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第五十六話 記憶の世界

 暫く歩いていると、道の左右の木々、その陰に人の気配を感じる。


 待ち伏せだろうか。

 左に一人、右に三人。


 逃げた奴の血らしきものが、右の木々の中に続いている。


 奴は右か。

 三人ということは、手当てでもしているのだろう。

 無駄な事をしている。

 どのみち、死ぬというのに。

 奴には、もう少し死の恐怖を味わってもらうとするか。


 左側の木々の陰に隠れている奴の気配に向けて、右手の鉈を投げようと構えた。

 鉈を叩き込もうとした所で、左右の木々の陰から風切り音と共に矢が飛んでくる。

 左から一本、右からは二本。


 ちっ……やはり、待ち伏せされていたか。

 予定変更だ。

 延々と矢を射かけられる中、矢を叩き落としながら戦う余裕は無い。

 右側の奴らに仕掛けて、乱戦に持ち込んで同士討ちを避けさせるしかないか。


 左から飛んでくる矢を避け、右からくる二本の矢を両手の鉈で払い退ける。

 そのまま、右側の木々の陰――矢が飛んできた辺りへ駆け出す。

 その間も矢が飛んでくるが、当たりそうなものだけに対処し、それ以外を無視して駆け続ける。

 そして、弓を構える男と女。

 その奥の地面に横たわる、右腕が半ばから無い男を確認する。


 ここにいたか。

 取り敢えず、戦闘不能なこいつは後回しだ。

 先に、弓で攻撃してくる奴らを倒さなければ。


 俺と近い場所にいる男の方に全力で駆ける。

 だが、矢を射られる前に奴の懐に入る事は出来そうにない。

 間合いに入るまで、攻撃され続けるのは気に入らないが。

 何か攻撃するすべは無いか。

 脳裡に浮かぶのは、気の放出。

 離れた相手に使ったことは無いが、試してみる価値はある。

 射られっぱなしで何も出来ないよりはましだろう。


 矢をつがえている男に向かって駆けながら、右腕を突き出して気を放つ。

 放たれた気は目に見えない。

 だが、男に命中したのだろう。

 血を吐きながら、仰向けに倒れていく。

 その様子を見た俺の脳裡に、何かが浮かび上がってくる。


『武神流気闘法“遠当とおあて


 武神流気闘法の基本的な技。

 体内の気を、離れた相手に放つ。

 ぶっちゃけた話、気を相手に向けて放出するだけだ。

 やる事は簡単だが、その効果は侮るな。

 武器で攻撃しても傷付けられない、硬い相手や実体を持たない相手にも効果がある。

 実体を持たない相手の場合は、気を纏わせた武器で攻撃すればいいがな。

 ただ、気の消費が激しい為、気の制御が未熟なうちは多用するな。

 下手したら生命力が枯渇して死ぬから、その点は注意しろ。


 この“遠当”は、色々と応用が利く。

 宙を飛んだり浮いたりなどの移動。

 戦闘においても、普通に攻撃した後に“遠当”を放てば、文字通りの連撃が可能だ。

 因みに、“遠当”の応用技として“気刃きじん”がある。


 使いこなせるかは、そなたの修行次第。

 我が弟子よ、そなたが武神流気闘法を極める日を楽しみにしている』


 訳の分からない現状で、新しい技が使えるようになったらしい。

 それに、別の技も示唆されていた。

 “気刃”とかいったな。

 名前からして、気をやいばとするのだろう。

 機会があればだが、会得してみるか。

 その前に、今を何とかしないといけないが。


 止めを刺す為、血を吐いて倒れた男に近付いていく。


「まさか、お前もだったのか……」


 男の顔を見て愕然とする。

 それは、あの頃の俺にとって、数少ない友人の一人だったからだ。


「――!?」


 何か言っている様だが、何故か聞き取れない。

 命乞いだったとしても、聞くつもりは無いが。

 何を言おうが、止めを刺す。

 そう決めた以上、止める積りはない。


「もういい……死ね」


 丁度いい。

 “気刃”を会得する為、練習用の的になってもらおう。


 右手鉈を男の首を薙ぐ様に振るいつつ、武神流気闘法“遠当”の要領で気を放出。

 放たれた気が、男の首を地面ごと切り裂いた。

 男の首から血が吹き出し、地面を赤く染める。

 男の頭が、吹き出す血により転がっていく。


 顔を上げると、女の方が矢をつがえながら震えている。

 血に染まりながら、何の躊躇いもなく仲間を殺していく俺。

 そして、目の前で殺されていく仲間を見て怯えているのだろう。


 お前もこうなるんだ。


 その意味を込めて、口許を歪めただけの笑いを浮かべる。

 それを見た女が、つがえていた矢を取り落とした。


「――!?」


 悲鳴らしき声に鳴らない声をあげる。

 そのまま弓を放り投げ、俺に背を向けて逃げ出す。


 逃がしはしない。


 逃げ出した女に向けて、気の刃を放つ感じで鉈を斜めに振り下ろす。


 気を放ったが、先程の男の時と同様に気は見えない。

 どうやら、気は目に見えないものの様だ。

 当たっていれば、何か起こるだろう。


 そう判断し、女を追い掛け始める。

 その途端、女が急に倒れた。


 だが、直ぐに起き上がる様子が無い。

 何故か、そのまま這いずって逃げようとしている。


 さっきの攻撃は、足に当たっていた様だ。

 あの速さなら、急ぐ必要はない。

 走るのを止め、呼吸を整えながら歩いていく。

 近付くにつれ、女の様子が分かってきた。

 太股の辺りから斜めに切り落とされた脚が、血溜まりに転がっている。

 そこから血溜まりが伸びた先に、女が必死に這うのが見えた。

 足の傷口から大量の血を流している。

 そのまま放っておいても、直ぐに死ぬだろう。

 だが、この手で止めを刺さなければ、怒りが収まらない。


 女の背中に向けて、右手の気を纏った鉈を投げつける。

 投擲された鉈は、狙いが外れたのか、女の後頭部に命中。

 そのまま、動かなくなる。


 どうやら、死んだらしい。

 直接止めを刺す前に死んでしまったのは残念だ。


 女の元へ行き、鉈を回収する。

 辺りを見回すが、攻撃してくる様子は無い。

 気による攻撃を警戒しているのだろう。

 攻撃してくれれば、探す手間が省けるのだが。

 動く度に、身体が軋み出している。

 何度も気を放出したからだろう。

 全力で気を使える限界が近付いている様だ。


 意識を集中して、人の気配を探る。

 程なくして、後方に気配を感じ取った。


 そっちか。


 気配を感じた方に向き直る。

 矢が飛んでくるのに注意しながら、感じた気配に近付いていく。

 そして、左手の鉈を薙ぎ払う様に、気を放ちつつ振るう。


 この一撃が、今日最後の気を放つ攻撃。

 おそらく、これ以上の気の放出は身体が持たないだろう。


 目の前の木々が、次々と斬り倒されていく。

 同時に、それまでおこなっていた錬気が急に止まり、身体から力が抜けていった。


 やはり、限界が来た様だ。

 制御が未熟なままで、あれだけ気の放出をやれば当然か。

 この先にいる奴を殺れば、取り敢えず一息つける。


 気配は動いていない様だ。

 あの一撃は、当たったらしい。

 このまま進めば、見つかるだろう。


 気を限界まで使った反動で疲労しきった身体。

 無理矢理動かして、先へ進んでいく。

 程なく、気配の元が見つかる。

 血に染まった腹部を押さえてひざまずく女。

 女を中心に、血溜まりが出来ている。

 その側には、使っていた弓だった物――何かによって切断され残骸と化している――が転がっていた。


「はは……ははは……あはははは」


 女の顔を見た瞬間、俺は大声を上げて笑った。

 何故なら、目の前の女が俺の妹だったのだから。


 血の繋がった兄弟姉妹にまで命を狙われていたとはな。

 あの時は、俺の見間違いだと思っていた。

 だが、見間違いでは無かったとは。

 相手が肉親であっても、やる事は変わらない。

 変えるつもりも無い。


 敵は……全て殺す。


「――!?」


 妹だった女――もう妹と思う気は全く無い――が何か言っている様だが、言葉になっていない。


 何を言おうが、止めを刺す事に変わりは無いが。


 鉈を今出せる全力で振るい、跪く女の首筋に叩き込む。

 それは、思い出せなかった……いや、思い出したくなかった記憶。

 過去を振り払い、先に進む為の一撃。

 その一撃は妹だった女の首を断ち、頭を落とした。

 首から噴き出す血が、俺の全身を更に赤く染め上げていく。


「ハァ……ハァ……」


 息が荒い。

 疲労が限界を迎えた様だ。

 身体に力が入らない。

 脚の力が抜けていき、自分の意思とは無関係に跪く。

 それでも、両手の鉈は手放さない。

 他の奴が来ても、直ぐに迎え撃つ為に。


 暫くして、全身から感じていた疲労が動ける程度には抜ける。


「来ないな。こちらからいった方がいいか……」


 あの時は、まだ何人かいた筈。

 俺の内の破壊衝動が咆哮する。


 ――全ての敵を殺し尽くせ。


 あの時の俺なら、まだ動ける様になっていない。

 身体自体は、腐れ甲冑に弄れ、人ではなくなった今の状態なのだろう。

 これなら、もう一戦やれる。


 立ち上がり、右腕を切り落とした男のいる場所へ歩いていく。


 さっき殺った三人に手当てされていたが、あれだけの出血。

 身動きすら出来ない筈だ。

 このまま放っておいても、勝手に死ぬだろう。

 だが、この手で止めを刺さなければ、俺はこの記憶――心の傷を完全に乗り越えて先へ進めない。


 男の側に立つ。

 まだ、辛うじて生きている様だ。

 僅かだが、胸が上下している。

 どうやら、この手で止めを刺せるらしい。

 錬気して、身体を強化。

 僅かな余剰分を右手の鉈に集中させる。


 死にかけのこいつなら、これで十分だ。


 掻き集めた気を集中させた鉈を、男の顔目掛けて投げつける。

 それは男の顔面に根元までめり込み、男の頭を粉砕。

 血が辺りに飛び散り、首から噴き出す血が血の池を作り出す。


 後、三、四人だったか。


 鉈を地面から引き抜き、汚れを払う様に振るう。

 頭を失った死体に背を向け、まだいる敵を探す為に道に戻った。


 どちらに進むか。

 俺の記憶だと、最初の三人が先頭だった筈。

 次に、さっき殺った三人。

 なら、奴らが来ただろう方へ進めば、敵は見つかる筈。


 決めた方へ道を進んでいく。


「鎧?」


 行く手に立つ、鎧を着た人影。

 近付くにつれ、詳細がはっきりする。

 蒼色の鎧。

 胸部をはじめ、全身の各部が水晶にいろどられている。

 左腕には、槍が付いた盾らしきものをつけている。

 見覚えのある鎧と左腕の武具。


 腐れ甲冑とパイルバンカー!


 何故、腐れ甲冑がここにある。


マスター、ご無事ですか?」


 珍しく、俺を気遣う言葉が掛かる。


「見れば、分かるだろう。それより、これはどういう事だ?」


 夢なのか。

 それとも、本当に過去へ戻ったのか。

 それを腐れ甲冑は知っている筈だ。


「ここは……夢に限りなく近い、仮初めの世界。父様をはじめとする、私を造った方々が為されたことです」


 仮初めの世界……。

 現実では無いのか。

 残念ながら、腐れ甲冑から解放されていないらしい。

「お前を造った者達は、何者だ? 何故、こんなことをした? 答えろ!」


 丁度いい機会だ。

 あまり期待できないが、少しでも情報を引き出せれば十分。

 上手くいけば、こいつから逃れる方法が見つかるかも知れない。


「……一つ目の問いには、お答え出来ません。ですが、マスターが成長し、父様達が望んだ存在と成れば、マスターの前に自ら現れるでしょう」


 やはり、それは答えないか。

 口振りから、口止めされている様にも受け取れる。

 今の所、こいつを造った、ふざけた連中の正体は不明だ。

 そいつらを一発殴ってやりたい所だが、今はそれも出来ない。

 だが、そいつらの望む存在と成れば、俺の前に現れるか。

 いいだろう。

 お望み通りの存在になってやる。

 ダンジョンを踏破すれば、それぐらい出来る筈だ。

 その代わり一発づつ殴ってやるから、首を洗って待っていろ。


「二つ目の問いですが、マスターの成長を阻害する要因を克服させる為と聞いています。内容は、マスターの記憶から構成したとの事」


 俺の成長を阻害する要因。

 忘れたままでいたかった記憶は、さっきのあれで克服出来た。

 奴らは、そう判断したのか。

 だから、残り数人を倒す前に、腐れ甲冑が現れたのだろう。

 他人の心の傷を無遠慮に抉るとは、酷い奴らだ。

 しかし、俺の記憶から仮初めの世界を構成したとは、一体何者なのだろうか。

 だが、あの記憶に無い言動に声が無い訳は予想出来る。

 使い捨ての作り物である以上、完全には作らなかったのだろう。

 腐れ甲冑の話は、まだ続いている。


「その間に父様が、私の整備・改修とブレイクナックルの改修を行いました。その為、一時的に私を含めたマスター所有の全装備が、使用不能でした。改修の内容は、必要に応じてお伝えします」


 ある意味、至れり尽くせりだな。

 だが、どんな改修をされたかが分からない。

 使える内容ならいいのだが。

 元々の腐れ甲冑の機能から考えると、碌でも無い機能が追加されているのだろう。

 それでも性能だけなら、そこら辺に転がっている物など比較にならない位の高級品。

 俺にとっては死ぬまで手放せ無い、呪われた代物だが。

 それより問題は、ブレイクナックルか。

 あれは、大将から実戦テストの為に預かった物だ。

 それを勝手に弄りやがって。

 返す時に、何と言えばいいのか。


「ブレイクナックルの事なら、何の問題もありません。数日前に私が使える様にしたことで、マスターの物となっています。正確には、ブレイクナックルの製作者が完成に苦労していた空間湾曲魔法陣を、彼に提供した報酬として頂きました」


 まさか……あの時、大将が異常に喜んでいたのは、その為か。

 それより、どうやって大将と交渉したのか。

 まあ、腐れ甲冑の事だ。

 他者と対話する為の、何らかの手段を持っているのだろう。

 以前、管理者と何らかの交渉をしていた節がある。

 この程度は、驚くに値しないのだろう。

 まだ、もっと洒落にならない事を隠してそうだ。

 ここは、ブレイクナックルの代金を払わなくて良かったと思う事にするしかない。


 不意に、左腕に目を遣る。

 手首の辺りに、見覚えのある腕輪があった。


 ああ、やはり腐れ甲冑から解放されていなかったのか。

 死なない限り、腐れ甲冑から解放されないのだろう。


 以前より手首に食い込んでいる腕輪を見て、そう実感する。

 そこで、生まれた疑問を呟く。


「何故、今まで腕輪が無かった?」


「腕輪は、外れてはいません。父様達が、今回の為に見えない様にしていただけです。私達は目に見えない所で、より深く繋がっているのですから。滅びる時は一緒ですよ、マスター


 浮かんだ疑問が、知らない方が良かった事実を浮かび上がらせた様だ。

 死ぬまでではなかったのか。

 滅びる時までとは一体……。

 俺は、何処まで腐れ甲冑と繋がっているのか。

 知っておいた方がいいのだろう。

 だが、知るのが恐ろしい。

 知らない方がいい事が多くある。

 これも、その一つの筈だ。

 取り敢えず、この事は忘れてしまおう。

 話を変える為、もう一つの疑問について確認する。


「何時になったら、現実に戻れる?」


「何時でも戻れます、マスター


「奴らの目的は達成したらしいから、当然か……」


 用が済んだら、さっさと帰れという事らしい。

 勝手に呼んでおいて、何様だ。


「なら、さっさとこの胸糞悪い所から出せ」


「分かりました。ゲートを開きます」


 その言葉と共に、足下に魔法陣が浮かび上がる。

 身体に感じる浮遊感。

 だが、それは直ぐに消え失せ、沈む感覚に変わる。

 下を向くと、魔法陣は黒い闇に変わっていた。


「どうなっている……」


 脚が、ゆっくりと闇に沈み始める。

 そして、底無し沼に沈む様に、全身が闇に飲み込まれていく。


「くっ……」


 腐れ甲冑に文句を言う間も無く、頭まで闇に飲み込まれる。

 腕を伸ばして抗うが、無駄な足掻きにしかならない。

 そのまま沈み続けていくうちに、意識が薄れていった。


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