第五十七話 領主強襲① 門扉破壊
右腕を伸ばしたまま、闇の中を沈み続けている。
薄れゆく意識。
最後の力を振り絞って、右腕を更に伸ばす。
掌に何かが触れ、意識が覚醒する。
何だ?
暖かくて、柔らかい。
何かは分からないが、取り敢えずそれを掴んでみる。
「キャアアアアア!?」
甲高い女の悲鳴が、響き渡る。
一体、俺が掴んでいる物は何なんだ?
目を開く。
まず見えたのは、見覚えのある部屋の天井。
どうやら、無事に戻ってこられた様だ。
悲鳴のした方を向く。
イリアが顔を真っ赤にし、驚いた表情で寝台の側に立っている。
その胸元には俺の右腕が伸び、右手が彼女の胸を確りと握っていた。
今まで触ったことのある中で、一番小振りな胸。
それでも、世間一般では十二分に巨乳と呼べる大きさ。
その事を本人に直接言う程、馬鹿ではない。
「……」
下手に何か口にすると、碌でも無い事になりそうだ。
無言で身体を起こし、右手をイリアの胸から離す。
「何の用だ? まだ此処にいればいい筈だが……」
おそらく、胸を触られた事で、茫然自失しているのだろう。
イリアの反応が全く無い。
この分だと、意識が戻って来るまで待つしかなさそうだ。
だが、それを待つ気は無い。
寝台から降りると、茫然自失しているイリアをそのままに、部屋から出る。
通路は相変わらず、扉や壁の瓦礫や破片が散乱したまま。
イリアは、何しに来たのだろうか?
暇だから来たということは無いだろう。
飯を持ってきたという訳でもない。
飯を載せた手押し車も無いのだから。
ということは、ギルド長の呼び出しだろう。
そう判断した俺は、ギルド長の所へ向かう事にした。
ギルド長の部屋の前。
扉を叩き、返事を待たずに中に入った
部屋の窓から見える外は日が落ち、薄暗くなっている。
「……早かったね」
俺が入室してくるのを見たギルド長が、呆れた様に言う。
礼儀云々言われないのは助かる。
言うだけ無駄と思っているのかもしれないが。
「用があるなら手短にな。あんたも忙しいだろ」
「分かっているよ。あまり時間が無いので、簡単に用件を言おう。領主を処刑してきてもらいたい。簡単だろう」
ギルド長の用件に耳を疑う。
冗談は寝てから言え。
いや、寝てても言うな。
まさか、ギルド長がこんなふざけた冗談を言うとは。
この分だと、また碌でもない事を考えているらしい。
また、ギルド長に利用されるのは気に食わないが、遣らざるを得ないか。
領主を殺っても、お尋ね者にならないかすら分からない。
「簡単に言ってくれる」
内容を簡単に言っているが、実際に遣るとなるとかなり難しい。
こっそり忍び込んで暗殺などという器用な真似、俺には出来ない。
出来るとすれば、領主の所へ突っ込んで、立ちはだかる者を全て倒してから、領主を処刑するぐらいか。
「領主を殺っても、問題は無いのか?」
これは、確認しておかなければ。
口約束をして、後で反故にされては敵わない。
「問題無いよ。これは、ギルドとしての依頼だからね」
ギルドとしての依頼だというのか。
ギルドを敵にまわすつもりは無い以上、受けない訳にはいかないな。
領主は、ギルドにとって不都合な事をやっていたのだろう。
前会った時に、調べていると言っていた。
碌でもない事をやっていたのだろう。
そうでなければ、即座に処刑などとはならない。
「……依頼は受けよう。ただ、俺のやり方でやらせてもらう。俺がこの依頼を含めた、ここ数日で起こした問題は不問になるんだろう?」
色々やっているからな。
特に、壁と扉の破壊。
修理費を請求されたくはない。
「勿論だよ。やり方は君に一任する」
「分かった。さっさと終わらせて来る」
ギルド長にそう言い、背を向ける。
「待ちたまえ」
部屋を出ようとした俺に、ギルド長が声をかける。
「何だ?」
振り返り、呼び止めたギルド長を見る。
まだ何かあるのか。
「忘れ物だ。持っていきたまえ」
俺の前にやって来たギルド長が、手にしている物を渡してきた。
「これは何だ?」
受け取った物を見ながら、ギルド長に尋ねる。
「ギルドの処刑執行者であることを証明するものだ。領主を処刑する時には、身に付けてくれ。事が済んだら、必ずイリア管理官に返す様に。もし悪用したら、刺客を送らなければならなくなるからね」
折り畳まれたそれを広げ、確認する。
マントか。
動きを阻害するから、着けたくないのだが。
着けない訳にはいかないだろうな。
「分かった。用が済んだら、さっさと返す。持ち続けていても、碌な事にならないだろうからな。俺もお尋ね者にはなりたくない」
受け取ったマントを魔法倉庫に入れ、そのまま部屋を出た。
領主の館、門前。 門は閉ざされ、その両脇には門番が退屈そうに槍を持って立っている。
「始めるか……」
腐れ甲冑を纏い、ギルド長に渡されたマントを身に付ける。
両腕に、改修されたブレイクナックルを装備。
「あれ? 装備した筈だが……」
間抜けな声が漏れる。
腐れた連中に心の傷を抉られている間に、改修されたブレイクナックル。
だが、装備されている様には見えない。
『主、ブレイクナックルは装着されています』
腐れ甲冑の声。
「どういう事だ。下腕が大きくなっているだけだが?」
『ブレイクナックルの改修点の一つ目、形状変化です。装備時は追加手甲として、私(甲冑)に合わせて変形。起動時には、本来の見慣れた形状に戻ります』
「つまり、もう装備されているんだな。で、マナを込めると見慣れた筒状に戻るのか」
『その通りです』
大将では不可能そうな改修がされている。
改修と言っていいのか分からないぐらい、無茶苦茶やっているな。
大将に見せたら、碌でもない事になりそうだ。
だが、今考える事では無いか。
取り敢えず、館に入らないと。
どうせ、こっそり忍び込む事など出来ない。
正面から突っ込んで行くだけだ。
門に向かって歩いて行く。
「何者だ?」
「止まれ!」
門番が俺の接近に気付き、制止する為に動き出す。
武装した怪しげな奴が近付いて来たんだ。
警戒して当然か。
仕事熱心な奴らだ。
先ずは、門番の二人を黙らせるか。
両腕のブレイクナックルにマナを込め、起動。
腐れ甲冑の説明通り、手甲が見慣れた円筒形に形を変え、回転を始める。
「んっ……軽いな」
改修前のブレイクナックルは、俺を鍛える為とかほざいて、重量軽減の魔法は施されていなかった。
気功法で身体能力を強化しなければ、身動きすら出来ない程の重量だ。
俺に合わせた改修と言っていたから、重量軽減の魔法が施されたのだろう。
『その通りです、主。ただし、重量軽減の魔法は、私の判断で発動します。今回は敵戦力が不明の為、特別に効果を発動しています。基本的に発動させるつもりはありませんので、それは覚えておいて下さい』
チッ、多少は楽が出来ると思ったが、そう甘くは無いか。
腐れ甲冑、そしてその背後にいる奴らの目的を達成するまでは、この状態らしいな。
まあいい。
いつまでも、俺がこの状況に甘んじていると思うな。
貴様らが目的を達成したら、礼をしに行ってやるから楽しみにしていろ。
その為にも、先ずはダンジョンを踏破しなければ。
のんびりと、こんな所で遊んでいる暇は無い。
さっさと終わらせよう。
「ブレイクナックル!」
左腕のブレイクナックルを左側に立つ門番に放つ。
放たれたブレイクナックルが、手首の辺りから何かに飲み込まれる様に消えていく。
「消えた!?」
驚く俺の脳裡に、腐れ甲冑の声が聞こえる。
『問題ありません。これも改修時に追加された機能です。ブレイクナックル発射時、腕の先と手首に転移門を構成。腕の先側の転移門から出現し、そのまま目標に向かいます。因みに、先頭部は発射時に自動的に形成されますので、主は気にする必要はありません。今まで通り、お使い下さい』
これは……武器を持ったままでも、ブレイクナックルを使えるということか。
『その通りです。言い忘れていましたが、転移門構成はマナを大量に消費します。現在の主の体内マナ量では、二、三度の使用が限度です。気を付けて下さい』
何て事だ。
ようやく、混沌魔法以外で離れた相手に確実に当たる攻撃手段を手に入れたというのに。
そういう事は、もっと早く言え。
使い勝手が良くなったと思えば、使用回数に制限がつくとは。
だが、マナポーションを使えば、一、二回は追加出来る筈。
使い所の見極めを誤らなければ、何とかなるだろう。
新しい武具をただで手に入れた。
それで納得するしかないか。
放たれた左腕のブレイクナックルが円錐形の先頭部を形成。
左腕の先に現れた転移門から飛び出し、そのまま左側の門番へ向かっていく。
「くっ……何だ、これは!?」
左側の門番は、ブレイクナックルを防ごうと槍を構える。
だが、ブレイクナックルは槍をへし折り、門番に直撃。
「ぐえっ……」
口から血を吐く門番を、そのまま壁に叩きつけた。
それを確認すると、右側の門番に向かって駆け出す。
だが、右腕のブレイクナックルは高速に回転しているものの、拳を保護する先頭部が無い。
拳を痛めてまで、このまま殴る必要があるのか。
一瞬迷う。
『主、そのまま殴って下さい。先頭部は自動的に形成されます』
腐れ甲冑の声。
それを信じ、そのまま右側の門番に向かう。
門番が、槍を突き出してくる。
繰り出された穂先を左手の裏拳で弾き、その懐に入り込んでいく。
「なっ……」
何か言いたそうな門番の鳩尾目掛け、右の拳を打ち込む。
右腕のブレイクナックル。
その先頭部が、一瞬で円錐形に形成される。
その先端が、門番の鳩尾に叩き込まれた。
「がはっ……」
門番は槍を取り落とし、膝から崩れ落ちる。
少し様子を見て、身動きしない事を確認。
取り敢えず、死んではいないだろう。
放ったブレイクナックルを回収し、再び左腕に装備。
門の前に立つ。
どうやって、中に入るか。
飛び越えるのは無理だし、考える時間も惜しい。
扉を押し破る方が早いか。
錬気を始め、気を練る。
同時に産み出した気を全身に循環させ、身体能力を強化。
まだ起動している右腕のブレイクナックルに、気を纏わせる。
放つのは、武神流気闘法“正拳”。
この技なら、目の前の扉を殴り飛ばせる筈。
意識的に気功法の呼吸を行い、気を高めていく。
「ハアァァァァァァァァァァッ!!」
咆哮と共に、気を纏わせた右腕のブレイクナックルを扉に叩き込んだ。
金属同士がぶつかり、轟音が響く。
蝶番が壊れ、扉がゆっくりと奥へ倒れていった。
「さっさと終わらせるか……」
呟くが、そう簡単にはいかないだろう。
派手に轟音をたてて門を開けた以上、衛兵が集まってくる。
集団相手に真正面から戦う程、馬鹿ではない。
出来るだけ戦闘を避け、領主を殺る方が楽か。
左腕に、パイルバンカーを装備する。
ブレイクナックルを装備しているのを忘れていた。
それなのに、何故か何時もの様に装備されている。
おそらくは、俺専用に改修されたからだろう。
取り敢えず、それで納得しておく。
気にしたら負けた気がする。
何に負けるのか、分からないが。
魔法倉庫から長剣を取り出す。
館の左右から、複数の人影が近付いて来るのが見える。
「急ぐか……」
門をくぐった俺は、館に向かって駆け出した。




