第六十話 完了報告
探索者ギルドの廊下を、ギルド長の部屋に向かって歩いていく。
ギルド長に依頼完了の報告をする為だ。
新米探索者に過ぎない俺に、無茶な依頼受けさせてくれた礼をしてやらなければ。
そんなことを考えているうちに、ギルド長の部屋の前に到着する。
到着してから気付いたが、ギルド長はまだいるのだろうか。
既に深夜。
もう、自宅に帰って寝ているかも知れない。
まあ、いい。
いれば、報告する。
いなければ、宿に帰って明日出直せばいいだけだ。
中に入る為、扉を叩いて合図。
続けて、扉を蹴り開けた。
「入るぞ」
一応声を掛け、開け放った入口から入室する。
「アルテス君……入室を許可した覚えはないのだが……。まあいい。何の用かね?」
疲労混じりの呆れた様な声。
ギルド長は、執務用の机で山積みの書類を処理していた様だ。
まだいたとはな。
夜遅くまでご苦労な事だ。
許可を待たずに入ってきた俺を見て、苦笑いしたギルド長が用件を訊ねてきた。
「依頼完了の報告だ。それと、渡されたマントを返す」
そう言うと、身に付けていた処刑執行者のマントを外し、山積みしている書類の上に放り投げる。
「依頼完了の証拠として、領主の首を持ってきているが引き渡した方がいいか?」
「……そうだね。渡してもらおうか」
その言葉を聞いて、口許が緩む。
精々、驚け。
そう心の中で呟き、魔法倉庫から領主の首を取り出してギルド長に投げ渡す。
「……」
それを両手で受け止めた、ギルド長の表情は全く変わらない。
黙ったまま、首を確認している。
つまらないな。
もっと驚いてもらいたかったのだが。
「確かに……。依頼は完了した様だね」
平然とした様子でギルド長が言う。
そして、後ろの棚から箱を取り出し、確認していた首をその箱の中に入れた。
「……驚かないんだな」
その平然とした様子に呆れる。
「首を投げ渡された程度では驚かないよ。昔は、色々と裏の仕事もやっていたからね。それに数日前に、前ギルド長の派閥の連中に家を襲撃されたばかりだ。もっとも、娘はよく眠っていた様だが」
穏やかな笑みを浮かべ、平然と話すギルド長。
この分だと、幾度も修羅場を潜り抜けてきたのだろう。
あの程度は、日常茶飯事らしい。
聞かなかった事にして、話を変える。
「所で、報酬は出るんだろうな?」
ここ数日、まともな稼ぎが無い。
守銭奴ではないが、只働きは御免だ。
俺は、聖人君子ではない。
「それは問題ない。無茶な依頼だったからね。それに、諸々込みで相応の額は出す。君の口座に入金しておくから、明日以降に受付で受け取ってくれ」
出し渋るかと思っていたが、気前良く出してくれる様だ。
相応の額と言うからには、期待してもいいだろう。
「分かった。そうさせてもらう」
そう言うと、ギルド長に背を向け、蹴り開けた扉から部屋を出る為に歩き出す。
もう、ここに用は無い。
帰って寝よう。
「待ちたまえ」
俺を呼び止める、ギルド長の声。
――出来るだけ、ギルド長には関わるな
自称処刑執行者だった護衛の男の忠告に従い、それを無視。
どうせ、また碌でも無いことを押し付けるつもりだろう。
そう判断し、そのまま部屋を出る。
表の出入口に向かって、通路を進む。
理由は簡単だ。
使う事の無い裏口の位置など、俺が知っている訳が無い。
そのまま歩き続けて、受付のある広間に着く。
受付の窓口には、夜勤らしい担当のギルド職員が三人程いる。
探索者は一人もいない。
当然か。
こんな深夜までダンジョンに潜っている奴など、そうはいない。
地下に下りる階段が目に入る。
それで、ここ二、三日、汗を流して無い事に気付く。
折角だ。
汗を流してから帰ろう。
そう決めると、地下への階段を下りて行った。
「ああ、さっぱりした……帰って寝るか」
地下のシャワー室で汗と精神的なストレスを洗い流した俺は、受付のある広間を出入口に向かって歩く。
「待ちたまえ、アルテス君」
背後から掛けられた、聞き覚えのある声。
それと同時に、襟首を掴まれ前に進めなくなる。
振り返ると、息を切らせたギルド長がいい笑顔で俺の襟首を掴んでいた。
「何の用だ? もう用は無い筈だ。俺は、あんたに用は無い」
あんた(ギルド長)には関わりたくない。
言外に、その意味を込めて言い放つ。
「いや、君に無くてもギルドにはあるんだよ。来てもらおうか」
そう言うと、ギルド長は俺を引き摺って受付の方に歩き出す。
「ギルドが用があるって、一体何だ?」
「来れば分かるよ。着いてからのお楽しみだ」
振りほどこうと足掻くが、イリア以上の力で襟首をしっかり掴まれていて、それが出来ない。
そのまま、ギルド長に受付まで引き摺られていく。
最近、襟首を掴まれて引き摺られている事が多い気がする。
気のせいだと思いたい。
「そこの君、測定の準備を頼む」
ギルド長が、近くの受付で暇そうにしている男の職員に声を掛ける。
「はっ、はいっ」
声を掛けられた男の職員が慌てて立ち上がり、ギルド長と俺が立っている受付窓口に移動。
窓口の側に置かれている箱状の物を操作し始めた。
「何だ、あれは?」
職員が操作している、箱形の物について尋ねる。
「あれは……」
俺の様子を見たギルド長が、話しかけて止めた。
「今は止めておこう。興味があるみたいだからね。ここで話したら、逃げ出すだろう。使ってからのお楽しみだ。体に害のある物で無い事は確認済だから、安心して欲しい」
あの箱に興味をもったのを気付かれたらしい。
また、顔に出ていたのだろうか。
顔に出やすいのを何とかしないとな。
その内、碌でも無いことに巻き込まれるだろう。
既に……手遅れの様な気もするが。
その原因の筆頭になるだろうギルド長に、襟首を掴まれているのが笑えない。
「逃げないから、いい加減放してもらえないか?」
この状態に耐えられず、ギルド長に降参の意を告げる。
「本当に逃げないかね?」
疑り深いな。
気配を感知させずに俺の襟首を掴まえたギルド長から、逃げきれるとは思えない。
「逃げない……と言うより、あんたから逃げきれる気がしない」
更に両手を上げ、ギルド長に降参の意を再度示す。
「分かった……」
その言葉に、ようやく襟首を掴まれたままの状態から解放されると安堵した。
だが、それに続く言葉に驚愕する。
「……だが、断る!」
ギルド長の力強い拒絶。
だが、ここで諦める訳にはいかない。
このまま、襟首を掴まれたままでいる気は無い。
「逃げないと言ってるのに……何故だ!?」
俺の問いに、ギルド長が穏やかな笑みを浮かべ、ふざけた理由を言い放つ。
「娘……いや、イリア管理官が君を引き摺っているのを見た時は、どうしたものかと思っていたのだがね。だが、実際にやってみて分かったのだよ。これは君を逃がさない為にどうしても必要であり、ついでに私もやっていて楽しい」
理不尽かつ、ふざけた理由。
「寝言は寝て言え。いや、寝てても言うな。傍迷惑だ。他人の襟首掴んで引き摺り回したかったら、自分の娘にやってろ!」
俺は……ギルド長、あんたのおもちゃではない。
「このふざけたギルド長を何とかしろ!」
受付で魔道具を操作している職員に訴える。
だが、一度此方を見た職員は関わり合いたく無いのだろう。
その後、一切此方を見ようとしなかった。
当然ながら、俺の呼び掛けに全く応えない。
誰か、これ(ギルド長)を何とかししてくれ。
俺の魂の叫びは、誰にも届かないらしい。
 




