第六十四話 支払い
イリアから逃げ出す様にギルドを後にした俺は、魔法武具工房タイラントに向かっている。
大将に愛用のバスタードソードの修理代の一部を渡す為だ。
移動中、探索者らしき者の姿を全く見掛けない。
ギルドで戦闘力測定をやっているのだろう。
のんびり街の風景を眺めながら、歩いていく。
魔法武具工房タイラントに着いた俺は、扉を開け中に入った。
店の中は、相変わらず客の姿が無い。
カウンターまで行くが、誰もいない。
これだと、商品は売れて無くて、お持ち帰りされているのではないか。
そんな気がする。
「それは無え。失礼な奴だな」
カウンターの奥の通路から聞こえてくる声。
それに続いて、大将が現れる。
「うちは、魔法で盗難防止やってんだ。先ず出来ねえさ。もし出来たとしても俺が、やった事を後悔させている」
大将なら本当にやっていそうだ。
だが、何故考えている事が分かったんだ?
「考えている事が、口から出ているんだよ」
大将が呆れ顔で言う。
またか。
気を付けないとな。
「買取り金を何日も受け取りに来ないで、何やってた? 誤魔化さずに正直に話せ」
威圧を伴う質問。
どちらかと言うと尋問だろう。
大将の言う通り、正直に話す事にする。
「前に来た日の翌日は、ブレイクナックルを使う練習。その日の夜、ダンジョンの管理者に脅迫されて奴隷商店を襲撃。拐われていたエルフの族長の孫娘を奪還。その後、管理者に殴られて一日気絶。起きてからずっとギルドに軟禁されていた。昨日は、ギルド長に脅迫されてここの領主を処刑した」
余りにも簡潔な説明だが、問題無いだろう。
「要するに……お前が三日前に奴隷商人を殺り、昨日の晩領主を殺ったんだな?」
俺の話を聞いて頭が痛くなったのか、大将はこめかみを押さえながら確認する。
「ああ、二人とも殺った」
嘘を言っても仕方無い。
はっきり言い切っておく。
「衛兵が躍起になって、犯人を探し回っているぞ。どうするんだ?」
「そんなの、俺の知った事か。二度手間になったが、殺した部分について詳しく話しておく。奴隷商人を殺ったのは、管理者に脅迫されたからだ。俺がエルフの族長の孫娘の奪還をやらないと、自分達で奪還する事になるから街が更地になるとな。どう見ても中位以上の魔族三体が街で暴れたら、グランディアは更地になる。愛用のバスタードソードが修復される前にグランディアが無くなったら困るから、仕方無く引き受けただけだ。奴隷商店の連中を皆殺しにしたのは、管理者の指示。族長の孫娘を奪還しても奴隷商人達が生きていたら、グランディアとエルフの間で戦争になるからだそうだ。下手したら、人間とエルフの戦争に発展するかもしれなかったらしい。この事は、ギルド長にも話してある」
俺にしては、長く話している。
最低限必要な説明をするのに、これ位は長くなるか。
混沌魔法と“くっころさん”の事を省いてだが。
この二つは知られない方がいい。
「お前……そんなヤバい事に首を突っ込んでよく生きてたな」
「俺もそう思う。だが、俺自身の為だ。愛用のバスタードソードが手元に無いまま死なん」
俺がやったのは、奴隷商店にいた者を奴隷を除いて皆殺しにしただけ。
愛用のバスタードソードを再び手にする為だ。
それを邪魔するものは、全て叩き潰す。
「領主を殺ったのは、ギルド長からギルドからの依頼として強制されたからだ。ギルドが調べたら、領主は裏で色々とギルドに不都合な事をやっていたんだろう。お陰で臨時の処刑執行者に任命されて、仕方無く殺った。俺は暗殺者ではないのに」
これ位説明しておけばいいだろう。
後は、大将が自分で判断する筈だ。
どう取ろうが、俺の知った事ではない。
「お前……ギルドの権力争いに、しっかり巻き込まれてやがるな。お前はイリア嬢ちゃんが管理官だから、ギルド長派の探索者として見られているだろう。前ギルド長派の探索者には気を付けろよ。もう手遅れかもしれんがな」
ありがたい忠告だが、大将の言う通りもう手遅れだ。
「気を付けるも何も……既に二回襲撃されている。腐れ甲冑目当てもあったのだろうがな。パイルバンカーの的にしてやった」
「そうか……強く生きろ」
そう言いながら、大将が俺の肩を軽く叩く。
可哀想な奴を見る様な目で俺を見るな。
「……で、今日は何の用だ?」
抗議しようとした俺の出鼻を挫く様に、大将が問い掛ける。
言いたい事は色々あるが、仕方無い。
用を済ませるか。
「バスタードソードの修理代の一部を渡しに来たのと、長剣を何本か買いに来た」
「取り敢えず、修理代はどれだけ用意出来た?」
「取り敢えず、二百万ジールだ」
額を聞いた大将の表情は、全く変わらない。
つまらん……少し位は驚けよ。
「そうか。後三百万と言う所だが、もう稼ぎに行かなくていいぞ」
「どういう事だ? 材料費は全く足りてないが……」
「大半の材料を探す必要が無くなったんでな。お前が持ってきたゴーレムの残骸。あれを使った。一番入手困難な材料も、いつもなら集めるのに時間と金が掛かるんだが……何故か、直ぐ手に入った」
入手困難な材料が、簡単に手に入ったんだ。
運が良かったと思えばいいだろうに。
だが、大将の表情は冴えない。
直ぐ手に入れられた理由が不明なのが、不安なのだろうか。
「不純物が多い低級品かと思って調べてみたんだが……手に入れられる最高級品より遥かに不純物が少ない、いや……不純物が全く無い代物だ。人間ではあそこまでは精製出来ん」
大将の伝では、入手不可能な物の様だ。
つまり、出所が不明と言う事らしい。
不安になるのも当たり前か。
「調べた後、何故か無性にそいつを使った物を造りたくなってな。その勢いで、お前の剣を打ち直したと言うか生まれ変わらせた」
ちょっと待て。
後で、自分が不安になる物を使ったのか!?
ふざけるな!
俺の大事なバスタードソードにふざけた真似しやがって!!
怒りに任せ、無言で大将の顔面に右の拳を叩き込む。
だが、俺の拳は大将のごつい左手に受け止められる。
「何しやがる!」
「五月蝿い! ふざけた真似しやがって……一発殴らせろ!!」
そう叫びつつ、左の拳を大将の顔面に叩き込む。
だが、左の拳も大将の右手に受け止められた。
「チッ……」
大将の面を殴る事は叶わなかった。
この怒り、何処にぶつけたらいい?
「お前……本当に新米なのか? 今のはちょっと危なかったぞ。そこら辺の奴等より強いじゃねえか。(成長が、俺の予想を上回ってやがる。アレを使わせて見るか)」
少しは胆を冷やしたか。
ざまあみろ。
当たると思ったのだがな。
あんた一体、戦闘力ランクはどの色なんだよ……大将?
現役を退いている大将のランクも気になるが、最後に何か呟いていた様だ。
声が小さくて、全く聞き取れ無かったが。
「そんな事よりだ。修理したお前の剣を返す。取ってくるから待ってろ」
俺の両拳を放した大将はそう言い、店の奥に入っていった。
「待たせたな」
店の奥から戻ってきた大将は、両腕に俺のバスタードソードらしき剣と金属製の棒らしき物を何本か抱えている。
カウンターの端にそれらを置きながら言う。
「先ずは、代金支払いからだな。剣の修理が終わったから、長剣は不用だろ」
「ああ」
確かにその通りだ。
支払いは、今まではこんな風では無かった筈だが。
大将に何かあったのだろうか。
「大将……何か悪い物でも食ったのか?」
「失礼な奴だな。俺は妻の旨い手料理しか食っとらん!! まあ、そう聞きたくなるのも分からんでもないが……」
早速、奥さんのノロケが入った。
そう持って行ける聞き方をした俺の失敗だ。
長いノロケ話が始まるのを覚悟する。
「最近、代金を誤魔化そうとする馬鹿が増えてな。一々取っ捕まえるのも面倒になって、代金の受け取り方を変えた」
何……ノロケ話が始まらないだと。
奥さんの話が出ると、必ず話が脱線するというのに。
天変地異の前触れか!?
まあ、話が進むのでありがたいが。
しかし……大将相手に、代金を誤魔化す馬鹿がいるのか?
命知らずにも程がある。
まあ、大将に殴りかかる俺も大概だと思うが。
俺の場合は、大将がふざけた事をしてくれるからだ。
拳を叩き込めたら、下層へ潜れるだけの力がついている気がする。
当面は……無理だろうが。
「……という訳で、こいつに金を入れろ」
そう言いながら、カウンター下から縦長の箱らしき物を取り出す。
「二百万ジールだ。この魔道具の上の開口部に、あるだけ金を入れろ。お釣は出るから、心配するな」
面倒くさそうに、親指で大将が開口部を指し示す。
「百五十万ジールは、十万ジールづつ袋分けされているが?」
「面倒だろうが、全部入れてくれ」
「分かった」
会計が面倒になった。
こうなった原因を作った奴等を殴ってやりたい。
文句を言っても仕方無いので、持ち金を全部開口部に入れ始める。
無言で金を入れ続けて気が滅入ったので、代金の内訳を聞く。
「内訳か……剣の修理代が材料費込みで百二十万ジール。パイルバンカー用の長槍が四本で十万ジール。大型パイルバンカーが二基で七十万ジールだ」
「ちょっと待て! 剣とパイルバンカーの長槍は分かるが、大型パイルバンカーって一体どういう事だ?」
大型パイルバンカー!?
俺は、そんなもの頼んだ覚えは無い。
そもそも、存在すら知らなかった物を頼む事は出来ない。
「お前に使わせる為に、明細に追加したんだ。ついでに言っておくと、これからお前に引き渡す物は、全てあのゴーレムの残骸を材料に使っている。だから剣以外は技術料だけの代金だ。パイルバンカーの長槍は、注文を受けてた分で出来ているのを全部渡している」
驚く俺を畳み掛ける様に話が続く。
「大型パイルバンカーは、俺が現役の頃使っていた奴の改良型だ。でかいだけで、使い方は普通の奴と同じだから使って慣れろ。長槍は後で、今使っている奴と交換しておけ。剣だが……」
『入金額の集計が終了しました。入金額は二百九十三万四千二百十ジールです。お釣は、九十三万四千二百十ジールです』
どうやら、集計が終わったらしい。
喋る魔道具なんて物があるとは。
「お釣だ。受けとれ」
大将がカウンターの下から大きい袋を一、二……九袋と小さい袋を取り出し、カウンターの上に置く。
「大きい袋には、十万ジール分の硬貨が入っている。小さい袋は、三万四千二百十ジール分の硬貨が入っている。さっさとしまえ。渡す物渡してから、剣の使い方を教えないといけないからな」
剣を受け取って終わりではないのか。
大将のノロケ話が入る、脱線しまくる長い説明の時間が始まるらしい。
俺は溜息をつきながら、お釣の入った袋を魔法倉庫にしまっていった。




