第六十二話 選択
『起きろ』
聞き覚えある声が聞こえる。
誰だ?
色々あって疲れているんだ。
ゆっくり寝させろ。
起きる気は無いので、聞こえてきた声を無視。
『時間はあまり無い。さっさと起きろ!』
怒鳴り声と共に、腹部に強い衝撃を受ける。
「グフッ!?」
魂にまで響く激痛に目を開く。
「何処のドイツだ?! 人の安眠を妨げる奴は!」
怒りに任せて叫んだ俺の目に映るもの。
漆黒の闇。
辺りを見回して見るが、全てが闇に包まれている。
俺は、宿の部屋の寝床で寝ていた筈。
ここは何処だ?
『やっと起きたか。ここは、お前が産んだ混沌の中だ』
俺が産んだ混沌?
疑問を覚えながら、声のした方へ向き直る。
目の前に在るのは虹色の光球。
俺を訳の分からん所に呼んで、安眠の邪魔をしたのはこいつか。
「お前は何者だ?」
答えないだろうが、一応虹色の光球に尋ねる。
『それに答える時間的余裕は無い。こちらもかなり無理して、お前と接触しているのだから』
なら無駄口叩かずに、さっさと用を済ませろ。
『お前がさっさと起きないからだろうが!』
心を読んでいるのか?
『読まずとも流れ込んでくる。取り敢えず、用を済ませよう』
虹色の光球から光が伸び、俺の右腕に巻き付く。
この光は縄代わりなのか。
『行くぞ』
その言葉と共に、虹色の光球に引っ張られていく。
問答無用か。
全てが闇の中。
どれぐらいの速さで移動しているか全く分からない。
『着いたぞ』
どうやら、目的の場所に着いたらしい。
目の前には、豪華な窓がある。
何故、こんな所に窓がある?
『気にするな。禿げるぞ。それより、窓を覗いてみろ』
虹色の光球に促され、窓を覗いてみる。
窓の向こう側では、多数の光球が円を成して何かしているらしい。
「あれは何だ?」
『あれは……お前が腐れ甲冑と呼ぶものを創った、腐れた奴等が会議をしている所だ』
不愉快そうな声で、虹色の光球が答える。
こいつも、あの連中が嫌いなのだろう。
『そろそろ、音も聞こえてくるだろう。一部、隠蔽されていて聞き取れないかもしれないが』
次第に聞こえてくる音。 虹色の光球の言う通り、聞こえてくる内容から会議をしている様だ。
多数の光球が明減している様子から、激しくやり合っているのだろう。
どれがどの発言をしているか、全く判らないが。
「――は、第二段階に入っている」
「……遅い。もっと早くしろ」
「無茶を言うな。現状ですら、こちらの想定外の速さだ」
「計画が実行に移って二ヶ月弱。これ以上の速さは、彼の者が持たない」
「だからといって、このまま――に世界を好き勝手させ続けるのか?」
「誰もそんな事は言っていない。時が来るのを待てと言っているだけだ」
「時が来るのを待てだと!? 一体、何時来るのだ?」
「――、落ち着け。我等は、適合者が現れるのを永き間待ち続けてきた」
「ようやく現れた適合者。それを焦って潰す気か?」
「二度と現れないかもしれないのだ。もし、また現れるとしてどれだけ待たねばならん。我等には、次を待つだけの時間的余裕は無い」
「我等は、彼の者に全てを託すしかないのだ」
「世界を護る為にも」
「彼の者は、武神流気闘法と混沌魔法が使える。自らの内に産み出した混沌と合わせれば、不完全な状態でも――計画の目的の一つは達成出来よう。現在の進行具合のままでも、上手くすれば我等の想定以上の存在に成りうる」
「ならば、問題あるまい。もう一つの方はどうする?」
「簡単よ。強い力を持つ女に、彼の者の子を生ませればいいわ。二十年後には使える様になるでしょう」
「一人では、数が足りないぞ」
「問題無いわ。彼の者は“くっころさん”を既に一人産み出しているもの。彼の者に“くっころさん”を量産させつつ、魔族や人間、エルフの女に彼の者と子作りしたくなる様に仕向ければいいだけよ」
「仕向けるとしても……洗脳は不味い。そんな事をすれば、恋愛神を敵に回す事になる」
「問題無いわ。そんな事しなくても、自ら身体を差し出す様になるもの」
「根拠はあるのか?」
「勿論。恋愛神に頼んで、彼の者を異性として見ている者と見はじめている者がいるか調べてもらったの。そうしたら、現時点で五人いる事が分かったわ。彼の者の行動次第では、二桁いくわ。我等が介入するなら、三桁は確実よ。ハーレムを作らせたら、ある程度の数は見込めるでしょう」
「……そうか。だが、彼の者は女好きなのか?」
黙って聞いていれば……。
ふざけた事言いやがって。
俺が、女好きだと思っているのか。
パイルバンカーがあれば、その身体に風穴空けてやるのに。
『怒りを押さえろ。奴等に気付かれる』
虹色の光球の声。
同時に、腹部に強い衝撃。
「グフッ!?」
魂にまで響く再度の激痛に、怒りが霧散していく。
『頭は冷えたか?』
「冷えたか……ではないだろう……」
腹部の痛みに耐えながら、虹色の光球を睨み付ける。
『睨み付ける気力があるなら、大丈夫だな。まだ続くぞ』
続きを見る様に促される。
「見た所、女好きではないわ。どちらかと言うと、草食系ね。あっちの趣味は無し。でも“英雄、色を好む”って言うでしょ。強制的にヤり続けさせて、女好きに躾ればいいの。子作りさせつつ躾られる。一石二丁よ」
「――、それはどうかと思うが……」
「……種馬扱いか、酷いな」
「切っ掛けはどうする? 彼の者を洗脳する事は出来んぞ」
「実は……生体改造の第一段階の内容を、皆に内緒で幾つか加えていたの」
「何だと?」
「適合者が生体改造の初期段階で死んだ時に備えて、適合者に成りうる子を生み出す為だったのだけど……」
「済まない。俺も皆に内緒で、第一段階で適合者の魂と――甲冑を繋ぐ様にした。だから、彼の者は簡単に死ななくなっている」
「――、――、そなたらは何という事を……」
「それでは、彼の者の精神は……」
心配するのは殊勝だが、杞憂だ。
そう簡単に、廃人になる気は無い。
お前ら全員を殴り飛ばすまではな。
「問題無いだろう。我等を一発づつ殴ると言っているのだから。その程度で壊れはしない筈だ」
「彼の者を信じるしかないか……」
「――、そなたがやった事。洗いざらい話せ」
「一つ目。母体の条件に適合する女に適合者が性的に襲われた場合、色々な意味で抗えなくする」
「……彼の者の好みとかは、完全に無視しているな」
「仕方無いわ。一人でも多い方がいいもの。魔族やエルフは美女が多いから問題無い筈よ」
「――、性格は……」
イリアや管理者の守護者に襟首を掴まれた時に逃げられなかったのは、これが原因なのか?
「二つ目。一発ヤるだけで女を虜にする……」
「――、俺の問いを無視するな!」
「襲われたら、人生の墓場行きか……」
「……彼の者だと色々搾り取られそうだ」
「――、女の敵を作ってどうする気だ?」
「何よ! やりたい放題出来るのだから、問題無い筈よ。男は自分に都合のいい女が大好きでしょ!!」
「――、ひどい偏見だぞ」
「それは問題発言だ」
「だが、彼の者にハーレムを作らせるのには役に立つか。本人の意思を無視してだが……」
「彼の者の意思を考慮する必要は無いし、魔族の女の場合は問題にならないわ」
「どういう事だ?」
「魔族の女の恋愛対象の条件。一つ目は強さよ。自分より強い男に簡単に靡くの。二つ目は自分に無いものを持っている事。彼の者の場合、一番目の条件で女が群がるわ。ある意味、魔族の女はちょろ過ぎるから我等が何もしなくてもハーレムが出来上がるわよ」
「それは……魔族の女に対して失礼ではないか?」
「これは恋愛神の言葉だから、覆しようの無い事実よ。あの方は、円満なハーレムを見てみたいという理由で私に協力して下さっているもの」
「恋愛神……この馬鹿を止めろよ(弟子よ……済まん。助けられそうにない。ここにそなたの味方は居ない様だ)」
「――、そなたが勝手に加えたのは、それで終わりか?」
「ええ。これなら計画の二つの目的を同時進行出来るわ」
「確かに……だが、彼の者の負担が大きすぎる」
「いいじゃない。数多の美女を侍らせて、好き放題出来るのよ。ハーレムは男のロマンなんでしょ。役得じゃない」
「――、全ての男がそう言う訳では無い。一人でも手に余る者は多い。おそらく、彼の者もそうだろう」
「フンッ。彼の者の意思なんて、――計画遂行の邪魔にしかならないわ」
本当に腐れた奴等だな。
今は……お前らに利用されてやる。
腹立たしいが、耐えるしかない。
お前らの望み通りの存在に成り果てるまでは。
その時を覚悟して待っていろ。
『チッ……予想より早い』
どうした?
『済まない。腐れ甲冑に気付かれた様だ』
どういう事だ。
『混沌の力で、念入りに隠蔽と撹乱をしていたのだがな。我々が接触しているとまでは気付かれていないが、お前が異常事態にあると認識した様だ』
混沌の力……そんなものどうやったら使える?
『強い意志と気合いと根性があれば、使える様になる。というか、話の骨を折るな。冗談抜きで時間が無い』
済まん。
『まあいい。……チッ、時の神にも気付かれたか。どうやら、ここまでの様だ。今のお前に味方はいない。皆、自分の利益の為に手を貸しているだけだ。どうしても味方が必要なら、不愉快かもしれんが奴等の思惑通りにハーレムを作るしかない。少なくとも、“くっころさん”は絶対に裏切らん。それ以外は、体で言うことを聞かせろ。ただし、闇雲に増やすな。増やし過ぎたら、身体が持たないからな。俺が出来る細やかな助言だ』
周りの味方うんぬんは兎も角、味方が必要ならハーレムを作れとは……。
一人でも持て余しそうなのにどうしろと。
無茶な助言だが、一応は感謝しておこうか。
『本当は、最後まで見せてやりたかったのだがな。今の記憶は、混沌の力で奴等や腐れ甲冑に気付かれない様に隠蔽する』
そう言うと同時に、虹色の光が俺の周囲を満たしていく。
『もう一つだけ。混沌魔法は、混沌の力の片鱗に過ぎない。一切邪魔が入らない所で、またいつか会おう』
虹色の光に飲み込まれた俺は、気が遠くなっていった。
最後の言葉の意味。
それを考えながら。
『混―戦―、――へ――……』
『――。マ……ー。ど―――。主!!』
五月蝿いな。
頭に響く。
『主!! 今までどうしていたのですか!? 主との繋がりが何らかの力で断ち切られ、その事すら欺瞞されていたのですから!!』
腐れ甲冑が、切羽詰まった様子で問い掛けてくる。
珍しい事もあるものだ。
正直に話してやる義務も理由も無い。
もっと言えば、答える気が無いので無視。
混沌の力。
この力を手に入れれば、あの腐れた奴等に一泡吹かせる事が出来るだろう。
だが、どうやったら手に入るのか。
虹色の光球の最後の言葉を思い出す。
混沌魔法は、混沌の力の片鱗に過ぎない。
これを信じるなら、混沌魔法が混沌の力を手に入れる為の鍵になるだろう。
混沌魔法を使い続ければ、混沌の力を手に入れられるのか?
その可能性は分からない。
俺にとって、混沌魔法は諸刃の剣。
手札としては、申し分の無い力がある。
“混沌魔法大全 完全版”は俺が使った一冊しか存在しない。
駄目神を除けば、唯一の混沌魔法の使い手。
だが、混沌魔法の使い手とばれたら、俺は邪神の使徒として死ぬまで命を狙われ続けるだろうな。
危険が伴う、分の悪い賭け。
そこまでして、手に入れる価値はあるのか?
この判断が、今後の未来を選ぶ事になると直感した。
俺は……混沌の力を手に入れる。
手に入れずに後悔するより、手に入れて後悔する方を選んだ。




