表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/91

第六十三話 引き落とし

 窓から降り注ぐ陽の光を肌に感じ、目を覚ます。

 疲労は無く、身体は軽い。

 あれは、夢だったのだろうか。

 魂に響くあの痛み、夢とは思えない。


 混沌の力。


 混沌魔法がその片鱗に過ぎないとは。

 只でさえ強力な――駄目神は最強と言っていた――混沌魔法を超える、未知の力。

 腐れ甲冑を作り、俺を実験体にした腐れた奴等に一泡吹かせる為に、何としても手に入れなければ。

 虹色の光球は、俺の内に混沌があると言っていた。 混沌魔法を使い続ければ、俺の内の混沌は成長するのだろうか。

 混沌の力を手に入れる方法が分からない以上、取り敢えずは思い付いた事を全て試してみるしかない。

 たしか……虹色の光球はこうも言っていたな。


 味方が必要なら、ハーレムを作れ。


 多分、一人でも持て余す俺にハーレムを作れとか。

 甲斐性の無い俺には無理な芸当だ。

 俺の事を知っていて言ったのなら、考慮する余地はあるだろうが。

 そっち方面は不器用だから、ハーレムを作っても碌な事にならない。


 考えていても仕方無い。

 取り敢えず、行動するか。


 扉を開け、部屋を出ようと取っ手を掴む。

 視界の隅に、左手の甲が虹色に光っているのが映る。


「何だ?」


 左手の甲を見る。

 虹色に光る、腐れ甲冑の上に剣と槍が交差した紋様が刻まれていた。


「そう言えば……」


 臨時処刑執行者イレイザーの依頼完了報告後、ギルド長に引き摺られて戦闘力を測定させられたのだった。


「光っているのは目立つな……」


 何かで隠さないと。

 魔法倉庫を漁り、光る左手を隠せる物を探す。


「これでいいか」


 取り出した、汗を拭うためのタオルで左手の甲を隠す様に巻き付ける。

 だが、虹色の光はタオルの生地を透して紋様を浮かび上がらせていた。


「どうしたらいい?」


 思わず出た一言。


『諦めて下さい、マスター。その紋様は、何をしても隠す事は出来ません。時間の無駄です』


 即座に返ってきた、腐れ甲冑の答え。

 まるで、お節介な世話焼き幼馴染みみたいだ。

 昔……故郷にいたっけ。

 腐れた連中のお陰で、忘れていたかった記憶を思い出す。

 本当に……碌でもない事をしてくれたな。

 腐れた連中への怒りを抑えながら、部屋を出た。



 食堂で朝食を取り、ギルドに向かう。

 俺の口座に振り込まれている筈の、臨時処刑執行者イレイザーの報酬を引き出す為だ。

 それなりの大金なら、バスタードソードの修理代の一部として大将に渡しておこう。


 ギルドに向かって歩いていると、すれ違う者の視線が左手に注がれているのを感じた。

 左手の紋様を見た奴が皆一様に驚愕の表情を浮かべているのを見て、笑いたくなるのを必死に堪える。

 笑ってもいいが、狂人扱いされたくないので止めておこう。

 そうしている内に、ギルドに到着。

 扉を開け屋内に入ると、直ぐ側の掲示板全面に同じ内容の物が貼られている。

 確か……ギルド長が言っていた戦闘力ランクについての物だったか。

 昨日は疲れきっていたし、散々異常呼ばわりされて見る気が失せたんでさっさと宿に帰って寝たんだな。

 俺のランクは分からないし、見るだけ無駄とは思うが一応見ておくか。


 題は、“戦闘力ランクについて”か。

 紋様については、測定時に説明しているので割愛します。

 大急ぎで用意したのだろうが……手抜きするな。

 後は、色と探索可能な階の目安の一覧か。

 ギルド長が言っていた通りみたいだな。


 黄色……地下一階のみ。

 緑色……地下一階から地下三階。

 青色……地下三階から地下八階。

 紫色……地下八階から地下十八階。

 赤色……地下十八階から地下三十階。

 白色……地下三十階から不明(現在、白色の探索者が不在の為)。

 黒色……不明から地下六十階(※これは暫定的な物です)。


 ……不明とか暫定とか問題有りすぎだろう。

 測定した探索者から聞き取りした結果だろうが、曖昧過ぎる。

 俺が、何処まで潜れるかは全く判らないが。

 他の探索者と殺り合う時に、相手の強さの目安はつけられるだけマシか。

 一覧の確認は、これ位でいいだろう。

 そろそろ、中に入るか。


 広間に入り、空いている受付窓口に向かう。

 一部の受付窓口に、行列が出来ている。

 確か……あの辺りに、昨日戦闘力測定をした受付窓口があったな。

 ギルド長に無理矢理戦闘力測定させられたが、正解だった様だ。

 あの行列に並んで長い間待たされるのは、勘弁してほしい。


 受付窓口に向かう途中、俺の紋様を見た探索者達が次々と驚愕の表情を浮かべていく。

 一覧に無い虹色の紋様。

 驚いて当然か。

 バカ面を晒すのは構わないが、他所でやれ。

 喧嘩を売ってくるなら、五割増で買ってやろう。

 俺の的として、死ぬまでは役に立ってもらう事になるが。

 生かして帰す気はない。



 受付窓口に着き、職員に声を掛ける。


「預金の引き出しを頼む」


 俺の声を聞いた女の職員がやって来る。


「預金の引き出しですね。左手をこちらに乗せて下さい」


 前は受付の職員が渡していた半透明の板が、台の上の左側に鎮座していた。

 台の中央から右にかけて、黒色の板が置かれている。

 半透明の板に乗せる手は、どっちでも良かった筈だが。

 何時の間に変わったのだろう。

 まあ、いいか。


 職員の指示に従い、左手を半透明の板に乗せる。

 一瞬だけ輝き、個人認証が終わった。


「アルテスさんです……アルテスさん!! その紋様は何ですか!?」


 大声に驚いて、職員の顔を見る。

 俺の担当管理官イリアが、驚愕の表情を浮かべていた。

 何時もの様に、あちこちの応援に入っているのだろう。


「大声を上げるな。落ち着け。ギルド長……あんたの父親に、無理矢理戦闘力測定させられた結果だ」


 イリアを落ち着かせつつ、簡単に説明しておく。


「でも……それ……」


 イリアの動揺はまだ治まらない。

 どうしたものか。


「ギルド長から何も聞いて無いのか? 俺の身体が、呪いの甲冑によって造り変えられている事とか」


 ギルド長は、イリアに何も伝えて無いらしい。

 何やっているんだ。

 もしかして、あれからずっと書類の処理をやっていたのだろうか。

 伝える間も無く、キリキリ働いていたらしいな。

 だとしたら、ご苦労な事だ。

 それなら納得も出来るか。


『(マスター……また呪い扱い……絶対に赦しません!!)』


 んっ……何か聞えた気がするが、気のせいか。

 早く金を下ろして、大将に渡したいが仕方無い。

 イリアが落ち着くのを待とう。


「……失礼しました。取り乱してしまって。預金の引き出しですね」


 ようやく落ち着いたイリアが、仕事を始めてくれた。

 顔の表情は何時も変わらない。

 だが、目だけは何時もと違う。

 何と言うか……あれは、獲物を見付けた肉食動物の目だ。

 具体的には何か分からないが、嫌な予感がする。

 見なかった事にして忘れてしまおう。

 問題を先送りしている様だが、仕方無い。

 触らぬ神に祟り無しだ。


「……百五十万ジールお預かりしています。って、何時の間にそんな大金を稼いだのですか!?」


 最初程ではないが、預金額を見たイリアがまた取り乱す。

 大金を稼いで何の問題がある。

 今は、金はいくらあっても困らない。

 この額では、バスタードソードの修理代に全く足りない。

 手持ちと合わせても、二百万いく位か。

 稼ぐのは、イリアにとってもいい事だろうに。

 自分の評価を上げる為にも、しっかり稼げと言ったのは誰だったか。


「確かに、そう言ったけど……」


 思っている事を無意識に口にしていたのだろう。

 先程より落ち着いてきたイリアが、申し訳なさそうに答える。

 この癖も直しておかないと、その内碌な事にならないだろう。

 直るかは分からんが。


「それより……顔付きが、数日前と変わりましたね。何かあったのですか?」


 覚悟を決めた俺の変化を感じ取ったのか。

 戸惑っているイリアが尋ねてきた。


「色々ありすぎて、覚悟を決めただけだ」


 何としても、混沌の力を手に入れなければならない。

 その為には、神と戦う事も辞さない位の覚悟は必要だ。

 そうでなければ、不可能だろう。

 それよりも早く金を下ろさなければ。

 イリアのお陰で話が脱線し続けている。


「全額下ろしてくれ。なるべく早くな」


「分かりました。少々お待ちください」


 ようやく何時も通りになったイリアが、こちらからは見えない何かの魔道具を操作する。

 すると、台の中央から右にかけて置かれている黒色の板が発光し出す。

 発光が治まると、黒色の板の上に硬貨がぎっしり詰まっている袋が十五袋置かれていた。


「これは……」


 突然、目の前に現れた袋に驚きながらも、イリアに尋ねる。


「入出金に使っている魔道具が変更されたの。詳しい仕組みは分からないけど、以前に比べて格段に便利になったわ。魔道具開発部の自信作よ。これのお陰で、重い袋を台車に乗せて金庫まで往復しなくて良くなったわ。更に手続きの時間も短くなって、好評なの」


 確かに、手続きの時間は短くなっている。

 目の前の袋は、俺が下ろした百五十万ジールなのだろう。

 好評と言っているが、誰に好評なのか。

 多分、目の前のイリアにだろうな。


「黒色の板の上にあるのが、あなたが下ろした百五十万ジール。十万ジールの袋が十五袋になります。ご確認下さい。預ける時は、預けるお金を黒色の板の上に置けば、自動で預け入れの処理をしてくれるわ」


 機嫌が良くなったのか、イリアは饒舌になっている。

 他の応援は、大半が金関連だったのかもしれない。

 下ろした百五十万ジールが入った袋、全部で十五袋を魔法倉庫に入れていく。


 金を下ろした以上、もうギルドに用は無い。

 早く、大将の所に向かおう。

 無言で受付窓口に背を向け、足早にギルドから去る。

 あのまま、イリアと話を続けていると碌な事にならない。

 そんな悪い予感がした。

 ここ最近、悪い予感がよく当たっている。

 さっさと退散するに限るか。


「アルテスさん話があります。待ちなさい!」


 イリアが、受付窓口から体を乗り出して叫んでいる。

 後が怖いが、仕方無い。

 俺にはイリアの声は聞こえてない事にして無視する。

 悪い予感がする以上、ギルドに居続ける気は無い。


 俺は、逃げ出す様にギルドを後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ