第六十八話 迎撃
「貴様が……俺の女を“くっころさん”にした人間か……」
剣士が、怒りを無理矢理抑え込んだ声で断定する。
笑みを浮かべていた顔が、怒りと憎しみが入り交じったものに変わっていた。
俺は、初対面のこいつに恨まれる事をした覚えはない。
俺を人間と呼ぶこいつ……こいつらは人間ではないのか?
こいつの女を“くっころさん”にした?
何が何だか、訳が分からない。
怒り狂っているこいつに聞くのが、手っ取り早いだろう。
火に油を注ぐ事になるかもしれんが。
いきなり火球を撃ち込んでくれたんだ。
どのみち、生かして帰すつもりは全く無い。
「“くっころさん”と言えば……確か数日前に喧嘩を売ってきた女魔族がいたな。取り敢えず返り討ちにして、止めを刺そうとしたら勝手に“くっころさん”になったが。お陰で、止めを刺せなかったよ」
記憶を手繰り思い出した事を、奴に挑発混じりに話す。
「やはり……貴様だったのか! 死ね!」
怒り狂い、剣を翳して迫ってくる剣士。
左右の二人も剣士に合わせ、逃げ場を無くす様に近付いてくる。
さっきの剣士の言葉から、どうやらこいつらは魔族らしい。
魔族五人を相手に勝てるか分からないが、やれるだけやるしかない。
勝てなければ、死ぬだけだ。
逃げ場は無い。
強いて言えば、頭上はがら空き。
天井は、主の間並みに高い。
それなら、手はある。
一度だけやった、気を使っての跳躍。
その後、練習など一切していない。
正確には、色々な事に巻き込まれて出来なかっただけだが。
やらなければ、このまま奴らに殺されるだろう。
迫り来る三人の魔族を見ながら、跳ぶ時機を計る。
それぞれの武器の間合いに入る直前に、錬気し続けていた気を足から放出しつつ跳躍。
奴らの頭上は越えたが、天井に激突する軌道で跳んでいた。
それを左腕のパイルバンカーの盾の縁を天井に叩き付け、力業で激突を回避し落下する軌道に変える。
落下している俺の前方下から、風切り音が聞こえてくる。
再起動したらしい一基のブレイクナックルが、援護する様に俺の背後に向かう。
「ギャアアアアァァァアアァ!?」
背後から聞こえる女の悲鳴。
だが、それを気にしている余裕は無い。
地面が迫っている。
時機を計り、着地の為に再度足から気を一気に放出。
前回とは違い、今回は無事に着地した。
「エンチャント・カオス……カオス・シールド」
五人組の魔族に向き直りつつ、エンチャント・カオスとカオス・シールドの魔法を使う。
可変盾が虹色に発光し、二枚の虹色に輝く盾が現れてから姿を消す。
五人組の魔族の内四人は、俺の前にいる。
全員、俺を見て呆然としていた。
魔法使い二人も目の前にいる事から、跳躍で包囲から脱出出来た様だ。
後一人は……黒い奴――悲鳴から女だったらしい――がブレイクナックルを腹部に受け、壁面の天井近くに押し付けられている。
口許らしい所から吐血し、項垂れていた。
これなら、放って置いても死ぬだろう。
「お前達を生かして帰す気は無い。ここが……お前達の墓場だ」
残る四人を睨み付け、宣言。
俺の中の闘争本能と破壊衝動が、咆哮し続けている。
――闘え。
――殺し尽くせ。
――全ての敵を破壊しろ。
手近な魔法使いの女二人を殺る為に動き出した所で、俺の左右を何かが高速で通り過ぎた。
「何だ!?」
魔法使い二人が、再起動したブレイクナックルを胸に受け、壁面に向け飛ばされていくのが見える。
あの二人の女魔族も、黒い奴と同じ目に遇うだろう。
「アニミア!?」
「ベルテ!?」
剣士と大剣の男が、ブレイクナックルに飛ばされていく二人の魔法使いの名を呼ぶ。
少しして、
「ギャアァァァアァァァァ!?」
「ギャアアアァァァァ!?」
苦悶に満ちた悲鳴が、連続して辺りに響く。
ブレイクナックルにより壁面に叩き付けられ、そのまま押し付けられているのだ。
二人の魔法使いは、吐血し足下を自らの血で濡らした後に項垂れる。
幾ら魔族と言えども、流石にあの様子なら放って置いても死ぬだろう。
後、二人残っている。
三人の息があったなら、目の前の二人を殺った後で止めを刺せばいい。
流石に、あの様子ではもう意識は無いだろう。
止めを刺しにいっても、“くっころさん”になる事は無い筈だ。
「貴様ぁ!! 女によくもあんな真似が出来るな!」
「よくもベルテを!」
残った二人の男が、怒りと憎悪に満ちた叫びを上げる。
「殺し合いの場に、男も女も無い。殺すつもりなら、返り討ちに遇うのも覚悟しておけ。死ぬ覚悟も無い奴が、俺に刃を向けるな。俺は……神だろうが何だろうが、敵は全て殺し尽くす!!」
そう言い放ち、闘争本能と破壊衝動のまま目の前の魔族二人に向かって駆け出す。
背後から聞こえてくる風切り音。
それが、俺の横を通り過ぎる。
再起動した四基目のブレイクナックルが、手近な敵に向かって行ったのだろう。
「馬鹿な!? こいつは叩き落とした筈だ」
横目で見ると、剣士の周囲を再起動したブレイクナックルが飛び回っている。
奴の足止めは任せよう。
ブレイクナックルが叩き落とされるまでに、大剣の男を殺らなければ。
大剣の男に向かって駆けながら、気をバスタードソードに込める。
間合いに入ったのだろう。
大男がニヤリと笑う。
そして、突然炎を纏った大剣が、俺を押し潰さんとばかりに襲いかかる。
この威力は……俺では防ぎきれない。
大剣の防御は可変盾に任せるしかない。
そう判断し、更に踏み込んで大男の左側に回り込む様に動く。
立て続け響く、硝子が割れた様な音。
大男の大剣に、巻物の効果で出したシールドが何枚か砕かれた様だ。
流石は、魔族と言った所か。
巻物も安くは無いというのに……あっさり砕かれるとは。
だが、その損失は無駄にはならなかった。
金属同士がぶつかり合う激突音が響く。
大剣を虹色に輝く可変盾に受け止められ、大男が無防備な状態を晒している。
既に気を込めているバスタードソードにマナを込め、高速振動機能を起動。
大男の左足に叩き付ける。
それと同時に右足も斬る為、覚えたての武神流気闘法“気刃”を放つ。
バスタードソードは何の抵抗も無く、大男の左足を切断。
“気刃”も、辛うじて右足を断った。
「な……何だ!? って……」
切断面から血を吹き出し、俯せに崩れ落ちる大男。
何が起こったのか理解出来ていない様だ。
まだ、両足を断たれた痛みを感じていないらしい。
せめてもの情けだ。
苦しむ前に、逝かせてやろう。
訳が分からない内に殺してやるのが、情けかは分からないが。
足側から背を踏みつけ、マナを込めながらバスタードソードをその首に叩き付ける。
体から切り飛ばされ、転がっていく大男の首。
首と足の切断面からは血が吹き出して血だまりを作っている。
それが血の海に変わっていくのに、さほど時間は掛からなかった。
そして、大男の体と切り飛ばした首、両足、血の海が光となって消える。
後には、大男が使っていた大剣と鎧が残った。
「後……一人」
残っているのは、ブレイクナックルが足止めている剣士だけ。
大男の装備の回収は、後でゆっくりやればいい。
規則正しく響く金属音。
音の方を見やると、剣士が必死にブレイクナックルを凌いでいた。
先程とは違い、剣士が押されている。
どういう事だ?
ブレイクナックルの威力が上がっているのか?
気も付与魔法も使ってない筈。
疑問は消えないが、剣士を殺る好機。
考えるのは後でいい。
奴を殺るのが先だ。
ブレイクナックルの迎撃に必死な剣士に向かって駆け出す。
剣士は疲労からか、防戦一方になっている。
剣士がブレイクナックルの攻撃を凌いだ後に仕掛けよう。
「一体何なんだ!? この武器は……いい加減止まれ!」
ブレイクナックルの突撃を、剣士は長剣を叩き付ける事で何とか逸らす。
だが、疲労が限界を超えたのか、長剣を振り下ろしたまま動かない。
俺のマナ残量も残り少ない。
俺の命を狙った訳を偉そうにぺらぺら喋ると思ったがそれもない。
相手をするだけ時間の無駄だ。
さっさと終わらせよう。
右側に回り込んだ俺を見て、驚愕の表情を浮かべる剣士。
疲弊しきった剣士は声すら出せない様だ。
その様子を嘲笑いながら、バスタードソードを構える。
「死ぬのはお前の方だったな。仲間は先にあの世に行った。お前も行け」
身動き出来ない剣士の首目掛けて、バスタードソードをマナを込めながら横薙ぎに振るう。
斬った感触は感じられないが、剣士の首は切り飛ばされ床に転がっていく。
首から勢いよく吹き出す血を避けようとすると、剣士が光に変わって消える。
後には大男同様、使っていた長剣と鎧が残された。
「取り敢えず……終わったか」
何とか、五人組の魔族を倒せた。
先ずは、ブレイクナックルの回収か。
だが飛び回るブレイクナックルを、どうやって回収すればいい。
前に使った時……領主を処刑しに行った時は、ある程度したら勝手に帰ってきた。
だが今回は、帰ってくる気配が全く無い。
飛び回っているのは一基のみ。
他の三基は何処にいった?
『主。ブレイクナックル三基は、現在敵を攻撃中です』
思いがけない腐れ甲冑の返答。
戦闘中はだんまりだったから、当面は何も言わないかと思っていた。
壁面を見やる。
魔法使い二人と黒い奴が、未だブレイクナックルにより壁面に押し付けられている。
止めを刺そうとしているが、防御を突破出来ない様だ。
人間なら、とっくに体を貫かれて死んでいる筈。
魔族って結構しぶといんだな。
まあ、帰ってこない理由は分かった。
なら、止めは俺が刺す。
バスタードソードを鞘に納め、魔法使い二人に止めを刺す為に歩いていく。
戦闘が終わってないと分かった以上、装備と戦利品の回収は後回しだ。
近付くにつれ、二人の魔法使いの様子が明らかになる。
二人の魔法使いは項垂れ、止めを刺そうとするブレイクナックルにより壁面に押し付けられ、逃亡を封じられていた。
手にしていた杖は、その足下に転がっている。
「左側からかな」
何となくで選んだ左側の魔法使いの方に移動し、その頭にパイルバンカーを向ける。
前と違い、邪魔は入らない筈。
俺はこれ以上、“くっころさん”を増やす気は無い。
条件を満たす前に、さっさと死んでもらおう。
パイルバンカーの長槍に、ありったけの気を込めつつエンチャント・カオスの魔法をマナの限界まで重ね掛ける。
ここまでやれば、確実に殺れる筈だ。
長槍の輝きを確認して、そう確信する。
壁に撃ち込むつもりで、パイルバンカーの作動釦を押し込む。
虹色に輝く長槍が、魔法使いの頭に向かっていく。
殺った。
そう確信した。
その時、あり得ない事が起こった。
魔法使いの頭を守る様に魔法陣が現れ、虹色に輝く長槍を止めたのだ。




