くっころさん”を護った物と同じ。
この魔法使いは、”くっころさん“になったという事なのだろうか。
だが、俺はそんな事認めるつもりはない。
俺の内の破壊衝動も促す。
――殺せ。
――破壊しろ。
破壊衝動に促されるまま、パイルバンカーの作動釦を押し込み続ける。
目の前のふざけた魔法陣を破壊し、魔法使いを殺す為に。
気と魔法で、ダンジョンの壁を破壊した時以上の威力を発揮する筈のパイルバンカーの長槍。
それですら貫けない、目の前の魔法陣。
一体、どれだけ硬い。
だが、諦める気は全く無い。
今度こそ魔法陣を破壊し、目の前の敵を殺す。
「いい加減、砕けろ!!」
頑強に虹色の長槍を防ぐ魔法陣。
それに対する苛立ちが、思いを叫ばせた。
その瞬間、ピシッという音と共に魔法陣に罅が入る。
罅は次第に魔法陣全体に広がっていった。
それに合わせ、長槍もめり込んでいく。
「後少し……」
長槍の尖端が魔法使いに触れようとしたその瞬間、魔法陣が強い光を放つ。
『そなたに、その者は殺させない』
何処からともなく聞こえる、聞き覚えの無い女の声。
それと同時に、俺は後ろに弾き飛ばされる。
そして、何かにぶつかったのか、背中に強い衝撃を受けた。
「グフッ……」
衝撃により、肺から強制的に空気が吐き出される。
「一体……何が!?」
状況が全く分からない。
取り敢えず、辺りを見る。
先ず見えたのは天井らしき岩肌。
左右を見ると、視界の大半を壁と床が占めている。
ブレイクナックルが四基とも、停止した状態であちこちに転がっていた。
どうやら……ブレイクナックル共々、何らかの力に因って弾き飛ばされたらしい。
呼吸を整えながら、ゆっくり立ち上がる。
近くに転がっているが、ブレイクナックルの回収は後回しだ。
何が何でも、あの三人を殺らなければ。
止めを刺す為、女魔族三人の方へ歩き出す。
三人は俯せに倒れている。
まだ意識は無い様だ。
特に、黒い奴がまだ生きている事に驚く。
瀕死の状態であの高さから落ちた筈だ。
改めて、魔族のしぶとさにうんざりする。
だが、そんな事を考えている暇は無い。
先程殺り損なった魔法使いの女の頭に向けて、再びパイルバンカーを作動。
エンチャント・カオスの効果を失ったのだろう。
虹色の輝きを失った、鈍色の長槍が打ち出された。
だが、長槍は先程と同じく魔法陣に止められてしまう。
「くっ……効果が無いと無理か」
俺の武器で最強の貫通力を誇るパイルバンカー。
それを以てしても、貫けない魔法陣。
破壊衝動が目の前の敵を殺せと叫ぶが、今の俺には魔法陣をどうにかする手が無い。
業腹だが、諦めるしかない様だ。
『無駄な努力は終わったかしら』
再び聞こえる、先程と同じ女の声。
俺の意思を嘲笑っている様だ。
「誰だ!!」
『我が名はアテナ。戦女神と呼ばれている存在』
戦女神アテナ。
確か……西方神族の戦神の一柱で、独身の女神だったか。
何故、戦女神が邪魔をする。
こいつらは、まだ条件を満たしていない筈だろう。
如何に戦女神だろうが、出てくる理由は無い筈だ。
『理由を作ったのはそなたであろう。一度ならず二度も”くっころさん“を殺そうとしなければ、我が直接介入する必要は無かった』
二度も……あの三人は既に”くっころさん“なのか?
『その女達は、既に“くっころさん”である。故に、そなたが殺す事は叶わぬ。我は、魔族の女達から“婚姻の戦女神”と崇められていての。その女達をふくめて、魔族の女達は成人すると我が祝福を受けにくるのだ。その祝福とは、自らを力で屈伏させた異性と絶対に結ばれるというもの。結果的に、“くっころさん”になる』
つまり……魔族の女を倒しても止めを刺せず、“くっころさん”になるという事か。
認めたくないが、こいつらが“くっころさん”になった訳は分かった。
だが何故、俺の疑問に答えられる?
俺の心を読んでいるのか?
『読む事も出来るが……それ以前に、そなたの顔に出ておる』
やはり……顔に出ていたのか。
何とか直さないとな……直るのだろうか?
考えてみるが、直せる気がしない。
『……それはともかく。我が態々介入したのは、そなたに直接罰を与える為』
「罰だと……」
戦女神に罰を与えられる様な事をしただろうか?
全く思い当たらない。
何かの間違いではないのか?
『……自覚が無いとは、呆れてしまう。先程言ったであろう。二度も自らの“くっころさん”を殺そうとしたからだと』
冗談ではない。
俺を殺そうとした敵だ。
敵は全て……殺す。
それに、何が俺の“くっころさん”だ。
俺には“くっころさん”など必要無い。
『……そろそろ、そなたに罰を与えよう。何がよいか……』
何処をどう突っ込めばいいのか。
与える罰ぐらい、決めてから来い。
まるで、駄目神ケイオスの様だ。
神は、こんなのばかりなのか?
神に対する認識を改めようか。
そう思った途端、脳裡に言葉が浮かんでくる。
“男日照りの行き遅れ”
どう足掻いても、逃れられないだろう。
なら、敵を殺せなくしてくれた礼も込めて、さっき浮かんだ言葉を言い放つ。
「やるなら早くしろ。“男日照りの行き遅れ”」
そう言った瞬間、イリアや管理者の守護者の鬼女を遥かに上回る恐怖が全身に襲い掛かった。
『……だ・れ・が“男日照りの行き遅れ”ですって!! よく、この戦女神アテナにそんな言葉を吐けたわね。嫌がる称号を授けるだけにしてあげようと思ったけど……』
口調と感じられる雰囲気が一変。
女神の怒りに触れたらしい。
“男日照り”と“行き遅れ”。
これは、戦女神アテナにとって禁句だった様だ。
怒り狂う所を見る限り、本当に男日照りで行き遅れているらしい。
やってしまったらしいが、今更どうにもならないだろう。
過去に戻ってやり直す事は出来ないのだから。
最悪、ここが俺の死に場所になる事も覚悟する。
『そなたが、死んだ方がましな罰を与えてあげましょう。そなたにとって、最悪の効果付きの称号を授けてあげるわ!! “くっころさん製造者”の称号をね』
俺の身体が、一瞬発光する。
これで、称号が授けられたらしい。
だが、疑問が浮かぶ。
効果付きの称号?
“くっころさん製造者”?
何だ……これは。
『“くっころさん製造者”は、“くっころさん”を産み出す効果付きの称号よ。本来の条件を無視して、心か体のどちらかを屈伏させるだけで女を“くっころさん”に出来るの。それに、自分が産み出した“くっころさん”を殺せなくする効果もあるわ』
これが神罰?
碌でもない称号を授ける事がか。
まあ、ここで死ぬよりはましかもしれないが。
神罰で授けられた称号の“くっころさん”になった敵を殺せなくなる効果。
確かに、俺にとっては罰になるだろう。
普通、神から称号を授かる事は名誉な事である。
だが、戦女神アテナは死ぬより嫌な事を罰にしたと言った。
“くっころさん製造者”の効果を思い出してみる。
本来の条件を無視して、心か体のどちらかを屈伏させるだけで女を“くっころさん”にする。
これだ。
条件が余りにも大雑把過ぎる。
戦闘時は勿論、それ以外でも“くっころさん”を産み出す可能性がある。
“くっころさん”が不要な俺にとっては、最悪な神罰だ。
これなら、この場で死んだ方が遥かにましだろう。
自分の意思とは無関係に、今後も様々な場面で“くっころさん”を産み出す事になるのだから。
押し付けられた、ふざけた称号のお陰で。
それが、どれだけの数になるのか予想出来ない。
いや、予想したくもない。
どうせなら、腐れ甲冑を奪ってくれた方がありがたかったな。
『主、寝言は寝てから言ってください。神であろうと、私達を引き離す事は不可能です。ですが……流石は戦女神アテナ様。主にとって最悪の罰をお与えになられたのですから。因みにこの称号は、アテナ様にしか剥奪出来ません。罰として授けられている以上、アテナ様が称号を剥奪する事は永遠に無いでしょう。つまり主は、永遠に“くっころさん製造者”なのです』
神なら、この腐れ甲冑を何とかしてくれると思ったのだがな。
そう上手くは行かないらしい。
『そなたが、その鎧――知性ある武具――を忌み嫌っている事は知っているわ。それなのに、そなたの望みを叶えるとでも思ったの? 頭は大丈夫?』
人の頭の事を心配する余裕はあるのか?
今ので確信する。
戦女神アテナは、駄目神ケイオスの同類だ。
武神タケミカヅチが、駄目神の同類でない事を願う。
俺に気闘法を与えてくれた、偉大な神なのだから。
「黙れ。人の心配する暇あったら、自分の心配をしろ。“行き遅れ”の駄目神」
一度言った以上、今更何度言っても大差無い。
それに、戦女神アテナは敵だ。
この場にいない以上、殺す事も叶わない。
それなら、出来る事――口撃――を徹底的にやるだけだ。
「“行き遅れ”の駄目神……いや駄女神か? さっさと結婚しろ、“行き遅れ”!」
『……一度ならず幾度も。もう許さない!! あいつらの計画何て知った事ではないわ。貴方を塵一つ、魂の一欠片も残さず滅ぼしてやる!!』
やり過ぎたか?
これまでとは比較にならない、怒りと憎しみを感じる。
だが、何故か恐怖を全く感じない。
身体の内から、気ではない未知の力が沸き上がってくるからだ。
これなら神を……駄女神アテナを殺れる気がする。
背後から、光が溢れてくる。
もしかして、駄女神アテナが降臨するのか。
それならそれで、好都合。
敵を……駄女神アテナを殺せる。
沸き上がる未知の力が、気と共に全身を循環していく。
全身を回ったのを感じた時、腐れ甲冑の色が変化を始めた。
蒼から金。
金から虹色へ。
それに合わせ、魔法倉庫に収納している筈の大型パイルバンカーが二基とも、各々左右の肩に装備される。
腐れ甲冑、勝手に装備するな。
『主、私は何もしていません。原因は不明。大型パイルバンカーは使用可能です。原因は不明』
腐れ甲冑が何もやってないだと?
魔晶石が無くて使えない大型パイルバンカーが使える様になっている!?
腐れ甲冑も原因が分からず混乱している様だ。
一体、何が起こっている?
この状況は、未知の力が溢れ出してから始まった。
この力が原因なのだろうか?
腐れ甲冑もこの力には気付いていない様だ。
訳は分からないが、駄女神とは言え神と戦う以上、使える物は全て使う。