第六十七話 試し切り
道具屋でポーションを補充した俺は、ダンジョンに向かう。
新生したバスタードソードの慣らしと大型パイルバンカーを使う為の魔晶石を手に入れる為に。
ダンジョン前の広場に着く。
広場は、多くの探索者が屯している。
パーティの仲間を待ってるのだろう。
ソロの俺には関係ないな。
それを横目に、入口に向かう。
近づくにつれ、入口の左右の壁面に人だかりが出来ているのが見える。
何かあるのか?
あれだけ人がいたら、直ぐには確認出来ないだろうな。
帰りに、人が少なかったら見ればいいか。
そう判断し、進んでいく。
入口前で、武具を装備。
前に装備せずに入ろうとしたら、入口に立つギルドの警備員に止められたからな。
二度も止められる積もりはない。
一応は、俺にも学習能力はある。
入口からダンジョンに入る際、左右の人だかりの声が耳に入ってくる。
「“ダンジョンニュース”?」
「発表……ダンジョン管理部広報課!? ダンジョンには、そんなのがあるのか?」
「ゴブリン氾濫の原因に迫る! だと……」
「ダンジョン壁面、探索者に破壊される!? って馬鹿な……」
「こっちは、探索者戦闘力ランキングだってよ」
「一位、二位は順当か……黒色だからな」
「……虹色!? ギルドの一覧にあったか?」
何か身に覚えのある事が聞こえてくるが、気のせいだろう。
俺には関係無い。
あったとしても、俺は知らない事にする。
気にしたら負けだ。
地下一階。
久し振りの見飽きた景色。
俺の場合は何時、何が起こるか分からない。
何が起こってもおかしくない、危険な場所。
色々ありすぎて、思い出す気にならない。
警戒を怠る訳にはいかないだろう。
通路を進み、新生したバスタードソードの的に手頃なモンスターを探す。
ゴブリンの勢力争い――街ではゴブリン氾濫と言っていたか――以後、ゴブリンを筆頭にコボルドやオークも余り見掛けないらしい。
一時間程探して、ようやく正面に人影を見付けた。
逃がす気は無い。
錬気した気を全身に循環させ、身体を強化。
人影に向け、歩みを速めた。
近付くと、人影が何か判別出来た。
ゴブリンが一匹。
右手に小剣、革鎧を身に着けている。
仲間からはぐれたのだろうか。
何かを探す様に辺りを見ている。
まだ、俺には気付いていない様だ。
四秒程走れば、バスタードソードの間合いに入る距離。
この距離ならまだ、投擲用のダガーで先制出来るか。
魔法倉庫からダガーを取り出し、ゴブリンの腹部を狙って投擲。
直ぐに、バスタードソードを抜きながらゴブリンに向かって駆け出す。
腐れ甲冑から出る金属音に気付いたのだろう。
「Gya、Gya、Gyaaaa!」
ゴブリンが、右手の小剣を振り回しながら威嚇してくる。
気付くのが遅い。
その下腹に、投擲したダガーが命中。
「Gyaaaaaaaa!?」
痛みで怯え、動きが鈍くなったゴブリンが俺に背を向け逃げ出す。
「逃がさん!」
流石に動きの鈍いゴブリンに逃げられる程、俺は間抜けではない。
直ぐに、その背を追いかける。
そして、バスタードソードを振り上げた。
バスタードソードにマナを込め、高速振動機能を起動。
そのまま、ゴブリンの背に振り下ろした。
だが、ゴブリンはそのまま逃げていく。
おかしい。
斬った手応えはあったのだが。
殺りそこねたか?
疑問を感じながら、逃げ行くゴブリンを立ち止まって見つめた。
十歩程走った所で、ゴブリンの体が縦に真っ二つになる。
右半分は前に、左半分は後ろに倒れていく。
真っ二つになった体が地面に倒れた所で、光となり消えていった。
後には、俺が投擲したダガーと小剣、魔晶石を残して。
「何て切れ味だ……」
斬られた者が、斬られた事を理解できずに死ぬ。
それをやった俺でも、恐ろしいと感じる威力。
だが、その分マナの消費も大きい。
大体、内包マナの一割だろうか。
俺では、多用出来そうもない。
それでも、切り札としては十二分な威力だ。
威力の確認は出来た。
後は、実戦で使い慣れるだけ。
次の的を探すか。
バスタードソードを鞘に納め、モンスターを探して再び通路を進む。
「見つからない……」
ゴブリン相手に、バスタードソードの新機能を試してから一時間。
あれから、次の的にするモンスターを探しているが、影すら見えない。
地下一階のモンスターは、全滅したのだろうか。
まあいい。
そろそろ、地下二階へ下りてみるか。
地下二階への階段へ向かっている。
これまでは魔法武器に扱いに慣れる為、この辺りには近付かなかった。
この辺りには、何匹かいる事を期待したい。
十字路に近付くと、左の隅に人影を見つける。
だが、その人影は直ぐに見えなくなった。
走る様な足音から、俺を見て逃げ出したらしい。
追い掛けるか?
無視するか?
数日前にも、こんな事があったな。
あの時は誘いに乗って、碌でもない目に遇った。
今回は、止めておこう。
人影を無視し、十字路を真っ直ぐ進む。
モンスターの影も形も無い一本道。
しばらく歩くと、左に折れ曲がっているのが見える。
そのまま進んでいくと、広い部屋らしき場所に辿り着く。
主の間程では無いが、充分広い。
戦闘するには、問題ないだろう。
見回すが、何も無い。
ここにいても仕方無い。
来た道を戻ろう。
部屋を出ようとした俺の目に、四つの火の玉が向かってきているのが映る。
「一体……何だ!?」
左腕の盾を構えつつ、可変盾を左肩に装備。
左が前の半身になり、襲いくる火の玉を防ぐ。
その直後、爆発の轟音と衝撃が立て続けに俺を襲う。
「ぐっ……」
衝撃に飛ばされない様、全力で踏ん張って、何とか凌ぐ。
爆発が収まり、視界が戻る。
火の玉が飛んできた方を見ると、五人組の男女が腕や杖を構えて入口を塞いでいた。
探索者か?
腐れ甲冑を狙って来たのだろうな。
攻撃してきた以上は、敵だ。
奴らが何者であれ、敵なら殺る事に変わりはない。
「ブレイクナックル!」
四肢のブレイクナックルにマナを込め、起動。
唸りを上げ、回転し始める。
奴らを牽制しろ。殺れるなら殺れ。
そう命じ、目の前の五人組に全てのブレイクナックルを撃ち放つ。
しばらくは、足止めになるだろう。
これでマナの四割を消費したが、まだマナを回復する訳にはいかない。
続けて、魔法倉庫からシールドの巻物を五本取り出し、全ての封を切っていく。
立て続けに、発光しては消えていく五枚のシールド。
これだけやれば、防御は十分だろう。
カオス・シールドを使いたい所だが、ブレイクナックルを全て使った事でマナが厳しい。
それに……入口の側にいる以上、不利になれば逃げるだろう。
混沌魔法を使うなら、奴らを部屋の奥に誘い込み、逃げられなくしてから確実に殺れる状況にしなければならない。
なるべく、混沌魔法の事を知られる訳にはいかないのだから。
魔法倉庫からマナポーションを取り出し、一気に飲み干す。
マナが回復してくるが、五人組を相手どるにはまだ足りない。
奴らの様子を窺いつつ、マナが回復するのを待つ。
「何だこれは!?」
「きゃあぁぁ!?」
「女達を護れ!」
五人組は慌てふためきながらも、必死にブレイクナックルを凌いでいる。
ブレイクナックルに取り付いた怨霊は、良い仕事をしている様だ。
命令通り、奴らの間を飛び回って牽制しつつ、直撃を狙っている。
マナ回復待ちしている今のうちに、五人組を確認しておく。
長剣を持つ、金髪の男。
大剣を持つ、黒髪の大男。
紅い宝玉らしきものが付いた杖を持つ、魔法使いらしい金髪の女が二人。
全身黒一色の性別不明の何か。
この場から分かるのはこれ位だ。
後は、臨機応変にやるしかない。
「邪魔だ!」
轟音と同時に、大剣の大男がブレイクナックルを打ち返す。
打ち返されたブレイクナックルは、壁に叩き付けられ停止した。
「このっ!」
飛翔速度が落ちてきたブレイクナックルが、剣士に長剣で叩き落とされる。
そのまま、床を転がって停止した。
停止したブレイクナックル二基は、その内再起動するだろう。
そのまま放置しても問題ないが、手札が一枚減るか。
残り二基のブレイクナックルは、魔法使い二人と黒い奴を今も牽制し続けている。
二人は殺れると思ったが……かなりの手練れの様だ。
いくら手練れでも、真正面から打ち返したり、叩き落としたり出来るのか。
何か、嫌な予感がする。
こういう予感は、外れた事が無いのが笑えない。
剣士と大剣の大男が魔法使いの救援に入り、力ずくで残りのブレイクナックルを停止させた。
チッ……不味いな。
ブレイクナックルを凌がれたか。
それだけの相手に、混沌魔法無しはきついな。
こちらは、まだマナが回復しきっていない。
大体、八割位。
シールドの巻物の効果は健在。
切り札の腐れ甲冑と指輪の身体強化は、腐れ甲冑が使わせてくれるか分からない。
取り敢えずは、このままやるしかないか。
何とか混沌魔法を使える状況にしなければ。
バスタードソードを抜き、構える。
そして、五人組の様子を窺う。
五人組が、警戒しながらこちらに近付いてくる。
剣士と大剣の大男、黒い奴が前衛。
魔法使いの女二人が後衛。
剣士を中心に大男が左、黒い奴が右に散開していく。
奴らは、俺を逃がすつもりが無いらしい。
まあ、こちらも逃がすつもりは無いが。
むしろ、近付いてくれるのはありがたい。
奴らに逃げられる可能性が減る。
出来るだけ奥に誘き寄せるか。
五人組は無言で近付いてくる。
それに合わせ、態とらしくない様に少しづつ下がっていく。
背中に固い感触を感じ、横目で左右を確認。
両側とも、見えるのは壁面。
奥に着いたらしい。
奴らの後衛も部屋の真ん中より奥に来ている。
上手く誘き寄せられた様だ。
もう逃げられないと確信したのだろう。
剣士が笑みを浮かべながら、ゆっくり歩いてくる。
それに合わせて左右の二人が、俺を包囲する様に動く。
何か言いたい事があるのだろうか。
火球の魔法を放とうとした二人を、剣士が左腕を上げて制止する。
腕を下ろす際に見えたが、甲に色の紋様が無い。
探索者なら、もう色の紋様が付いている筈。
どうやら、こいつらは探索者ではないらしい。
なら、一体何者なのか。
近付いてきた剣士が、ペラペラ喋ってくれるだろう。
剣士が、俺から十歩手前で止まり口を開いた。
「貴様が……俺の女を“くっころさん”にした人間か……」




