第六話 パイルバンカー
大将の面……ではなく、その腕に持つパイルバンカーを見て、現在の武具を考える。
メイン武器のバスタードソード。
投擲と格闘戦用のダガー。
今現在纏とっている、蒼色の魔力付与された甲冑。
現時点で、武器を換える必要はない。
鎧もこの甲冑以上の物は無い。
盾は買うつもりだったから、ただなら盾付きのパイルバンカーを使ってもいい。
大将の自慢通りなら、攻撃力も飛躍的に上がるはずだ。
本能が、目の前のパイルバンカーを使えと訴え続けている。
俺の答は決まった。
俺はニヤついてこちらを見ている大将に、自分の戦闘スタイルを完全に決定付ける事になる言葉を叩き付ける。
「大将、俺が実戦テストしてやる。だからそいつを寄越せ」
「あーはっはっは。助かった。どうやって使わせようか悩んだが、無駄だったな」
腹を抱えて笑う大将を見て、蹴りを入れたくなる。
だが、パイルバンカーを腕に抱えているため実行に移せないのが悔しい。
暫くして、大将の笑いが収まる。
「すまん、すまん。あまりにも思い通りだったんでな。受け取れ」
大将がパイルバンカーを俺に突きだし、受け取るよう促す。
促されるままパイルバンカーを両手で受け取り、その予想外な重量に驚く。
「なっ!? 重いっ」
バランスを崩し倒れそうになるが、甲冑の身体強化を瞬間的に起動。何とか持ちこたえる。
大将と俺の力の差を考慮するのを忘れていた。
軽々と持っていたので、重くないと勘違いしてしまった。
勘違いしていなくても、結果は同じだっただろう。
左腕にベルトで固定し、持ち手を握り装備する。
動かしてみるが、重すぎて思い通りに動かせない。
「重すぎて扱いきれない」
これが素直な感想だ。
軽くしてもらわないと、とても扱えない。
「力ねえなぁ……まぁ、仕方ねえか。パイルバンカー本体とその鉄槍、金属製の盾の三つ分の重さだからな。ま、新米探索者じゃ無理があるか」
そこまで重かったのか。冗談と思いたい。そんな物を使わせる積りだったのかか。
「ちょっと待て。普通、そんなの使うのは無理だろう。というか、よほどの馬鹿力でもない限りそんな物使えるか!!」
あまりの無茶振りに、頭にくる。
「怒鳴らなくても分かってる。パイルバンカー本体と盾に軽量化の魔法を付与しておく。それ以上対策は出来無いから、後は自分で何とか使いこなせ」
「分かった。勿論、こいつはただでくれるよな?」
命懸けで実戦テストをすることになるはずだ。ただでもらっても問題無いだろう。
「まぁ、いいだろう。そいつは試作品だから、ただでくれてやる。だが、軽量化の魔法付与で二日ほど時間をもらうぞ」
「それぐらいは待つさ。今日は本気で死にかけたし、そろそろ休みを入れようと思っていたから」
探索者になってからの一週間、全く休みを取らずダンジョンに潜り続けてきた。
普通は二、三日に一回、一日休みを取るそうだ。
そうでないと、疲労やストレスが溜まって死にやすくなるかららしい。
宿での食事中に聞こえてきた話だから、話半分で聞き流していた。
だが、今日のオークとの戦闘で死にかけたことで理解できた。
確かにあんなギリギリの戦闘をしていれば、疲労とストレスが溜まる。
「ついでにバスタードソードの整備も頼む」
「分かった。帰る時に渡してくれ。それより、パイルバンカーの使い方を簡単に説明するぞ」
隅に置いてあった金属製の古い鎧で組み立てた的を裏庭の中央に動かしながら大将が言った。
「とりあえず、的の前に立ってパイルバンカーの先端を向けろ」
大将に言われた通り、的の前に移動。
パイルバンカーを装備した左腕を右手で支えながら的に突き出す。
「持ち手のボタンを押せば槍が射出される。まあやってみろ」
言われるまま、持ち手のボタンを押す。
シュッという風を切る音と共にパイルバンカーが槍を射出。
射出された槍は、軽い衝撃を左腕に伝えると共に鎧をあっさりと貫き、射出前の位置に戻る。
「何て貫通力だ……」
槍が貫通した部分を見て、茫然と呟く。
「どうだ、威力は申し分無いだろう。槍の先端を対象に向け、ボタンを押して射出する。使うのは簡単だ。だが、使いこなすには時間が掛かるからな」
パイルバンカーの威力に驚いている俺を見て、大将が自慢気に説明する。
「分かっている。幾ら軽量化してもらっても、取り回しに慣れないとせっかくの威力も宝の持ち腐れだからな」
大将に言われるまでもない。使いこなせれば、強力な武器になるだろう。使いこなせるようになるまで、ダンジョンで特訓するつもりだ。
「分かっているならいい。調子に乗って、無茶するなよ」
「無茶はもう懲り懲りだ。なるべく、死にそうな目に遇いたくない」
無茶という言葉でオークとの戦闘を思い出し、大将の言葉を全力で否定する。
「出来るならじっくり腕を研きたい。装備に頼り切ってたら、失った時にまともに戦えなくなるからな」
「分かっているじゃねえか。なら、言っとくことはねえ。それじゃ、パイルバンカーを外せ。細かいことは、引き取りに来た時に話す」
左腕がパイルバンカーの重量に耐えきれなくなっていたため、喜んでパイルバンカーを外す。
「お、重かった。……腕がだるい」
パイルバンカーを装備していた左腕を回しながらぼやく。
「鍛え方が足りねえ証拠だ。しっかり鍛えろ」
地面に置いたパイルバンカーを軽々と拾い上げながら、大将があきれた様に指摘する。
「まだ一週間の新米だ。鍛えてる最中だ」
「そんな強力な甲冑を手に入れてくるような奴が、新米と言って信じてもらえる訳ないだろ。寝言言ってないで中に入るぞ」
大将がパイルバンカーを抱えて店に戻っていく。
慌てて、甲冑の金属音を響かせながら大将に着いて裏口から店に入る。
カウンター前まで戻ったところで甲冑を身に着けているのに限界を感じ、売った武具を片付けている大将に声を掛けた。
「大将、甲冑を脱ぐから手伝ってくれ」
「どうした? そのまま着て帰るんじゃないのか」
武具を片付ける手を止め、不思議そうに尋ねてくる。
「あちこち当たって、体が痛い」
「寸法調整されてるから諦めろ。だが、戦闘に差し障るな。まあ、仕方無い……鎧下も作るか」
面倒だ、余計な仕事を増やすな。そう聞こえる様に言われながら、大将に手伝ってもらい甲冑を脱ぐ。
バスタードソードもカウンターの上に置く。
「剣の整備、パイルバンカーに軽量化の魔法付与、鎧下の作成にダガー十本か……」
ペンを取り、ブツブツ呟きながら紙に何かを書き付けている大将を辺りを見回しながら待つ。
他に誰もいないのを見ていると、この店は潰れないのだろうかと不安になる。
まあ潰れたら潰れたで、他の店を探せばいいだけだが。
そんな事を考えていると、目の前に何か書かれた紙が突き付けられた。
「請求書だ。合計で二万四千ジール。詳細はこいつを見とけ」
請求書を受け取り、詳細を確認する。
剣整備、五百ジール。
軽量化魔法付与二点計、一万四千ジール。
注文製作鎧下、三千ジール。
ダガー十本計、六千五百ジール。
合計二万四千ジール。
売った分がほとんど飛んでいってしまう請求額に、あきれてしまう。
あきれているのが顔に出ていたのだろう。
「魔法付与は常連価額で元の半額の上、更に三割引してやってる。まあ、先行投資ってヤツだ。これ以上は下げられんからな」
俺の顔を見た大将が、更なる値下げを拒否する。
値下交渉は無理そうだ。
魔法付与が、特別割引価額で二点一万四千ジール。
割引が無かったら、一点二万ジール。
魔法付与は、そんなに高かったのか。
ここまで割引するってことは、ハッキリと口にはしていないが、かなり期待されている様だ。
期待に応えるためにも、多少は目立って店の宣伝になる様にしよう。
もっとも、ソロ探索者で出来る店の宣伝など思い付かないが。
「わかった。支払いは、買取り分から引いといてくれ」
「買取りから引いとくぞ。請求分を差っ引いて、買取り額は六千ジールだ。受け取れ」
大将から渡される六千ジールとダガー十本を収納の指輪にしまう。
「二日後の晩には全て出来上がってるから、それ以降に取りに来い」
「分かった」
此処での用は済んだ。
そう思い、大将に背を向けようとしたところで、左手の指輪が視界に入った。
「あっ、忘れてた」
指輪を調べてもらおうとしていたことを思い出し、大将に声をかける。
「すまないが、こいつを見てくれないか?」
調べてもらうために指輪を外そうとするが、指の一部の様にくっついていて外れそうにない。
仕方なく、左手ごと大将の眼前に出す。
「こいつが使ったっていう強化の指輪か。その隣は収納の指輪だな」
確認してきた大将に、頷くだけの肯定の返事を返す。
手に取って詳細に調べるために大将が指から抜こうとする。
抜けないことを確認すると、何か分かったのか俺を値踏みするかの様に見つめる。
「これまた厄介な指輪を着けたものだな。簡単に見たが、二つとも一度着けたら一生外せない半分呪いの類いの指輪だ。強化の効果は甲冑とは比較にならないほど強力だ。人間の耐えられる限界まで引き上げる」
一旦言葉を切り、俺をかわいそうな人を見るような目で見た大将が話を続ける。
「だが、数分使えば暫く身動き出来なく成る位、身体がボロボロになる。しかもマナ消費が膨大だから、下手をしたらそのままダンジョンで意識を失い、そのまま死ぬ事になるだろうな」
要するに、この強化の指輪は諸刃の剣ということか。
使い所を間違えず、使いこなせばいい。
「確かに、こいつは強力な切り札になるだろう。だがな、使う時は死ぬ覚悟をしてから使え」
「ああ。そんな覚悟はしたくない。なるべく使わずに済む様にするさ」
「そうか」
二つの指輪のことが解ったことで、此処での用は全て終わった。
大将に背を向け、店を去ろうとしたところで声がかかる。
「今日、強化の指輪を使ったよな。明日起きたら、絶対に全身激痛で苦しむだろう。悪いことはいわんから、帰りに道具屋寄ってポーションを買っとけ」
右手を挙げるだけで答え、そのまま店を出た。